史上最多の応募総数「文藝賞」贈呈式 ラノベ出身作家と16歳の高校生が受賞

 贈呈式では、選考委員の磯崎憲一郎、島本理生、穂村弘、村田沙耶香がそれぞれ講評と祝意を述べた。そのうち、「文藝」で藤原と対談した穂村は、「『水と礫』は繰り返しのスタイルが新鮮で、神話のようにあっけない死が描かれていた。『星に帰れよ』では高校生が整備されたシステムに投げこまれてサバイバルさせられる。その恐怖が魅力的でした」と述べた。また、新と対談した島本は、「選考会では、意見が割れました。それぞれに魅力がなければそうならない。小説には△がない。理解できない人もいれば好きだという人もいる。小説を出せばいろいろいわれますが、自分を信じて書いてほしい」とエールを送った。

 その後、受賞者2人がスピーチで登壇。

藤原無雨

 藤原無雨「面白い本は世の中になんぼでもあるわけです。古典なら面白いものしか残っていない。にもかかわらず毎年、新人が発掘されるのはなぜか。新型コロナウイルスについて考えようということでカミュの『ペスト』が売れたのは、いいことです。でも、カミュは我々と同じ地面に立っているわけではない。古典は素晴らしいですが、なにかをとりこぼすのではないか。そのなにかをすくいあげるのが、現代作家の小説ではないか。とりこぼされたものを見極め、これですと皆さまにお見せできる作家でありたいと思います」

新胡桃

 新胡桃「部屋に大きい虫が飛んでいたことがあります。生き残ることについてたまに考えます。種の生存能力と1度に産む個体数は反比例する。人間はなかなか死なないので1年に1人しか生まないのだとか。しぶとい生き物だと思います。しかし、食う寝る以外にも欲求はたくさんあって、いろんなものがからまった末に病むことがあります。どこまでも貪欲でやる瀬ない人間。図々しくしぶとく泥臭く汚くて不器用に生きる数々の人間に胸がキュンとなります。彼らが交差して生まれるすべてに興味があるのです。大きな虫は、床に止まったところを友人に踏まれ、死んでしまいました。腹にたくさんの卵らしきものがあったのを覚えています。これからたくさんの作品を生み出せるよう精一杯努力します」

受賞作『水と礫』

 前記対談で藤原はガルシア・マルケス『百年の孤独』が好きだと話しており、同作の『水と礫』への影響もうかがえる。『百年の孤独』では、同じ名が何代も受け継がれるブエンディーア一族の百年が語られた後、一瞬の出来事だったように終わってしまう。同作に代表されるラテン・アメリカ文学の時空間を自由に操るマジック・リアリズム的発想が、『水と礫』にもうかがえる。1、2、3、1、2、3と世界が変容していくリズム感が心地いい。

優秀作『星に帰れよ』

 一方、『星に帰れよ』は、恋愛でもLINEでの告白が普通だという著者の世代感覚が描かれている。告白の口頭練習をする男子をたまたま目撃した女子が、彼に話しかける。相手がみられたくないところに、いきなり踏みこんだ形だが、彼らは踏みこむことに敏感だったり鈍感だったり、1人のなかでもムラがある。「お前おもしれーな」という真柴のほめ言葉を「モルヒネ」が拒否するのもそうだ。相手のテリトリーに入りこむ気満々だったくせに「価値観が違う」と発見すると、あっさり距離を広げる。怒り爆発で劇的展開になりそうな場面ですーっと冷めたりするのだ。そのまわりくどさが、人間の体温を感じさせる。

■円堂都司昭
文芸・音楽評論家。著書に『ディストピア・フィクション論』(作品社)、『意味も知らずにプログレを語るなかれ』(リットーミュージック)、『戦後サブカル年代記』(青土社)など。

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