又吉直樹『劇場』は単なる“ダメ男と献身的な彼女の物語”ではない 不器用な2人の「生存方法」を考察
『劇場』の構造を、ダメ人間な彼氏と献身的な彼女の物語、としてしまうのは簡単である。ところが、そんな簡単な説明で終われるほど、永田と沙希という人間は単純ではない。
役者を志望して東京に来た沙希にとって、劇作家の永田は憧れていた東京そのもので、永田を受け入れることは、自分が東京にいる存在理由になっていたのだろう。永田にとってもまた、沙希は、世界から弾かれる自分を無条件で受け入れてくれる存在であり、救いであったのだろう。
永田にとって沙希が必要であったように、沙希にとっても永田は必要だった。それは、若さゆえの共依存でもあるかもしれないけれど、「東京」という2人にとっては馴染みのない土地で生きていくための生存方法だったのかもしれない。悩んで、迷って、疲れて、それでも生きていくしかない彼らにとって、最後の拠点が互いの存在になっていたのだ。
そんな不器用な2人は、演劇を通してようやく本音を言い合うようになれる。もっと早くここまで来られたら良かったのに、そうしたら間に合ったのに、と思ったりもしたが、もう間に合わないからこそ来られる場所もあるのだろう。2人がいた場所を「劇場」にすることで、そこにあった時間は幕が下りる。2人はまた各々で新しいストーリーを描き始めることができるようになるのだ。
不格好だけれど、必死に生き抜く永田と沙希の姿に、私の姿がちらついて消えないままだ。
■ねむみえり
1992年生まれのフリーライター。本のほかに、演劇やお笑い、ラジオが好き。
Twitter:@noserabbit_e
■書籍情報
『劇場』(新潮文庫)
著者:又吉直樹
出版社:新潮社
出版社サイト
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