松井玲奈、高山一実、大木亜希子、姫乃たま……アイドルの文章に共通する“熱”とは?

 現在では、テレビ出演などメジャーな展開をしなくても、SNSで告知しチェキ会も付帯するライブを主な活動とするアイドルが無数に存在する。そこでなにが起きているか、現場の人々はどう考えているかを綴ったのが、昨年の卒業公演まで自身も10年アイドルだった姫乃たまだ。彼女の『潜行 地下アイドルの人に言えない生活』(2015年)には、「アイドルの活動には「愛される」という前提が含まれています。有名になりたい欲求と愛されたい気持ちは、常に混乱しやすい距離にあるのです」など鋭い考察が多い。「普通の女の子」がライブハウスでは「普通っぽい女の子」になるという指摘も含蓄がある。さらに姫乃は、『職業としての地下アイドル』(2017年)で当事者アンケートを行い、生態を記述した。

 人に好かれたい。認められたい。仲間が欲しい。誰もが持つその種の欲求が、アイドルとファンの関係では増幅される。姫乃の著作を読むと、アイドルをテーマにした文芸の面白さはその点にあると思う。彼女は、やはりライブアイドルであるXOXO EXTREME(キスアンドハグ エクストリーム。通称キスエク)の曲「アイドルの冥界下り」で詞を書いた。「冥界」とは「地下」の比喩だろう。なにか目立つことをしたいと承認欲求でもがく主人公が、この人生がたとえつまらなくてもかけがえのないものだと思うに至るまでを歌った、なかなか感動的な曲だ。

 そのキスエクのメンバー、一色萌(ひいろもえ)は、文章を書くアイドルの先達として姫乃たまへのリスペクトを示す。彼女も「一色萌のアイドル、色々。」というweb連載を持っている。(http://mogumogunews.com/2020/01/topic_32720/

 以前からアイドルが好きだった一色は、アイドルが辞める時の気持ちを知りたくて自らもアイドルになったややこしい思考の持ち主。彼女は連載で毎回、写真、生誕ライブ、日常と物語、ヲタ用語、可愛いの効能、認知、個性など、アイドルにまつわることがらをテーマに記している。「アイドルの一番可愛い写真は自撮りで、一番魅力的な写真はファンが撮ったライブ写真」といった考察も楽しい。エッセイとレポートを行き来するような文体で書かれるのは、自分を実験材料とし、周囲のアイドルを観察した研究発表のような内容だ。最近は、楽曲派アイドルを語るイベントにも登壇している。(https://sfgeneration.hatenablog.com/entry/2019/11/30/120000

 メンバーのコショージメグミ(元BiS)が自作詩のポエトリーリーディングをするMaison book girl。アメリカの幻想作家H・P・ラヴクラフトと友人の作家が創造し、その後も様々な形で書き継がれるクトゥルフ神話に登場する魔導書「ネクロノミコン」から命名したNECRONOMIDOL。そのように文芸的なテイストを盛りこんだグループは、ちらほらある。NECRONOMIDOLに関しては、ファンがマニアックな同人誌を作っている。(https://matoizumin.stores.jp/items/5deb86453ce119666fd292cd

 それに対し、「よまれよむアイドル」を標榜し、文芸をコンセプトにしたのが、今年1月にデビューライブを催した、朝ぼらけの紅色は未だ君のうちに壊れずにいる(通称アサキミ)という長い名のグループ。キャンペーンで栞を配り、カルタサイズの色紙にメンバーが絵や文字を入れた墨書きを特典とするなど、それらしいグッズを用意しただけでなく、文芸誌「あじろぎ」をPDFで制作しているのが一番の特徴だ。(https://asakimi.com/

 グループ名と同じ題の小説が連載されているほか、創刊号ではメンバー6人全員がエッセイを寄せている。予想以上に面白かったのは、歌人の伊波真人を招いた歌会。各人の詠んだ短歌についての感想を伊波とグループで語りあうのだが、「もう寝なきゃ昨夜に意味を付けたくて考える背に朝日が刺さる」など、微妙な感覚をとらえた歌が多く興味深い。

 世に発表される文章の多くの背後には、自分が認知され承認されることへの欲求がある。その特有な熱のありかたが、アイドルの文章ならではの味わいになっている。

■円堂都司昭
文芸・音楽評論家。著書に『エンタメ小説進化論』(講談社)、『ディズニーの隣の風景』(原書房)、『ソーシャル化する音楽』(青土社)など。

関連記事