路上ライブで話題を呼ぶ“伝えられる声”の持ち主、丸山純奈とは? 歌の原点、徳島からの上京や最新曲までを語る

人を惹きつける歌声の持ち主、丸山純奈とは

 徳島出身のシンガー、丸山純奈。幼少期から歌うことが好きで小学生ながら地元の大会で優勝し、中学生時代には数々のオーディション番組で爪痕を残してきた。『ミュージックステーション』(テレビ朝日系)のオーディション企画でも優勝し『ウルトラ FES2017』に出演するなど、輝かしい経歴を持つ。しかし、彼女は上京して高校時代を経て、地道な路上ライブから活動をスタートさせた。あえて素性を隠し、歌の力だけでどれだけの人を立ち止まらせることができるか、試してみたかったのだろう。柔らかく伸びやかな声と、情感を繊細に伝える表現力は、東京の街を行き交う多くの人の足を止め、その動画はたちまちSNS上で広がっていった。

 今年5月のシングル「ラムネ」に続き、6月にシングル「秒針メモリー」をリリースした丸山純奈に、初となるインタビューを行った。おっとりとした雰囲気の彼女だけれど、その言葉の端々からは歌に対する揺るぎない情熱を感じてもらえるはずだ。(上野三樹)

丸山純奈、幼い頃から歌とともに歩んだ人生

ーーまずは丸山さんの“歌”に対する向き合い方の原点について伺いたいです。小学校5年生の時に徳島の歌の大会で優勝できず、そこから1年かけて向き合い方を変えて優勝を勝ち取ったというエピソードがあります。当時、どんな思いだったんですか。

丸山純奈(以下、丸山): 歌自体は幼稚園の頃から大好きで、徳島は車移動がメインなので、いつも車の中で歌っていたり、幼稚園ではいつでも鼻歌を歌っちゃうような子でした。小学3年生の時に、学校で大会のチラシが配られて「出たい!」って思って、地元では有名なその大会に出て歌ったんですけど、3年生、4年生と予選敗退が続いて……。5年生でも優勝できなかった時、「自分に足りないものがたくさんある」と痛感したんです。そこから大阪のスクールに週1回、お母さんに徳島から車で2時間かけて送迎してもらいボイトレを始めました。ただ歌うのが楽しいという気持ちから、基礎からしっかり学んで、パフォーマンスも含めて“伝える”ための努力をしようという気持ちに変わりました。大阪のスクールには中学に入ってからも通っていたと思います。

ーーお母様のご尽力も凄いです。ちなみに丸山さんは、幼稚園の頃から人前で歌っちゃうような明るい子だったんですか。

丸山:今の私からは信じられないんですけど、当時はめちゃくちゃ目立ちたがり屋で(笑)。幼稚園の頃にヒーローショーとか連れて行ってもらった時も、真っ先に手を挙げてステージに上がるような性格だったみたいです。それが高校生くらいからは、授業中に先生に当てられて喋るだけで、心臓がバクバクしちゃうくらい緊張するようになってしまって。でも、不思議と歌うことだけは、どんなに緊張してもずっと続けられています。小さい頃から歌うと純粋に楽しいし、誰かが聴いてくれると嬉しくて、「プロになりたい」という夢がずっとありました。

丸山純奈(撮影=秋倉康介)

ーー中学生で『ミュージックステーション』のオーディション企画『Mステへの階段』や『今夜、誕生! 音楽チャンプ』(テレビ朝日系)への出演など、10代の早い段階でさまざまなご経験をされました。当時はどんな気持ちでステージに立っていましたか。

丸山:正直、状況を理解しきれていないまま色んなことが進んでいた感覚でした。実際にテレビ局に行って、初めて「あ、こんなにたくさんの人が関わっている場所に今自分はいるんだ」と自覚して、頭が真っ白になるほど緊張しました。それまでもオーディション系の番組には出ていましたけど、それとはまた全然違うもので。テレビってやっぱりすごいんだなって。でも、『ミュージックステーション』では、おばあちゃんや親戚が徳島の藍染めの布で衣装を作ってくれて、一緒に行けないけど「この衣装を連れて行って」って渡してくれて。それはもう本当に嬉しかったですね。私の活動をみんなが楽しみにしてくれていて、ありがたいです。

ーー高校進学とともに上京されましたが、そのきっかけや当時の心境はどうでしたか。

丸山:高校進学のタイミングで今の事務所に所属が決まったことがきっかけで上京しました。当時はまだ東京で暮らすことの大変さもよくわからないまま、特に覚悟もないままでしたが「プロになるんだ」という気持ちはありました。感受性が最も育つ時期に、徳島ののどかな景色と都会の景色の両方を経験できたことは、今の自分にとって大きいです。ただ、上京した直後くらいにコロナ禍に入り、高校生活のほとんどが自粛期間になってしまったんです。でもその間、ギターや歌のレッスンに通ったり、じっくり自分と向き合うことができました。徳島とは全然違う東京の街に圧倒されながら、方言を直す努力を少しずつしたり、新しい人間関係を築いたり。あの3年間で吸収したことは、表現者としての土台になっていると思います。徳島を離れたからこそ、初めて「この街」というオリジナル曲も書けました。

ーー高校も行けず、ライブもできず、なかなかもどかしい時間でしたね。

丸山:そうですね。ただ、高校生活ではもともと学業を優先することを決めていましたし、ライブ活動やSNSでの発信は一切行わず、自分を磨く時間と決めて過ごしていました。レッスンには毎週通い、基礎を徹底的に叩き込んだり、曲作りを始めたりと、シンガーソングライターとしての土台を作った時期でした。

ーー上京してすぐにコロナ禍だとホームシックになったんじゃないですか。

丸山:コロナ禍だと帰省も難しかったですからね。実は私、かなりのおじいちゃん、おばあちゃん子だったので、なかなか会いに行けない時期が続いたのは本当に辛くて孤独を感じることもありました。でも、母が一緒に上京して支えてくれたことや、徳島の親戚が毎日連絡をくれたりして、応援し続けてくれたことが大きな励みになっていました。色んなことがガラッと変わりましたが、徳島とは違って電車でどこへでも行ける東京の街も好きになれた3年間でした。

路上ライブに人が集まるようになったきっかけ

ーー2023年4月からは、あえて素性を隠して路上ライブを再スタートされました。これまでの実績がありながら、再び“何者でもない自分”として路上に立ったのはなぜですか。

丸山:学業を優先していた高校生活とコロナ禍もあって、歌えない状況が続いていたことが自分にとって大きなストレスでした。そこで高校卒業後に、ライブという場所から離れてしまっていた感覚を取り戻したくて、まずは家から歩いて10分ほどの駅で歌い始めました。

ーーそれって自宅の最寄り駅ってことですよね。

丸山:はい、今では考えられないんですけど(笑)。その時は、本当に歩いていけるような距離からまず始めたかった。アンプも使わず、名前の看板も出さず、ただ歌だけで誰かが足を止めてくれるのかを試したかったんです。これも今では考えられないんですけど地べたに座って、キャップを深く被って下を向いて、あいみょんさんの「マリーゴールド」や優里さんの「ドライフラワー」を歌っていたんです。誰にも相談せず勝手に始めちゃったので、事務所には後から「今、路上ライブやってるんですよ」と報告しました。でもそこからアンプなど事務所の協力を得られるようになり、本格的に路上ライブを始めました。

丸山純奈(撮影=秋倉康介)

ーー新宿など色んな場所で路上ライブをされていたそうですね。

丸山:はい、新宿の東口や南口でも歌いましたが、最初は2~3人が立ち止まってくれる程度で、通り過ぎていかれることがほとんどでした。ある時、私の路上ライブを撮影してくれる方がいて、その動画がSNSで広まったことで一気に聴きに来てくれる人が増えました。名前を出していなかったにも関わらず、その撮影してくださった方が私のことを知ってくださっていて、他にも「声で(丸山純奈だと)わかったよ」と言ってくれる人も現れるようになりました。そうやって目に見えて人が増えていくのを肌で感じられたことが本当に嬉しかったです。多い時は300人くらいの方が来てくださるようになり、人が集まりすぎてできなくなるまでの1年~1年半くらいですかね、ファンの方と直接お会いしながら路上で歌うことが活動の支えになりました。

ーー人が集まりすぎるとライブができなくなるのは路上シンガーのジレンマですね。

丸山:そうなんですよ。SNSで告知をすると、ありがたいことに私が行く前からもう凄い人数の方が集まってくださるようになって。「ここで何かが始まるんだな」とわかっちゃうので、あえて直前に告知したり。人が増えてからは歌舞伎町のステージのある場所で歌うようになりました。そうした活動が2024年の横浜・赤レンガ倉庫でのライブに繋がりました。

ーーもう2年前になりますが横浜赤レンガ倉庫でのライブ、拝見させていただきました。

丸山:ありがとうございます! 本当に、あの日は雨がすごくて……。皆さん傘もさせないような状況でしたし、風邪を引かなかったか心配でしたけど、大丈夫でしたか?

ーーええ、大丈夫でした。でも、あの悪天候だからこそ生まれる熱気があって、素晴らしいライブだったと思います。徳島からもご親戚が駆けつけられたとか?

丸山:そうなんです。徳島の親戚がみんな「行くよ!」って集まってくれたんですけど、あいにくの大雨で……。観光もまともにできず、ただただ雨の中ライブを見て帰るという(笑)。でも、私にとっても思い出深い一日になりました。

関連記事

リアルサウンド厳選記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「インタビュー」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる