藤井棋聖はフィクションを追い越すか? 『りゅうおうのおしごと!』が挑戦する、将棋のまだ見ぬ可能性
将棋のタイトルを、史上最年少の17歳11か月で獲得した藤井聡太棋聖の存在が、ライトノベルの世界に波風を起こしている。GA文庫から刊行中の白鳥士郎『りゅうおうのおしごと!』シリーズに描かれた若き棋士のありえない活躍が、藤井棋聖によって次々と現実にされているからだ。藤井棋聖のどこがすごいのか。将棋の何が面白いのか。『りゅうおうのおしごと!』を読めばそれが分かる。現実の更に先を行く作家の想像力のすばらしさも含めて。
『りゅうおうのおしごと!』は、将棋タイトルで最高位の竜王を16歳4か月で獲得した、九頭竜八一が主人公の物語だ。9歳で八一の部屋に押しかけ弟子入りし、八一も驚く才能を発揮して女流棋士になった雛鶴あい、八一より年下ながら姉弟子にあたり、女流二冠を持つ空銀子を交えたドタバタラブコメを見せながら、将棋の世界で生きていく大変さを綴っていく。
8月6日にシリーズ最新刊『りゅうおうのおしごと!13』(GA文庫)が出たが、その帯には大きく「現実に負けるな!」という言葉が踊り、「いま一番、現実に追い抜かれそうな将棋ラノベ最新刊!」と書かれていた。背景にあるのが、藤井棋聖の歴史的な活躍だ。第91期ヒューリック杯棋聖戦を勝ち、屋敷伸之九段が持っていた18歳6か月という最年少タイトル獲得記録を塗り替えた。
八一の竜王位獲得は藤井棋聖より若いが、これはプロ棋士になって間もない八一が、指し手を研究されていないうちに予選本戦を勝ち上がり、タイトル奪取までこぎ着けたから。戴冠後の八一は、研究されたからか11連敗を喫し、勝率も3割に落ちた。『りゅうおうのおしごと!2』には、2週間前に後手良しとされた手が、翌週には先手良しにひっくり返されるくらい、綿密な研究が行われている描写がある。作者はこうした将棋界の状況に即して、八一を壁にぶち当たらせた。
ところが藤井棋聖は、14歳2か月という史上最年少でプロ棋士となり、デビューから29連勝という歴代最多連勝記録も打ち立て注目を集め、深く研究されたにも関わらず、勝利を重ねてタイトルを奪取してしまった。続けざまに第61期王位戦七番勝負にも登場。木村一基王位を相手に8月4・5日開催の第3局まで3連勝し、8月19・20日の第4局以降に1局でも勝てば、あの羽生善治九段が持つ21歳11か月での最年少2冠記録を、3歳近く更新する。
『りゅうおうのおしごと!12』で八一も帝位戦に登場し、まず1勝を挙げて10代での二冠に少しだけ近づいたが、藤井棋聖はこのフィクションをあっさり実現してしまいそう。八一に「現実に負けるな!」と言いたくなる。
もっとも、フィクションはフィクションで、様々なテーマやメッセージを、ドラマを通して伝えることができる。八一が帝位に挑む戦いでは、コンピューターと人間とではどちらが強いのかといった問題について言及される。於鬼頭曜帝位は、将棋ソフトにプロ棋士として初めて敗れ、自殺未遂を起こしながら生き残り、ソフト研究に没頭するようになって復活した。八一を相手に繰り出す手も最先端のソフト研究の成果だが、それに八一が人間の思考力を極限まで発揮して立ち向かう。
九頭竜八一という棋士が、女子小学生を弟子にしてニヤけているだけのロリコンではなく、ツンデレでヤンデレの銀子との恋愛関係を進展させたリア充だけでもない、将棋の神をもしのぐ天才である可能性がほのめかされる。藤井棋聖も、対局で将棋ソフトが6億手を読んで出した手を指したというが、八一の奮闘を読めば、コンピューターを人間が上回る価値を、より深く知ることができる。