束縛され、がんじがらめで働く男たちの悲哀 Twitter文学賞国内編1位『黄金列車』は今こそ読みたい一冊だ

 主人公・バログにはかつて妻がいた。彼女は1944年7月の初め、アパートの物干し場から転落して死んだ。彼はそれを事故だったと胸に言い聞かせている。さらに彼は、無二の親友・ヴァイスラーを亡くしている。彼はユダヤ人だった。

 バログは、ふとした弾みで去来する輝かしい過去の思い出と現在を反復し続ける。これはバログが、愛すべき人たちと積み上げてきたこれまでの日々を振り返りながら、さらにはそれが失われていく、哀しき過程をも繰り返していく物語であると共に、皮肉としか言いようがない、彼自身の現在の職務がそこに重なっていくという、あまりにも切ない、声なき慟哭の物語でもあるのである。

飛び降りて一緒に走って行こうという衝動を、バログは抑える。もう子供ではない。真似をすれば確実に怪我をする(同書,P323)

 そう、ナチス政権下のドイツを描いた『スウィングしなけりゃ意味がない』(角川書店)の若者たちなら、終戦間近のハンブルクの、地獄絵図のような経験を経ても、「解放」という言葉に心を躍らせ、新しい世界へ飛び出していくことができた。でも、バログは若くはない。大人たちは自由じゃない。身体的にも、彼らを形作ってきたキャリア的にも、抱えている過去も現在も、あらゆることに束縛され、がんじがらめだ。だからゆっくり歩いていくことしかできない。それでも。その先にはきっと、希望が転がっている。これは、時代に翻弄された、働く男たちの物語である。

■藤原奈緒
1992年生まれ。大分県在住。学生時代の寺山修司研究がきっかけで、休日はテレビドラマに映画、本に溺れ、ライター業に勤しむ。日中は書店員。「映画芸術」などに寄稿。

■書籍情報
『黄金列車』
著者:佐藤亜紀
出版社:角川書店
価格:本体1,800円+税
<発売中>
https://www.kadokawa.co.jp/product/321905000410/

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