仮面女子 猪狩ともかが語る、厳しい現実をポジティブに生きる秘訣 「誰かの夢見る気持ちを後押しできるような存在になりたい」

 地下アイドル「仮面女子」の猪狩ともかの人生は、ある日突然一変した。強風で倒れてきた看板の下敷きに。脊髄損傷を負い、車椅子が手放せない生活になった。これまで普通にできていたことがスムーズにいかない。誰かの助けを借りなければならない。それでも、彼女は「不便だけど、不幸ではない」と笑う。

 眩しいほどにポジティブな猪狩ともかを、支えているものとは何なのか。その答えともいえるのが書著『100%の前向き思考――生きていたら何だってできる! 一歩ずつ前に進むための55の言葉』だ。

 厳しい現実をどう受け止めて、いかに前を向いていくか。誰もが新たな生活様式にバージョンアップが求められている今、猪狩ともかにインタビューを実施。すぐに真似できる心の整え方から、彼女が願うやさしい社会、そして今後の夢について聞いた。(佐藤結衣)

気持ちの整理はノートに書いて


――『100%の前向き思考…』の発売から1ヶ月、反響はいかがですか?

猪狩ともか(以下、猪狩):ありがたいことに、いろんな方からお声をいただいています。この本は、去年の夏ごろから出版社の方といろいろ打ち合わせをして、1年くらいかけて書きました。

――かなり赤裸々なところまで書かれていたのが驚きでした。仮面女子を目指して、追い詰められてしまった時期のことも初めて明かされていましたね。

猪狩:第1章は自分のなかでもかなり思い入れがある部分です。メンタルが崩れてしまったときのことを伝えるのは特に難しくて。わかりやすく状況を伝えるためには、どんな言葉を選んだらいいのか悩みながら書いたという感じです。本にも書いてあるとおり、以前の私はネガティブなことも普通に発言しちゃうタイプだったんです。でも、仮面女子の正規メンバーになったタイミングで、「こんなんじゃダメだな」と思って。プラスなことだけ表に出すようにしようって。もともとネガティブだったからこそ、ポジティブな言葉を集めるようになったという感じです。

――本の中で、ご家族みなさんの猪狩さんにかける言葉が前向きなものばかりだったところが、印象的でした。

猪狩:そうですね。もともとかなりポジティブな家族だったと思います。昔、私がまだ芸能界のお仕事をする前のころに、車を壁にぶつけてしまったことがあって。バックしたらゴーンってぶつかって、バリーンって窓が全部割れてしまったんですけど、そのときも「車は修理すればいいんだから大丈夫」って、一番に言ってくれるような。もっと小さい頃は、転んで顔に擦り傷ができたときも「おもしろいから写真撮って残しておこう」みたいな(笑)。そういう家族だったので、かなり救われた部分は大きいですね。


――現実を現実として受け止める、というのが猪狩さんのポジティブの根源なのだと感じました。でも、それってとても勇気のいることですよね? これほど人生が大きく変わるタイミングで、どうやって受け止めていこうと心を整えられたのでしょうか?

猪狩:私としては現実を受け止めることよりも、事実を知らされる前のわからなくて不安なときのほうが辛かったですね。「これからどうなっていくんだろう」ってモヤモヤしているよりも、「ここからこうしていこう」って考えられるほうがずっと気持ち的には前を向けると思いました。家族からも「車椅子に乗っていても人を幸せにしたり、元気にしたりすることはできるよ」と「バリアフリーに対することを発信していくことも意味があると思うよ」っていうふうにも言ってもらえて現実を受け止められれば、ぐるぐると悩むところから、具体的に考えていく方向にいくんだと思いました。

――入院中はノートに日々の思いや、いろんなリストを作って気持ちの整理をされていましたね。

猪狩:そうですね。「不幸中の幸いリスト」とか「言うだけならタダなのでいろいろ言ってみるリスト」とか(笑)。もう誤字も気にせず、思いついたことを書いていたんですが、読み返してみると、心境によって字が変わるんですよ。丁寧さというか。冷静に物事を考えているときの字はすごくキレイなんですけど、メンタルが崩れているときには殴り書きみたいになってて。「このとき、心が荒れていたんだな」って、すぐにわかりますもちろん、SNSや誰か身近な人に相談して発散するのもいいんですけど、誰にも見せないアナログのノートっていうのが私は、一番“素”の感じで吐き出せるので続けています。もちろん、何もしたくないってくらい荒れちゃっているときは、ゲームをしたりアニメとかドラマを見たりして、あえて考えない時間を作って。自分と見つめ合えるタイミングでノートを開くようにしています。

プライバシーも障がいの有無は関係ない

――先ほど、「バリアフリーに対することを発信していくことも意味がある」というお話がありましたが、実際に車椅子で街を歩いてみると気づくことがいろいろとありますか?

猪狩:そうですね。例えば、歩道と車道の境目がボコッとなっているところとか、越えられないほどのバリアなわけではないけれど、そのたびに体がガタンってなるので 「優しくないな」って思うこともありますでも、視覚に障がいを持つ方にとっては、その凸凹が目印になる場合もあるので、難しいですよね。車椅子の私には不便だけど、他の人にとってはそれが便利。また逆もあったりするので。全員に便利な道ってなんだろうって考えることもあります。これまで健常者として過ごしてきた中途障がい者だから、より視野を広く持っていたいなと思っています。

――先日、猪狩さんのYouTubeチャンネルにアップされた乙武洋匡さんとの対談動画も大変興味深く拝見させていただいました。どうしても障がいについての話となると少し身構えてしまうところがあるのですが、おふたりのトークはとてもフラットで身近に感じられました。

【壮絶体験】看板が直撃して車椅子生活になった地下アイドルに本音を聞いてみた。

猪狩:ありがとうございます。私もまだ自分がケガをする前は、障がいのある方に、どう接していいのかなって思うところがありました。車椅子で来てくださる方に遠慮するということはなかったんですけど。知らないから立ち入ったらいけないのかなっていう思い込みみたいなものがあったのかなって。でも、今は同じ立場だからこそ、変に遠慮することなく話せるようになりました。

――逆に、遠慮されているなって感じることもありますか?

猪狩:あります。なんかこう今まで生きてきた中では感じなかった視線というか。子どもの心理だから仕方ないとは思うんですけど、私のこの姿が珍しいものに見えるのか、じろじろと見られるなって思います(笑)。あとは、大人の方が「あ、避けなきゃ」みたいな感じで遠慮されるというか、必要以上に「配慮しなきゃ」って思わせちゃった息苦しさみたいなのもあります。

――たしかに。「何かしてあげなきゃ」みたいな考えになりやすいかもしれませんね。

猪狩:難しいですよね。よく「障がいを持っている方を見かけたとき、どうやって声をかけたらいいんですか?」っていう質問をいただくんです。その人が、本当に手伝ってほしくないときに「手伝いますよ」って言われると、「結構です」って良心を拒絶されてしまったような形になっちゃうんですよね。だから、困っていそうだったら「何かお手伝いしましょうか?」くらいの温度で。それこそ、健常者の方に声をかけるのと何も変わらなくていいんじゃないかって私は思います。珍しがるものでもなく、変に気にかけなければならないものでもない、そのくらいの距離感でいいのになと。

――猪狩さんの言葉によって、健常者と障がい者の間にある目に見えない壁のようなものがどんどん溶けていくといいなと思います。

猪狩:そうですね。逆を言えば、プライバシーも障がいの有無は関係ないと思うんですよね。今回の本では、私のトイレ事情についても少し書かせてもらいました。やっぱりアイドルなので、そういうことはなるべく言いたくなかったんですけど、以前ドキュメンタリー番組の『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)で密着していただいたときに、「トイレの事情とかまで話したほうが、脊髄損傷ってどういうものなのか伝わると思う」というふうに言われて。なので、事実として“脊髄損傷になるとこういうこともありますよ”という形で書きました。実は、仮面女子って「エゴサも仕事」という感じで、結構私もエゴサをするんですよ。でも、あるとき「猪狩ともか」って入れたら、サジェストで「おむつ」って一番に出てきたことがあって。「彼氏」とか「出身校」とかじゃなくて、一番が「おむつ」かーって、ちょっと笑えてきました。

――聞きにくいからこそ、逆に知りたがるのかもしれませんね。でも、知ったところでどうなんだっていうところでもありますが。

猪狩:そうなんですよ! それ、すごく思うんですよね。聞いたからと言って「じゃあ見方変えよ」ってなるのかといったら、そうでもないと思うんですよね。それに脊髄損傷だとトイレが大変になるというのは事実ですけど、障がいの度合いによっておむつの必要性は人それぞれなので。ずっと履いている方もいれば、必要ない方もいますし、たまに履くっていう方もいらっしゃいますし。その個人差についてはプライバシーなことですから。最近では、YouTubeで赤裸々にそうした情報を発信されている方もいますので、そういった内容はお任せすることにしました。

――そうですね。何をどこまで発信するかは猪狩さんの自由ですし、それこそアイドルだからこそできることがありますから。それぞれが役割をまっとうすることで、より理解が深まっていけばいいですね。

猪狩:そう、役割分担! 体おことをお伝えするというよりは、何か新しい活動を通じて一人でも誰かの気づきになったり、勇気を与えたりする活動をしていきたいって思っています。

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