『薬屋のひとりごと』ヒットに見る“中華風の世界観”の魅力 ラノベ週間ランキング考察

 そうした物語を支えるキャラクターたちの癖の強さもまた、「薬屋のひとりごと」シリーズを支える柱になっている。主人公の猫猫以外ではまず壬氏。宦官で、女性でなくても国を傾けかけない美貌の持ちだが、その出自に秘密があって、後宮外でも帝国を支える活躍を見せる。猫猫に好意を抱き始めているようで、いろいろとアプローチを試みるが、美貌にはなびかない猫猫の恋情を引き出すまでには至っていない。お互いに関心は抱き合ってもベタベタとはしない関係が、宮廷ロマンス物の苦手な人にも受け入れられる理由か。

 そして漢羅漢。宮廷では将軍の地位にある高官だが、実は猫猫の本当の父親で、猫猫が育った緑青館の妓女に猫猫を生ませたものの引き取らせてはもらえなかった。猫猫が宮廷に来るようになると、どうにかして会おうとして近寄ってくるが、猫猫は毛嫌いしていて変態軍師と呼び「あのおっさん」と呼んで、話題が出るたびに周囲がドン引きする表情を見せる。そんな猫猫の徹底したツンぶりが妙におかしく、引き出してくれる羅漢に感謝したくなる。軍事の才能はさすがなもの。そして囲碁と将棋の腕前も。そうした多彩な属性がぶつかり合わず、かみあって一人の人間を形作っているのは、物語の上でどれもしっかりと活かされているからだろう。

 挙げればほかにも、後宮に努めた医官で、進んだ外国の医学知識も持ちながら、訳あって膝の骨を抜かれ追放されて花街で医師を営み、猫猫に薬学や医学を手ほどきした羅門、最初は後宮で働く虫好きで元気な侍女として登場し、やがてその正体を見せて物語を動かす子翠という少女、ことあるごとに猫猫からはやぶ医者呼ばわりされるが、気の良い性格でその方が楽だと猫猫に仕事を任せ、結果として彼女の活躍を支える虞淵らがいる。

 ほかにも、緑青館の三姫と呼ばれる妓女の一人にべた惚れな武官の李白、羅漢の養子で軍略よりも経済に強い羅半などなど、いくらでも挙げられるキャラクターがいて、それぞれにしっかりとした立ち位置が与えられている。世界の奥深さとキャラクターの厚み。そんな太い柱の上で紆余曲折な物語が繰り出されるのだから、これはもうハマってしまう。そして抜け出せなくなる。

 気になるのは、少女が主人公で宦官ながらも秘密を抱えた美貌の壬氏も登場して、ロマンスもありそうな物語がヒーロー文庫という、どちらかといえば男性向けのレーベルから刊行されたこと。「小説家になろう」という小説投稿サイトから作品を選び刊行してきたヒーロー文庫だが、「異世界食堂」や「ナイツ&マジック」「異世界落語」といったシリーズとはやはりどこか雰囲気が違う。

 これが女性向けのレーベルだったら、もっと猫猫と壬氏とのロマンスに筆を向かわせるように指示が入ったかもしれない。それだと猫猫の頑固な言動も、背景となっている世界を成り立たせている経済や政治といった描写も背後に追いやられていたかもしれない。それが魅力でもある作品からすれば大きなマイナス要因。だからやはりヒーロー文庫で出てくれて、良かったとここは安心したい。

 ちなみに、中華風の世界観で、後宮や皇帝が登場するロマンティックだったり、ファンタスティックだったりする物語は、女性向けのレーベルで本当にいろいろと刊行されていて、ベストセラーとなる作品も数多く出ている。その一例が、2014年6月に創刊された富士見L文庫から雪村花菜が出している「紅霞後宮物語」シリーズ。主人公は女性でなおかつ軍人で、おまけにアラサーという関小玉。かつて副官として自分に仕えて周文林が、傍系の身から突然大宸帝国の皇帝に即位し、小玉の才能を埋もれさせてはならないと自分の後宮に入れてしまう。

 最初は媛からやがて妃に、そして后と後宮の中で身分を上げ、皇后にまでなってしまう小玉に対し、他の女性たちによる嫉妬からの妨害があり、権勢を狙う一派の謀略も巡らされる。それらを元軍人というパワフルさと、生来の前向きさを武器に突破していく姿に、周囲が惹かれ読者も惹かれて巻を重ねる人気シリーズとなった。月刊プリンセスでは栗見あいによるコミック版『紅霞後宮物語~小玉伝~』も連載。後に武威皇后と呼ばれる小玉の活躍が、映像として動き出すのも遠くない話かもしれない。

 その富士見L文庫からは、女性の薬師が後宮で活躍するという設定の「旺華国後宮の薬師」シリーズが刊行中。英鈴という名の少女がおいしい薬の処方に取り組んでいたら皇帝に気に入られ、お薬係兼妃に任じられてしまうというストーリー。「薬屋のひとりごと」の猫猫とどちらが薬師として、そして探偵として優れているかが気になるところ。読み比べたい。

 集英社が2015年1月に創刊した集英社オレンジ文庫からは、後宮にあって夜伽を行わず、不思議な術を使い、失せ物探しも行ってくれる少女が登場する白川紺子の中華風ミステリ「後宮の烏」シリーズや、差別を受ける民族に生まれた少女が、時間を遡り差別の元凶なった皇帝の寵妃に転生し、未来を変えようと企む白洲梓「威風堂々惡女」シリーズなどが刊行中だ。

 小野不由美による「十二国記」シリーズがあまりにも有名になり過ぎているが、こうして見ると実に多彩なシリーズが並ぶライトノベルやキャラクター文芸における中華風のロマンスやミステリやファンタジー。それらにあっても「薬屋のひとりごと」シリーズは、猫猫や壬氏、羅漢といったキャラクターの強さと、深い物語性を持っている。10巻に及ばない巻数で、アニメ化で一般に知れ渡る前に読んで出遅れを取り戻し、ちょっとばかりの先取り感を味わおう。

■タニグチリウイチ
愛知県生まれ、書評家・ライター。ライトノベルを中心に『SFマガジン』『ミステリマガジン』で書評を執筆、本の雑誌社『おすすめ文庫王国』でもライトノベルのベスト10を紹介。文庫解説では越谷オサム『いとみち』3部作をすべて担当。小学館の『漫画家本』シリーズに細野不二彦、一ノ関圭、小山ゆうらの作品評を執筆。2019年3月まで勤務していた新聞社ではアニメやゲームの記事を良く手がけ、退職後もアニメや映画の監督インタビュー、エンタメ系イベントのリポートなどを各所に執筆。

■書籍情報
『薬屋のひとりごと』1〜9巻
著者:日向夏
イラスト:しのとうこ
出版社:主婦の友社
<発売中>
https://herobunko.com/books/hero14/

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