社会はポジティブに衰退していく……日本SF大賞作家・酉島伝法が描く、フェイクが蔓延する世界

 気休めばかり求めて、問題を解決しようとしない社会。そのごまかしの姿勢を言葉の言い換えが象徴するというのは、独特の漢字表記や意味を付けた造語を用いて奇妙な世界を生み出し、これまでに『皆勤の徒』『宿借りの星』で日本SF大賞を2度受賞した作者・酉島伝法ならではの趣向だ。

 一方で、本書では登場人物の飾り気のない何気ない言葉が、時に強く印象に残る。たとえば、父親そして夫によって抑圧された半生を過ごしてきた美奈子。彼女が大切にしていた、ある翻訳物の詩集。若い頃に、〈社会の秩序には決して従おうとしない〉生き物だからと、飼うことを断念させられた猫への愛着。そこから読み取れる自由への希求を踏まえると、自分の意志で人間ドックを受けて癌と診断された時の〈これほどの安堵に解きほぐされたのは初めてだった〉という一言が、どんな言葉の言い換えよりもポジティブなものに見えてくる。

 それにしても、空疎な言葉とフェイクの蔓延する社会は、一体全体どこへ行き着くのだろうか。その答えとなる作品が、最後に収められている「猫の舌と宇宙耳」だ。美奈子の孫にあたる少年・真(まこと)が主人公となるこの作品で、子供は嘘マナーを真実とする教育の賜物か、何かにつけて〈させていただく〉などとへりくだる。素手で家のトイレを掃除する習慣にも嫌悪感はなく、〈新しい服を着たときみたいな晴れやかな気持ちになる〉のだという。

 それよりさらに不気味なのは、絶対的な悪役が結局本書のどこにも存在しないまま終わるということ。衰退していく社会は誰かの悪意によってではなく、フェイクを無邪気に支持する無数の人々の同調圧力とそれに反抗できない人々の忖度によって、いつの間にか出来上がりダラダラと続いていくのだろう。書かれてはいない成り立ちを察しながら、どうすればそれを防げたのか答えが出ない自分もまた、『るん(笑)』の世界にうまく適応して生きていけそうだ。そう思うと背筋が凍る。

■藤井勉
1983年生まれ。「エキサイトレビュー」などで、文芸・ノンフィクション・音楽を中心に新刊書籍の書評を執筆。共著に『村上春樹を音楽で読み解く』(日本文芸社)、『村上春樹の100曲』(立東舎)。Twitter:@kawaibuchou

■書籍情報
『るん(笑)』
著者:酉島伝法
出版社:集英社
価格:本体1,800円+税
出版社サイト

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