『怪獣8号』は正義を描き切れるか? 『呪術廻戦』『デビルマン』の展開から考察

 怪獣だとバレたら即討伐の危険は承知の上で、カフカは防衛隊員の採用試験を受ける。今の力があれば、試験を突破してミナに近づけるとも思っている。怪獣であっても心は怪獣を憎み、ミナとともに怪獣を全滅させると誓ったカフカのままなら、防衛隊も戦力としておおいに歓迎したいところだろう。もっとも、カフカはカフカのままでいられるのか。そこが見えない。

『呪術廻戦』虎杖悠仁

 「ミツケタ」と言って融合してきた怪獣がカフカに見たのが肉体の適正なら、心はいずれ消されて怪獣としての本能が暴れ出すかもしれない。カフカは耐えられるのか。『鬼滅の刃』で鬼舞辻無惨によって鬼にされた禰豆子の場合は、兄の炭治郎や家族への思いを支えにして乗り切った。『呪術廻戦』の虎杖悠仁は、他人を助けろという祖父の遺言と呪物への耐性で宿儺を押さえ込んでいる。カフカの場合は、いっしょに怪獣を全滅させると誓ったナミの存在が鍵になりそうだ。

 心は正義のままでも、恐れられ忌避される怪獣への警戒心や差別の感情が、カフカ自身だけでなく周囲に向けられることで、心のタガが外れる可能性も見てしまう。永井豪による永遠の傑作『デビルマン』で、悪魔への恐怖が頂点に達した人間たちが不動明と親しい牧村家に何をしたか。これを知っている人なら、カフカであっても人類を許せなくなって当然と思うだろう。

 第1巻の最後に登場した、円盤のような頭をした人型の怪獣が、何か画策していそうなことが連載の中で示されているが、思惑や背景など明らかになっていないことは多い。だから今は、怪獣であることを隠し、防衛隊の採用試験に挑んだカフカの身バレを気にした振る舞いのコミカルさを面白がりたい。清掃会社にカフカの後輩として入り、いっしょに防衛隊の採用試験を受けた市川レノ、アメリカの討伐大を主席で卒業してカフカを見下す四ノ宮ニコルといった同僚たちとの絡みを楽しみたい。

 その上で、いつかカフカに差別や憎悪の感情が向いた時、彼が選び取る道を見極めることで、憎しみが憎しみを呼ぶ現代社会の悪循環に立ち向かう方法を学びたい。

■タニグチリウイチ
愛知県生まれ、書評家・ライター。ライトノベルを中心に『SFマガジン』『ミステリマガジン』で書評を執筆、本の雑誌社『おすすめ文庫王国』でもライトノベルのベスト10を紹介。文庫解説では越谷オサム『いとみち』3部作をすべて担当。小学館の『漫画家本』シリーズに細野不二彦、一ノ関圭、小山ゆうらの作品評を執筆。2019年3月まで勤務していた新聞社ではアニメやゲームの記事を良く手がけ、退職後もアニメや映画の監督インタビュー、エンタメ系イベントのリポートなどを各所に執筆。

■書籍情報
『怪獣8号』(ジャンプコミックス)
著者:松本直也
出版社:集英社
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