『ビブリア古書堂の事件手帖』著者・三上延が語る、横溝正史へのオマージュとシリーズ10周年の構想

 北鎌倉で古書店を営む女性店主が、本の知識と推理によって事件を解決していくミステリが、三上延による「ビブリア古書堂の事件手帖」シリーズだ。累計700万部のベストセラーとなっていて、2年ぶりとなる2020年7月18日発売の最新刊『ビブリア古書堂の事件手帖II ~扉子と空白のとき~』も、ランキング上位を走り続けている。栞子から娘の扉子へとヒロインが移り、シリーズ再始動とうたわれる最新刊。取り上げられている本も人気作家の横溝正史と、話題の詰まった一冊を送り出した三上延が、新作に込めた思いやこれからの展開を語った。(タニグチリウイチ)

色々なパターンの話を書きたい

ーー2017年刊行の『ビブリア古書堂の事件手帖7 ~栞子さんと果てない舞台~』でシリーズ完結とされたときから、スピンオフのようなものを書きたいとあとがきで言っていました。2018年に『ビブリア古書堂の事件手帖 ~扉子と不思議な客人たち~』を出しましたが、今回の最新刊でシリーズの再始動ととらえて良いんでしょうか?

三上延(以下、三上):実は私の口からはっきり再始動という言葉は使ってないんです。ただ、これからもずっと書いて行くんじゃないか、という方向性が見えてきたと言っていたら、KADOKAWAさんの方で「再始動」と宣伝するようになった次第です。

ーースピンオフを続けているといった感じですか。

三上:今はまだそうですね。私の中ではスピンオフといったところです。本格的にシリーズが始まるとしたら、次の一冊かその次になるんじゃないかなと思ってます。今のところは、第2部のプロローグの最中ですね。第1部と第2部のつなぎみたいな。

ーー第2部でヒロインとなるだろう扉子は出ていますが、事件に挑むのは第1部のヒロインだった栞子といった構成になっているのも、そう思わせます。

三上:栞子たちと扉子を両方出したいと思ったんです。読者さん的には馴染みの栞子たちも出ていた方が良いでしょうから。自然な形で登場させるために、扉子をプロローグとエピローグに出して、過去の話だとしておく形になりました。あとは、大輔(ビブリア古書堂の店員で栞子と結婚し扉子の父となる)と栞子の話で、ひとつ書きたい話があったんです。一度、謎解きに失敗して何年後かに同じ事件を調査するという時間経過がある話です。

ーー「栞子編」では書けなかった?

三上:難しかったんですよ。それまでのシリーズのように大輔の一人称視点となると、作り方は制限されますから。色々なパターンの話を書きたいというのが私の中にあったんです。第1部で大輔と栞子の話にケリがついたので、大輔の一人称視点でなくても良くなりましたし、一人称にするにしても、時間の経過があっても良いということになりました。過去の話、現在の話、何年後かの話をぜひやってみたいと思って、ああいった話になりました。

ーー最新刊では全編で横溝正史の作品を取り上げています。『ビブリア古書堂の事件手帖4 ~栞子さんと二つの顔~』で江戸川乱歩を取り上げた際に、横溝は取り上げないのかと言われたからと聞きました。

三上:はい。乱歩をやった時に、「次は横溝をお考えになってないんですか」というメールや手紙を頂きました。乱歩とくれば次は横溝というのは自然ですよね。私も考えていました。本当は、乱歩と横溝を一緒にできないかと資料を調べていましたが、どう考えても乱歩だけで手一杯。またいつかにしようと思っていました。横溝ファンはものすごくいっぱいいますし、臆したところもあります。どういう形でやるのかをきちんと考えて書かなくてはいけないと。

ーーご自身、横溝作品はいつ頃から読んでいましたか?

三上:小学生の頃に横溝ブームがものすごく盛り上がってました。最初は映画か、古谷一行さんが金田一を演じたドラマを見て、原作は後になって読みました。大学に入って『本陣殺人事件』とか『獄門島』を読んで、ちゃんと読んでおくんだったなあと思いました。一番面白かったのはどれだろう……短編なんですけど『車井戸はなぜ軋る』ですかね。『獄門島』の直後に書かれた作品で、ノンキャラクターのミステリだったんですが、後に金田一ものに改稿されたんです。事件の謎を解いても人の命を助けられない、金田一の無力感がよく出ている作品です。

『雪割草』の予想をはるかに超える面白さ

ーー数ある横溝作品でも、本作で取り上げたのは幻と言われた『雪割草』という作品でした。ご存じだったんですか?

三上:『雪割草』のことは、いちおう存在は知っていましたが、横溝について調べている過程で初めて読みました。2019年の夏か秋くらいですね。2017年に発見されて2018年に刊行された時に、ニュースか何かをちらっと読んで、こういうのが出たんだと思ったんですが、ミステリじゃないんだということで、それ以上は深く考えませんでした。この巻に取りかかってからも、横溝について書くなら、やはり代表作を取り上げるべきだと最初は考えていたんです。

ーー最新刊でも、第二話では代表作の『獄門島』を取り上げていますが、第一話と第三話では『雪割草』になりました。

三上:代表作となると、その結末も犯人もバラさないように書くのが難しいんです。4巻で乱歩を取り上げた時、ストーリー上『二銭銅貨』のトリックを明かさざるを得ませんでした。ミステリのネタバレができるだけないようにしたかったんです。悩んでいた時に、『雪割草』を読んでみて、予想をはるかに超える面白さがありました。

ーーどのような?

三上:代表作とまでは言えませんが、ああいった家庭小説、女性向けの通俗小説を初めて書いたとは思えないくらい、筆運びが素晴らしかったんです。この作品だったら、横溝のことを知らなくても、大事に読んでいた当時の女性がいたんじゃないかと思ったところから、アイデアが浮かんで話ができました。

ーー誰もが知る人気作家の横溝作品でも、長く見つからないことがあるんだと新刊で知って驚きました。新聞に連載された作品なら、読んでいた人も大勢いたから誰か気づいても不思議はない気がしました。

三上:発見された二松学舎大学の山口先生(山口直孝教授)にお話をうかがったんですが、70年以上本当に誰も気がついていなかったようです。戦時中に新聞が統合したりとかで記録がごちゃごちゃになったらしくて。昔のマイクロフィルムを確認することでようやく全貌が分かったんですね。私も新潟の図書館まで行ってマイクロフィルムを回してきましたが、人の手がほとんど触れた形跡がなく、マイクロフィルムを閲覧する人があまりいなかったのかもしれないと思いました。これが例えば横溝が疎開した岡山か、結核の治療で転地療養していた長野ならもっと早く見つかっていたかもしれません。新潟は盲点だったんでしょうね。

ーー最新刊の『雪割草』を取り上げたエピソード自体が、横溝がよく書いた旧家で起こる一族の争いといった感じになっていて、オマージュを感じました。

三上:そうですね。ネタバレはできないけれども、取り上げる以上は横溝作品の何かしらの要素を、物語に入れたいと思ったんです。自分が入れたい要素をリストアップしていき、よく似た顔の持ち主が出てきてどちらか分からないというような、要素を組み合わせて話を作っていきました。もうひとつ、これもさっき話しましたが、過去と現在をまたがって捜査するというやりたかったアイデアが、『病院坂の首縊りの家』にぴったりとはまったんです。

ーー「金田一耕助最後の事件」として知られる作品ですね。

三上:金田一が昭和20年代に完全解決できなかった事件を、昭和40年代に入ってまた捜査に乗り出すという話です。これと絡めれば前後編になるんじゃないかと思いました。

ーーそこに栞子の母親の智恵子が絡んでくる。話の奥行きがぐっと深まりました。

三上:正直に言うと、途中で思いつきました。実は途中までプロローグとエピローグをどうするか決まっていなかったんです。第一話を書き終えたところで、全体でオチをどうつけるかを考えて智恵子を出せそうだなと思いました。

ーーその智恵子を、孫の扉子と対峙させるという展開に惹かれました。

三上:今後扉子の話を書いていこうとした時に、両親と扉子を組ませてしまうと強くなり過ぎるんですね、探偵側が。特に栞子と扉子が組むと一瞬で解決してしまう。大輔の方も成長しているので、高校生の扉子と組まれると安定感が出すぎてしまう。だから、何を考えているか分からない智恵子に扉子が翻弄されるようにしました。

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