時代と対峙し続けた少女小説家・氷室冴子のフェミニズム的な視線ーー『氷室冴子とその時代』を読む

 どうしても少女小説のイメージが強い氷室という書き手の全体像をとらえるべく、後半章では創作のみならず随筆にも目を向ける。とりわけ鮮やかなのは、1980年代後半から1990年代前半の氷室のエッセイにうかがえる、フェミニズム的な視線である。出版業界の男性たちがあからさまな女性蔑視の言動を氷室に投じ続けてきたことを、彼女は率直に綴ってみせる。また、氷室がセクシャルハラスメントという概念を明確に手にしたことで、自らの経験の再定義を行なっていくさまも、このパートの重要な点である。あるいは、社会学者・上野千鶴子に対する氷室の評価や違和感も記述されるが、その視座は少女小説ブームに対して氷室が見せた矜持とたしかに通底していることも興味深い。

 氷室が経験し、また軽快な力強さをもって明らかにしたこの深刻な差別構造は、今日に至っても決して過去のものではない。本書が氷室を通じて投げかけるきわめてアクチュアルな問題提起がここにはある。

 嵯峨が本書の冒頭を、2019年2月にインターネット上に綴られたとある匿名投稿からスタートし現在形のトピックへと接続させているように、『氷室冴子とその時代』が見据えるのは過去ではなく今日である。常に目の前の時代と結び合った氷室冴子の言葉は、何より現在のために読み返されねばならない。

■香月孝史(Twitter
ライター。『宝塚イズム』などで執筆。著書に『「アイドル」の読み方: 混乱する「語り」を問う』(青弓社ライブラリー)がある。

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