『夢をかなえるゾウ』著者・水野敬也が語る、夢を手放すことの意義

「夢をかなえる」と「夢を手放す」は両方知って選べることがベスト

――『夢をかなえるゾウ4』で夢を手放し、現実を受け入れるために説かれるメソッドは仏教的ですよね。欲望があるからこそ、思い通りにならないことが苦痛になる。だから欲求に対する執着を捨てよう、と。でもここまでの話だと水野さんは仏教的な考えやプラクティスに対して両義的な気持ちがあるわけですよね?

水野:「悟り」って死ぬことと近いと思うんです。ホーキングの宇宙論では、宇宙ははじめ平面だったところに力が働き、波打つようにして丘ができ、同時に、谷ができた。光が当たるところと当たらないところができた、と説かれます。ブッダはその逆で、波のある人生がイヤだったから平坦をめざした――その平面の状態が悟りなんじゃないかと。言ってみれば「タバコはうまい。でも健康によくない」と思っている人がやめたようなものですよね。タバコを吸うことでしか得られない快楽も苦痛もある、でもそれを手放した。

 とすると、悟ったら波も何もない状態になるわけで、コンテンツとしては魅力がない。愛も執着ですから、愛も求めない。何も求めないとなると。

 王族に生まれたブッダが見ていた世界は、いわば満月から始まったと思うんですね。満月は地球側から見れば光の球ですけど、裏側は真っ暗ですよね。みんなが光で満たされた世界だと思っていた場所は、ブッダにとっては闇だった。満月の裏側だけを見ていたようなものです。その闇に染まった月を徐々に小さくしていって最後は滅した。それが苦しみも執着もない悟りの境地、「空」です。

 一方、持たざる者だった僕は光を求めて満月に向かって突き進んでいったけれども、いざ到達して成功をつかんだと思ったら、裏側が闇だったと気付いた。まばゆく見える満月の世界も半分は真っ黒、どこから見るかによって違って見えるだけなんだな、と。

――「夢をかなえる」と「夢を手放す」はどんな風に切り替えたらいいと思いますか? あまり気軽にあきらめていては夢はかなわないわけですが。

水野:本音と向き合いさえすれば、どちらでもいいと思うんです。本当はみんな気付いているのに、理屈や不安が覆い隠している本音に降りていくことが幸せにつながる。本音ではもう夢を手放したいけれども、周囲の期待や不安のコーティングによって見て見ぬフリをしている人もいるし、本音としては夢を追いたいのに自信がないというコーティングであきらめている人もいる。そのコーティングを剥ぎ取る作業が『夢をかなえるゾウ4』でしたかったことなんです。

人々が奪われた尊厳を取り戻す物語を書きたい

――今は変化の激しい時代ですから、自分の努力でどうにもならないことで夢をあきらめないといけないことも起きますよね。そんな事態に直面したとき、夢を手放す、今までの価値観から降りる方法を説いた『夢をかなえるゾウ4』は支えになると思いました。

水野:先日発表された任天堂の決算についていろんな人が「前年比6倍? すごい!」と言っていましたけど、それってコロナ禍によっておきた「たまたま」ですよね。一方で飲食や航空産業の落ち込みを見て「負け」「失敗」みたいに思っている人もいる。これって資本主義に毒されていると思うんです。環境が急変して困っている人がいるときに勝ち組/負け組なんて言ってないで、助け合おうよ、と。いま大事なのは、人の尊厳が奪われない世界を作ること。フォロワーだとか収入、地位、外見など、分かりやすく人間を表す偏った価値観に重きを置かれる世界からシフトしていったほうがいい――ということをめっちゃ力を入れて「これはバズる!」と思いながらブログに書いたんですが、全然読まれなかったんですよね。

――(笑)。

水野:「時代が早すぎたんだ」と必死で自分を慰めることになりました(笑)。

――今日お話をうかがっていて、何より水野さんご自身が悩める人だからこそ、『夢をかなえるゾウ』シリーズはたくさんの共感を呼んでいるんだなと感じました。

水野:僕は煩悩野郎なんです。何を手に入れても「よっしゃ! これで幸せじゃ!」という状態にならない。幸せになる才能がない(笑)。今なお悩んでいて、だからこそ本がずっと出せる。『夢をかなえるゾウ』を書いていても、僕の気持ちはガネーシャ側じゃないんです。のたうちまわって、納得できないものを神様にぶつけている主人公が僕自身なんですね。「答えを知っている」というよりも「問いが渦巻いている」。「なんでこんなイヤな感情が生まれてくるんだ?」とかね。それはある意味、不幸であり続けるということかもしれません。

――目下、執筆に取り組んでいるのは、価値観のシフトの話ですか?

水野:そうですね。資本主義によって奪われたのは人間の尊厳や価値だと僕は思っているんです。『夢をかなえるゾウ4』でも「価値がない人はおらへんのやで」と書きましたが、今届けるべきは「色々な人たちが、本来もっと尊重されていいんだ」という物語なんだろうなと。年収だとか肩書きだとかで人間の価値が測られることによって、人々から剥奪されたものを取り戻す物語を、おもしろく描ければな、と。

 僕は中高時代は本当にみじめな気持ちを抱いていて、劣等感の塊でした。だから同じような人の気持ちを回復することによって、自分も回復したい。今の時代の価値観でみじめさを味わっている人が僕の最大のお客さんであり、同志だと思っているんです。

 その意味で、僕はキラキラした人間になる必要がないと分かりました。僕はずっと不幸でみじめなままでいい。その姿を見てもらったり、そこで学んだことを伝えたりすることで他の人の癒しになるために生まれてきたんだと思います。それが僕の「悟り」かもしれないですね。

■水野敬也(みずの・けいや)
愛知県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。著書に『夢をかなえるゾウ』シリーズ、『人生はニャンとかなる!』シリーズほか、『運命の恋をかなえるスタンダール』『顔ニモマケズ』『サラリーマン大喜利』『神様に一番近い動物』『たった一通の手紙が、人生を変える』『雨の日も、晴れ男』『四つ話のクローバー』『ウケる技術』など。また、鉄拳との共著『それでも僕は夢を見る』『あなたの物語』『もしも悩みがなかったら』、恋愛体育教師・水野愛也として『LOVE理論』『スパルタ婚活塾』、映像作品ではDVD『温厚な上司の怒らせ方』の企画・脚本、映画『イン・ザ・ヒーロー』の脚本を手掛けるなど活動は多岐にわたる。
公式ブログ「ウケる日記」:http://ameblo.jp/mizunokeiya/
Twitter アカウント:@mizunokeiya

■書籍情報
『夢をかなえるゾウ4 ガネーシャと死神』
水野敬也 著
発売中
定価:1,580+税
公式サイト:https://bunkyosha.com/books/9784866512402

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