『鬼滅の刃』は「時代に描かされた」作品だった 最終巻ネタバレ徹底解説

 最後に炭治郎と無惨が意識の底で対話する場面も印象的だ。仲間の手に引っ張られて目覚めようとする炭治郎を「お前だけ生き残るのか?」「大勢の者が死んだというのに」と言って無惨は挑発するが、炭治郎は揺るがない。最後には「待ってくれ頼む!!」と懇願し「私を置いていくなアアアア!!」と叫ぶ、最後まで器の小ささを見せつける無惨に同情の余地はないが、どこか哀れで、無惨に象徴される「鬼の世界」を切り捨てていいのかと迷っているようにも見える。おそらく作者は無惨さえもどこかで救いたいと最後まで悩んでいたのだろう。

 「肋骨さん」等の『鬼滅の刃』以前に描かれた吾峠呼世晴の短編を読むと、人間とバケモノの境界にいる主人公の話がほとんどであることに気付く。それらの作品は異界の側から人間社会を見つめるダークな作風で、感情移入しにくいものだったが、『鬼滅の刃』では炭治郎のような善良な少年を中心に置くことで、多くの読者から愛される正統派少年漫画となった。

 だが、どれだけ残虐非道な存在として描いても、鬼たちに哀れみが滲み出てしまうのは短編の頃の名残だろう。同時に“実は鬼もかわいそうな存在だった”という美談に落としこむこと自体に(巻数が進むほど)これでいいのだろうか? と作者が悩んでいるようにも見えた。だからこそ童磨のような同情の余地がない鬼も描いたのだろう。そして無惨は、かわいそうだが同情できない最凶最悪の悪役として描かれた後、完全に消滅。鬼は愈史郎だけが生き残り、「鬼のいない世界」(第204話)へと変わっていく。

 そして最終話では現代を舞台に、炭治郎たちの子孫が過ごす平和な日常が描かれた。コロナ禍の我々が生きる今の世界と比べると夢のように平和な世界だが、これは「世界はこうあってほしい」という作者の祈りにも読める。

 優れた作品は「時代に描かされた」という側面が大きいのだが、『鬼滅の刃』はまさにそういう作品だったと言えよう。

■成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)がある。

■書籍情報
『鬼滅の刃』23巻完結
著者:吾峠呼世晴
出版社:集英社
価格:各440円(税別)
公式ポータルサイト:https://kimetsu.com/

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