『炎の蜃気楼』が30年間、熱狂的に支持された理由とは? 特異なファンダムを生んだ“中毒性”に迫る

 山形県米沢市で毎年開催される「米沢上杉まつり」も、本作をきっかけに広く知られるようになったイベントだ。桑原は1991年刊行の第4巻『琥珀の流星群』あとがきで上杉まつりを取り上げ、上杉軍団の出陣式「武禘式」や川中島合戦の再現など、イベントのクライマックスを紹介した。これをきっかけに、上杉まつりには若い女性参加者が急増する。

 桑原は『青春と読書』2006年5月号掲載のエッセイで、「あとがきを読んで上杉まつりに殺到した女の子たちは、地元の人から来た理由を聞かれてもなかなか口を割らなかったと言います。今思うと『炎の蜃気楼』の読者には秘密結社的な何かがあったのかもしれません」と90年代を振り返る。熱く激しい桑原の筆致と呼応するように、『炎の蜃気楼』のファンダムも高い熱量を放ちながら、どこか秘密結社めいた雰囲気が漂うのが興味深い。なおその後、上杉まつりにあわせて『炎の蜃気楼』原画展が開催され、ワイン会社が直江と高耶をモチーフにしたワイン「契」を販売するなど、『炎の蜃気楼』は地元でも有名になり連動した企画が進められていった。

 こうした「ミラージュツアー」が一過性では終わらなかったのも、『炎の蜃気楼』が根強い支持を集めていたからだろう。2008年6月12日の『朝日新聞』には、新潟県の鮫ヶ尾城跡から戦国時代のおにぎり4個が出土し、それが御館の乱で敗れ、敗走した上杉景虎勢の最後の食事の焼け残りだと報じる記事が掲載された。同記事によれば、4月29日に鮫ヶ尾城跡近くの勝福寺で景虎の429年忌法要が営まれ、参列した約50人のうち大半が『炎の蜃気楼』ファンの女性だったという。

 歴史の敗者である上杉景虎を主人公に、独自の物語を生み出した『炎の蜃気楼』。ボリュームのあるシリーズだが、一度読み始めると止まらない強烈な中毒性を備えている。本作を知らない方も、この巣ごもり期間にぜひ挑戦してほしい。

■嵯峨景子
1979年、北海道生まれ。フリーライター、書評家。出版文化を中心に取材や調査・執筆を手がける。著書に『氷室冴子とその時代』や『コバルト文庫で辿る少女小説変遷史』、編著に『大人だって読みたい!少女小説ガイド』など。Twitter:@k_saga

■書籍情報
『炎の蜃気楼R』(ボニータコミックス)第1巻
著者:桑原水菜、浜田翔子
出版社:秋田書店
発売中
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