婚活迷子、お助けします。 仲人・結城華音の縁結び手帳

成婚しやすい相手の年齢の計算式とは? 『婚活迷子、お助けします。』第三話

結婚後の生活を具体的に話すことで、相手の本音が見えてくる

 トーンを押さえた紀里谷の落ち着いた声に、葉月は素直にうなずいた。

「つい最近、恋人と別れたんです。4年つきあっていて、結婚の話も出ていました。私の誕生日は12月20日で、クリスマスも近いし、そこで改めてプロポーズだね、年始にはお互いの両親に挨拶しようか、なんて話もしていたんですけど……」

 その先は聞かなくてもわかる。それが実現するなら、彼女は今、ここにいない。

「終わるときって、呆気ないんですね。びっくりしました。同棲はしていなかったけど、週の半分は彼がうちに入り浸っていたので、いつまでも引きずるのもいやだし引っ越そうかなと思っていたところに、結城さんたちのお話が聞こえてきて。こちらのホームページを拝見してみたら、引っ越しより入会するほうが安いし、これはいいかも、って」

 葉月の言うとおり、ブルーバードの料金設定はかなり良心的だ。入会金は3万円、プロフィール登録料に3万円。月会費は、月に申し込みできる人数が100名までなら9000円、200名までなら1万2000円だが、たいていの場合は前者を選ぶ。それとは別に仲人サポート費というものが20万円必要で、これは「入会したあともほったらかしにはしませんよ、手厚くサポートしますよ」という契約の証でもあるのだが、入会時に必要なのはその半額だけだ。残りは6カ月後に、継続を決めた場合のみ支払ってもらうことになっている。最初は2ヶ月ぶんの月会費が必要となるが、それでも税込みで20万円以下。事務所の家賃が不要だからこそできることかもしれないが、結婚相談所=高額のイメージをもっていた華音も、最初に知ったときは驚いた。

 葉月は一人語りのように続ける。

「彼とは同じ会社でした。でした、っていうか今も一緒だから気まずいんですけど。お互いの給料はわかっていたし、もともと同じ部署で働いていたから、彼は私の仕事に対する姿勢も内容も了承していたはずなんです。……私が、結婚しても子供を産んでも、働き続けたいと思っていることも」

「中邑さまはどんなお仕事をされているんですか?」と、紀里谷が聞くと、葉月の瞳が爛と輝いた。

「航空会社で海外に向けた宣伝企画の仕事をしています。日本以外で航空券を売るにはどんなキャンペーンをすればいいのか、とかを考えるんです。国によってどういうサービスが必要とされて信用されるのかや、セールスに最適な時期も異なるので……。基盤の施策を考えるのは現地の営業の仕事ですけど、私たちもサポートするだけでなく、実際にその国に赴いて関わることもあります」

「ああ、じゃあ、海外出張も多いんですね」

「はい。もともと旅行は好きなので、海外の空気に触れられるだけでうれしいんです。まあ、いつも弾丸で、観光している時間はないから基本は疲れるだけですけど」

 それでも、今日いちばん声をはずませた葉月の様子から、どれだけ仕事が好きで大事かが伝わってくる。だからこそ、紀里谷も華音も察してしまった。彼女が恋人と別れなくてはならなくなった理由を。

「……彼も、全部承知しているはずでした」と、つぶやく葉月は、表情が歪まないようにするためか、口元に苦笑を浮かべ続けている。

「すれ違いだしたのは、結婚生活について具体的に話すようになってからです。うちの会社、男性の育休取得も推奨していて、休んだからといって不利になることもない。彼は仕事を頑張る私が好きって言ってくれていたし、産休を私がとるのはあたりまえだとしても、よほど産後に体調が悪くならない限りは彼が育休とってくれるかなあ、なんて気軽に考えていたんですけど……」

 そうはならなかった。

 それどころか、残業の少ない部署へ異動したらどうかとすすめてきたのだという。

「子どもがいないうちは仕方ないけど、子どもはやっぱりお母さんと一緒にいなきゃね、って無邪気に笑ってました。異動も急にはできないんだから今のうちから相談したほうがいいよ、って」

 ああ、と華音は静かに重い息を吐いた。

 ――やっぱりさ、家に帰ったら電気がついてておいしいごはんができてるって、最高だよな。俺、そういうのにずっと憧れてたんだ。

 いつか華音にそう言った人の顔までまざまざとよみがえってきて、華音の胸はちくりと痛んだ。けれど表情には出さず、今はただ、葉月の言葉に耳を傾ける。

「困るなあ、って思いました。でもそのときはまだ、話し合えばどうにかなると思っていたんです。だってそれまで、彼は私の語る未来の理想に賛同してくれていたから。だからちゃんと説明したんです。私は異動したくないし、子どもが生まれたら多少身動き取れなくなることがあるとしても、今の部署で働き続けられるよう頑張りたい、って。そしたら彼、なんて言ったと思います?」

「…………そんなの周りの迷惑になるんじゃない、とか?」

 華音の言葉に、葉月ははっと顔をあげた。華音は微笑む。

「あるいは、少なくとも子どもが小学校に入るまでは一緒にいてあげないとかわいそうだよ、とかでしょうか」

「……そうです。そう、言われました。仕事をやめろなんて言ってないけど、残業や出張が多いとわかってる部署に居続けるのはちょっと違うんじゃないの、って。……自分は異動するつもりもなく、いまの部署で、いまの仕事で、出世したいっていつも言っていたのに」

 その彼に、悪気などまったくなかったのだろうと、華音は思う。仕事する葉月が好きだと言ったのもたぶん、嘘じゃない。

 ただ、葉月の仕事を、自分にとっての仕事と同じとは捉えていなかったのだろう。

「なんだか私、がっかりしちゃって……。話し合いを重ねるたびに心が遠ざかっていくのを感じて。彼のことは好きだし、一緒にいると誰よりも落ち着く。でも、彼と家庭は築けない。そう思って別れを切り出しました」

 悲しいすれ違いだ、と華音は思う。こうするのがいちばんよいと信じる未来が、二人は真っ向から食い違っていた。彼を前時代的だとか理解がないとか責めるのは簡単だが、彼の言い分が間違っているわけでは決してない。添いたいと願う女性も少なからずいるはずだ。ただそれが、葉月ではなかった。それだけで。

「4年もつきあってて気づかないなんて、馬鹿ですよね」

「そんなことはありません。具体的になって初めて、表出することはたくさんあります」

 反射的に華音が言うと、その言葉の強さに葉月はぱちぱちと瞬きしたあと、さみしそうに微笑んだ。

「それでも馬鹿みたいだなあって思います」

 その言葉の意味が痛いほどわかって、華音は膝の上にのせた手をぎゅっと握りしめた。ひととおり話してすっきりしたのか、葉月は再び、ぴっと背筋を伸ばす。

「そんなわけで、こちらに参りました。同じ轍は踏まないよう、共働きで家事や育児も分担する意志のある方と出会いたいと思っています。……そのなかから、できれば好きになれる人を見つけたいとも思っています。入会、させていただけますか」

「もう手続きに入られますか? ほかの相談所などと比べたりとか……」と、提案する紀里谷に葉月は首を横に振る。

「大丈夫です。ほかの相談所も一通りホームページは見ましたし。実は、今日の面談がいまいちだったらよそも検討しようと思っていたんですけど」

「この短時間でお眼鏡にかなったと?」

「恋愛と結婚は別、って言われなかったのが、なんだか嬉しくて。あと、なんとなく、結城さんは私の気持ちをわかってくれそうだから」

 今度は、華音が目をしばたたく番だった。ありがとうございます、でいいんだろうかと迷っているうち、葉月が深々と頭を下げる。

「とりあえず半年、お世話になります。よろしくお願いいたします」

「こちらこそ、よろしくお願いいたします」

 華音もつられて、頭を下げた。年下なのに、葉月は自分よりよほどしっかりしていて、肝も据わっている。がっかりされないよう精一杯努めねば、と思うと同時に、すでに彼女に対する思い入れが深くなっていることに華音は気づいていた。

 葉月の姿が、4年前――いまの葉月と同じ29歳だった自分に重なる。あのころ、ブルーバードで働かないかと声をかけてもらったときの華音は、葉月と同じように、何がいけなかったのだろうとか、もっと方法があったのじゃないかと、自分を責めながらそれでも前を向こうと必死だった。

 29歳のとき、華音は結納も済ませていた婚約者と別れた。

 理由も葉月とほとんど同じ――結婚を決めてから婚約者が少しずつ態度を変えて、華音に「従う」ことを求めるようになったことだった。

■橘もも(たちばな・もも)
2000年、高校在学中に『翼をください』で作家デビュー。オリジナル小説のほかに、映画やドラマ、ゲームのノベライズも手掛ける。著書に『それが神サマ!?』シリーズ、『忍者だけど、OLやってます』シリーズ、『小説 透明なゆりかご』『リトルウィッチアカデミア でたらめ魔女と妖精の国』『白猫プロジェクト 大いなる冒険の始まり』など。『小説 空挺ドラゴンズ』が11月に発売予定。「立花もも」名義でライターとしても活動中。

(イラスト=野々愛/編集=稲子美砂)

※本連載は、結婚相談所「結婚物語。」のブログ、および、ブログをまとめた書籍『夢を見続けておわる人、妥協を余儀なくされる人、「最高の相手」を手に入れる人。“私”がプロポーズされない5つの理由』などを参考にしております。

結婚相談所「結婚物語。」のブログ

『夢を見続けておわる人、妥協を余儀なくされる人、「最高の相手」を手に入れる人。“私”がプロポーズされない5つの理由』

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