アフロ、MOROHA活動休止を経てなにを思う? 極論から離れてリアルを歌うーーひとりで見つめる新たな景色

ふたりではなく、ひとりだから歌えること

一一ひとまずは、まだ歌いたいと思えるテーマを選別していった結果が、このソロになるんでしょうか。
アフロ:や、実は、本当はMOROHAで発したかったメッセージを今ソロで歌ってるのかもしれない。ただ、MOROHAだったらもっと時間がかかったと思う。アコギ一本っていう編成だったし、これまでのイメージもあって、それこそみんなのイメージ、感想に引っ張られて作っていくところもあったので。ただ、ゆくゆくはもう「頑張ろう」とか言わなくてもいいのかなって。だって頑張るじゃないですか、俺たち大人って。よかったですよ、格好いい大人になったんですよ。10代や20代前半の時は音楽から「頑張れ」「頑張ろう」って言ってもらえなきゃ頑張れなかった。そういうメッセージを支えにしてやってきた。でも、もう俺は自分が頑張れる人間だってことを知っているし、みんなも頑張ってきた自負があると思ってる。俺は基本的に同世代に向けて目線を持っているから、歌の中にそれを入れることが不自然になってきていたんですよね。踊って「イェーッ」って言うだけでもいいし、その中にもすでに「頑張ろう」があると思う。ダンスの動きひとつに「明日も仕事だ、でも今こうやって踊れてる楽しい時間がある、大丈夫だ俺は」っていうものがある。それを自分の中で生成できる大人になってると思うんです。
一一大人になってもライブに行く人はそうでしょうね。明日も頑張るために足を運ぶようなところがある。
アフロ:そうそう。だからメッセージでそれをやること自体が、年齢にそぐわなくなっているような感覚はある。友達とかもみんなそうなんですよね。かつて「アンダーグラウンドしか信じない」って言ってた奴らが、今は子供と一緒にNHK「みんなのうた」を歌ってたりする。そうやってほぐれていくことを一緒に楽しみたいと思っていたから。MOROHAの時にも、本当はそういう方向に行けたらいいなって思いはあって。でもさっき言ったように、自分の意思とは別のところでパツーンと止まってしまったので。これはもう、真っ向で向き合えるタイミングだなと思って。
一一それで自分以外のこと、他人の人生までを歌えるようになった。これ、どれくらいフィクションで、どこまでが自分のリアルなんですか? たとえばお笑い芸人を主人公にした「サンパチ」。
アフロ:あぁ、でも芸人さんの生き様とミュージシャンの生き様っておおいに被ることがあるので。ほぼ自分の経験談を芸人さんというフィルターにすり替えてます。幸い芸人さんたちからもらった話もいっぱい知っていたので。
一一ひとつの街をテーマにした「呼吸の間」については?
アフロ:これはもう、函館の人たちにむちゃくちゃよくしてもらって。その人たちが喜ぶ曲を作ろうと思ったんですよ。
一一お返しのプレゼントのような?
アフロ:そうそう。自分の実感も入ってますけど、ぶっちゃけ、その人たちが喜べばいいと思っただけでしたね。ほんとローカルな函館を紹介してもらって、その店の名前とかも出してる。行ったことのないみんながわかんない単語って、たぶんMOROHAだったら許せなかった。「知らない名前言われてもハァ?ってなるでしょ」って感じだったんだけど。ソロになってそこはユルくなってますね。
一一楽しみ方の選択肢が増えてきた、という言い方で合ってますか。
アフロ:俺は、楽しいです。
一一聴き手としても、実はかなり楽しいです。
アフロ:そこが昔は信じられなかった。聴き手の想像力なんてないものだと思ってた。マジで。
一一ひでぇ(笑)。
アフロ:MOROHAの時はほんとそう。ひとつのペットボトルを徹底的に歌うと決めたら、見た目とかロゴ、成分表まで解像度上げて全部言葉にして、小学校5年生くらいの子にもわかるようなリリック、文体で手渡す。それがMOROHAのルールだった。徹底的に解像度を上げるっていうことは、人の想像力を信じないこととニアイコールで。今はわりと「ペットボトルの水」くらいの言葉で伝えてもいいかもなって思ってる。


一一それってラッパーとして自然な成長なんですか。
アフロ:成長かどうかはまずわかんないです。変化、ですね。自然かどうかもわからない。
一一この前BOSS(THA BLUE HERB)に取材したら、余韻みたいなものを今は大事にできるって言ってたんですね。ひとつ線を引いて「俺はこっち、奴らはあっちだ」って言い切るほうが最初はよかったけど、どっちとも言い切れないことのほうが最近は大事になってきた、と。
アフロ:BOSSさんの名前出すって、緊張するからやめてください(笑)。人の言葉だから、俺が簡単に共感するとかは言えないんだけど。ただ、その話って……さっき「頑張れ」って歌わなくても、みんなの胸の中で生成される「頑張れ、頑張ろう」があるっていう話と同じ感覚で思うこと。極論みたいなものの危険さを思うんですね。振り切って歌うと扇動しやすいし、ビジネスにもなりやすい。超わかりやすいこと言うと「戦争を明日止めよう」って歌のほうが響くんですよ。でもマジで現実を見つめて本気で変えようとしてる人たちは「明日じゃない、僕らが死んだ後になくなってたらいいね」ぐらいの長いスパンで向き合ってる。真剣に考えるってそういうことだと思うんです。
一一ゆっくり対話を続けていかないと、絶対に実現しないこと。
アフロ:そうそう。すべてにおいてそうだと思う。でも歌だ、ロックだ、パンクだ、パフォーマンスだってなると、極論のほうが感情的に伝わっていく。そこからなるべく俺は離れていきたいなと思っていて。それが俺にとってのリアルっていう感じ。そこに今興味があるな。
一一それはMOROHAじゃないから考えられたことですか。
アフロ:うん。ビジネスになるとやっぱ逃れられなくなっちゃうね。MOROHAなんて超極論のグループだったし。「勝ち負け」をすごい振り切って歌ってた。そのイメージを自分たちも利用してたからね。そのツケって回ってくるんだなって自分でも思いましたし。もっとどっちつかずの自分を、ちゃんと胸を張って表現していくっていうのは、わりとテーマかもしれないですね。折衷案を命がけで歌うというか。



















