『ストップ!! ひばりくん!』なぜ時代を超えて愛される? 江口寿史が投げかけたメッセージ

 現在、タワーレコードにて開催されている「♡80’sキャンペーン」。同キャンペーンは、タイトル通り、80年代の名盤&名作を「タワレコ」が独自にセレクトしたものだが(タワーレコード限定企画盤やグッズなども販売)、メインヴィジュアルには江口寿史の代表作『ストップ!! ひばりくん!』のヒロイン、大空ひばり(ひばりくん)のイラストを起用。これがなんというか、“あの時代”の空気感を見事に切り取っている、ともいえるし、いま見てもまったく古びていない(それどころか現代的でさえある)、ともいえる、時代を超越したクールな絵だ。

 そう、「80年代の音楽」を感じさせてくれる描き手なら、江口のほかにも、わたせせいぞうや鈴木英人といった名前も思い浮かぶが、あえて今回、タワーレコードが「ひばりくん」の絵を起用したのにはそれなりのわけがあるのだろう。無論、部外者である私にはその企画意図(起用理由)を知るすべはないが、おそらく、ひばりくんというキャラクターが象徴する“80年代らしさ”だけでなく、「ようやく時代が“彼女/彼”に追いついた」という企画者の想いが込められているのではあるまいか。

「あなたの好きなように生きればいい」

 江口寿史の『ストップ!! ひばりくん!』は、1981年から1983年にかけて『週刊少年ジャンプ』にて連載されたギャグ漫画である。主人公の名は、坂本耕作(高校1年生)。あるとき、母を亡くした彼は、その遺言にしたがい、上京して「大空家」の世話になることに。だが、なんとそこはヤクザの組長の家であり、耕作は一瞬逃げ出そうとするものの、4人の美人姉妹と同居することがわかり、「そんなにいごこち悪くなさそーな気がする」と思いなおす。

 ただし、この「美人姉妹」というのが曲者で、そのうちのひとり――耕作が最も気になっていた美少女は、実は大空家の「長男」、つまり、男の子なのだった。「男の娘」なる言葉まである現在ならいざ知らず、80年代前半のどちらかといえば男臭い漫画が主流だった『少年ジャンプ』において、このタイプのヒロインを立てたというのはいま考えてもなかなかすごいことだと思う。

 それにしても、このひばりくんのなんと魅力的なことか。学園のどの女の子よりも可愛くて、どの男の子よりもかっこいい“彼女/彼”は、まさに華やかな80年代にふさわしいキャラクターだった。

 ちなみに、物語は、何かとイチャついてくるひばりくんに、耕作が困惑しつつも心のどこかでは喜んでいる、という姿が繰り返し描かれていき、その滑稽さは本来、当時隆盛していたラブコメ漫画のパロディになるはずだった。ところが、ヒロインであるひばりくんがあまりにも可愛いがゆえに(つまり、他に類を見ない新しいヒロイン像を生み出してしまったがゆえに)、結果的にはひと回りもふた回りもして、「ラブコメ漫画の王道」になってしまった感さえある。

 また、「永遠に結ばれることのないふたり」という“縛り”が、本作をある種の恋愛ドラマとしても成立させているのだが、この縛りなどは、現在ではさほど有効なものとはいえないだろう。なぜならば、「男同士で結ばれても別にいいんじゃない?」と考える読者も少なくないはずだからだ。

 そういう意味では、この漫画に散りばめられた数々のギャグの前提である、「町で一番の美少女が実は男の子」という設定も、いまでは特に笑いを誘う要素にはなるまい。

 いや、何も私は、江口の漫画が古くなったといいたいわけではない。むしろ逆の印象を持っているということは、冒頭の文章でも書いた通りだ。では、何がいいたいのかというと、江口寿史、あるいは、大空ひばりの存在は、80年代の人々の「偏見」を変える原動力のひとつになったのではないだろうか、ということだ。

 無論、いまでも異性装者やゲイは偏見の目にさらされてはいるだろう。だが、80年代当時は現在とは比べ物にならないくらい「差別」の対象になっていた。その様子を、江口は、「ギャグ」として笑い飛ばしているように見せかけて、実際は、「あなたの好きなように生きればいい」と、マイノリティの人たちに向けてメッセージを送り続けていたのではないだろうか。

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