『アメリカ大統領選』著者インタビュー

トランプ政権はアメリカ社会に何を残したのか? 久保文明氏と金成隆一氏に訊く

 アメリカ政治外交史を専門とする政治学者の久保文明氏と、朝日新聞の機動特派員の金成隆一氏による新書『アメリカ大統領選』(岩波新書)は、2016年のアメリカ大統領選を取材したふたりが、改めてその歴史や仕組みを解説した一冊だ。コロナ禍のもとで行われた2020年のアメリカ大統領選は、世界中の注目を集め、バイデンの勝利が確定した今もなお大きな波紋を呼んでいる。リベラルと保守に二極化するアメリカ社会は今後、どのような道を歩むのか。そして、トランプ政権はアメリカ社会に何を残したのか。両氏に話を聞いた。(編集部)

長く広い視野で大統領選を見ることができるように

――本書『アメリカ大統領選』を書くに至った経緯から教えていただけますか?

金成:日本におけるアメリカへの関心は、4年に1度、大統領選挙がある年に定期的に高まるものですが、トランプ大統領の一期目を経て、さらに関心の裾野が広くなったと思います。それは多分、アメリカにおいても同じことが言えるでしょう。私が現地在住の頃に取材した2016年の選挙においても同じような傾向はありましたが、2020年はさらに大きく盛り上がっている印象です。

 しかし、私は朝日新聞の記者として、これまでもアメリカ大統領選についての記事を書いてきましたが、新聞の記事は文字数が限られているので、大統領選の歴史的ないきさつや仕組みについてまで伝えるのは難しいと感じていました。そんなときに、岩波新書の編集者から現代アメリカ政治が専門である久保先生へ執筆のオファーがあり、久保先生が共著者として私にお声がけくださったのです。本書の第2章、第3章にも記しているように、私は久保先生と一緒に、2016年にニューハンプシャーで行われた大統領選の予備選を、車で各地を回って取材したことがあります。夏の全国党大会の取材もご一緒しました。そういう経緯があり、今回の書籍が実現しました。

久保:この本を買ってくれた方から、「トランプとバイデンのどっちが勝つか書いてあるかと思ったら、ひと言も書いてないじゃないか」というご意見がありましたが、この本の狙いは今回の大統領選だけではなく、その仕組みやプロセス、さらにはアメリカ民主主義の特徴をわかりやすく解説することにあります。大統領選があるたびに、参考にしてもらえるような本にしたいという気持ちはありました。

 アメリカの大統領選の仕組みを解説する本は、これまでも多々あったと思いますが、本書では、たとえば歴史的な文脈で大統領選について解説したり、あるいは政権交代について日本の制度とどう違うのかなど、長く広い視野で大統領選を見ることができるようにしています。

金成:もう一点、付け加えるとすると、2020年の大統領選は、やはりコロナの影響が非常に大きくて、通常の選挙のプロセスを行うことが難しかったんですね。だから、一般的なアメリカ大統領選の仕組みを解説するには、2016年の大統領選を仔細に描いて、それを理解してもらったほうが良いと思いました。

久保:もちろん、今からこういう本を書くのであれば、今回の選挙で郵便投票が果たした役割やコロナが選挙に与えた影響を、もっとしっかり分析する必要があると思いますが、この本ではもう少し一般的なことを解説しています。やはり、日本人からするとアメリカの大統領選は、やたら長くて複雑でともかくわかりにくい。選挙に至るまでに、まずはそれぞれの政党の中で候補者を選ぶプロセスがあって、実際に投票が始まってからも相当長い。その全プロセスを通して、「こんなにも大変な戦いなんだ」ということを感じていただくことが、この本のひとつの狙いです。

民主党と共和党が掲げる政策の違いは大きい

――本書に書かれているような、トランプの演説に対する支持者の熱狂など、ここ数年来アメリカでは、実利的な政策論争以上に、国民の感情に訴えかけるエモーショナルな大統領選が行われているように感じましたが、それについてはいかがでしょう?

久保:どうでしょう……民主党と共和党が掲げる政策の違いは大きく、かなり実質的なものでもあると思います。大減税をするのかしないのか、あるいは再分配的/弱者救済的な支出を大規模にやるのかやらないのかといった経済面のみならず、人工妊娠中絶を禁止すべきなのか、それとも女性の選択権として認めるべきかなど、日本ではあまり見られない宗教的な論点もあります。人工妊娠中絶については、妥協点を探すのが非常に難しい、実に根の深い問題ですよね。政策論争以上にエモーションが先行しているというより、政策上の違いがはっきりしているからこそ、エモーショナルな部分が目立って見えるのではないかと。

――なるほど。

久保:最近のアメリカの世論調査などでは、住む場所などでも支持政党に違いがあるようです。民主党支持者は、いろんな人種や民族がいる大都市に住みたがるけれど、共和党支持者は、教会のある郊外の町、しかも白人ばかりが住んでいるところに住みたがるとか。結婚相手についても、民主党支持者は民主党支持者と結婚したがるなど、政策の違いが価値観の違いにまで波及していて、だからこそエモーショナルにならざるを得ない。こういった現象は30年、40年前には無かったもので、ここ10~20年で顕在化してきたと言われています。

金成:選挙における代表的な争点が幅広くあり、その立場がかなり明確に分かれているんです。人々の立場の違いを利用して、エモーションに訴えかけるような演説をするのがアメリカの選挙ではよく見られますが、それはメディアの責任も大きいのかもしれません。選挙の一週間前くらいになるとテレビなどでは、CMだけでなく番組の中でも、不安や恐怖を煽るようなメッセージが普通に流されています。

 また、いわゆる「保守」も「リベラル」も一致して信頼を寄せるメディアが、アメリカにはもうあまり見当たらなくなっている。少し昔だったら、夜のニュース番組にはベテランキャスターがいて、その人がこの現象をこういう風に解説するのであれば、おそらくそうなのだろうと信頼されていたはずなんです。しかし今はもう、右の人は右のホストがやる番組しか見ないから、ますます右に偏っていくし、左の人たちは左のホストがやる番組しか見ないから、ますます左に偏っていく。だから、街ゆく人に「普段、どんなニュースを見ていますか?」と聞くだけで、何となくその人の立ち位置がわかってしまうようになってしまいました。

 そういう状況の中で、双方が相手をバッシングしている。同じニュースでも、「あいつらは、こんなふうに伝えてるぞ」と紹介して、バッシングの材料にしたりしているんです。その背景には、インターネットの時代になったからとか、色々な要因があるのでしょうけれど、間違いなく総合メディアの信用度は落ちていますね。

 今回の選挙では、Qアノンをはじめとする陰謀論の広がりが報道されましたが、そうした人々の多くはSNSなどで拡散されている真偽不明の情報を信じてしまっているんです。私も現地で取材していて、「ん? なんだかおかしなことを言っているな」と思う人にたくさん遭遇しましたが、その人たちに「どこでその情報を知ったのですか?」と聞いても、ほとんど覚えていないし、そもそもニュースのソースさえ気にしていなかったりします。

久保:かつては、メディアの世界でも現実の世界でも専門家たちが一定の権威を持っていて、その人たちの言うことは、政治的な信条に関係なく、一定数の人が「なるほど」と受け入れていた。しかし今は、SNSなどのインターネットで流れている情報の中から、自分が信じたいものだけを信じるという人々が増えている。そういう現象は日本にも波及しているのではないでしょうか。そういう意味では、大統領のような政治指導者が国民を導こうとしたときに、そのリーダーシップを発揮する余地がますます狭まっているのではないかと感じます。

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