元カレの言葉が変えた人生、アジアでの熱狂、“見せる自分”と“秘める自分”……茉ひるが語る挑戦の全貌

2000年生まれのシンガーソングライター、茉ひる。SNSを起点に国内外で注目を集める次世代アーティストである。
意外なことに、彼女が長いあいだ、熱中していたことは音楽ではなく陸上競技だった。高校時代から始め、社会人になってからも地域のクラブチームで400m走に打ち込んでいた彼女にとって、生活の主軸はあくまで陸上。練習場に近い、自動車の部品に関連する工場で働いていたという。しかしコロナ禍になって陸上ができなくなり、さらに追い打ちをかけるように失恋を経験。「自分は何をしているんだろう」「何がしたいんだろう」と人生を見つめ直した。そこから音楽の道へ進むことになった決定的なきっかけは、別れてから一年後に再会した元カレと行ったカラオケ。「私、もし走ってなかったら何してたかな?」という何気ない会話のなかで「音楽いいんじゃない? 向いてると思うよ」と言われた言葉が心に深く刺さったという。
そのひところは、たしかに彼女を動かした。何より、その大きな失恋を経験した際にリアルな想いを書き溜めた、たくさんのメモが、やがて茉ひるの楽曲となり羽ばたいていった。
現在、茉ひるのSNS総フォロワー数は90万人を超えている。特に香港と台湾でその歌声が支持され、現地の音楽フェスやテレビ番組に出演するなどして、さらなる認知度を広げている。今や日本の音楽は、世界中のいたるところで、誰かの何気ない投稿によって大きなバズを生み出すことが多々ある。茉ひるが世界に見つかるまでも、そう時間はかからなかった。カラオケで体操座りで歌った動画が、MVで車を運転しながら歌う姿が、アジア圏を中心に話題となり、さまざまな言語で拡散されていった。茉ひるはその波を逃さず、曲のタイトルや歌詞を翻訳して動画を投稿し続けた。今年5月の台北公演のチケットは発売後30分でソールドアウト。国内のみならずアジア圏で人気を集めている。
茉ひるは海外のリスナーから「日本人らしい突き抜けるような透き通った歌声だ」と言われることが多い。たしかに、彼女のエアリーで伸びやかな歌声は、エモーショナルにメロディのよさを際立たせる。実は地声よりも多くの息の量を必要とするエアリーな歌声を支えているのは、400m走で鍛えた肺活量かもしれない。楽曲においては、たとえば「フレグランス」という曲のサビが〈愛してた さよなら〉という、わかりやすくて海外の方にも親しみのある日本語であることも人気の秘密かもしれない。香港のフォロワーが急増していると気づいた時、「歌詞を広東語や繁体字に変えて載せてみよう」とすぐに対応したことやコメントを返すなどして多くのファンと密にコミュニケーションを取ったことも、ファン層の獲得につながったのだろう。台湾のライブでは彼女がステージ上でローカルフードを食すコーナーがあったりして盛り上がっているようだ。切なくエモーショナルなラブソングとともに、自身の親しみやすいキャラクターも国境を越えて伝わっている。
ここに掲載するインタビューでは、茉ひるにEP『Cinema』について語ってもらった。彼女からは音楽に対する情熱や信念の強さを感じたと同時に、発想の新鮮さや柔軟さも感じた。「体操座りで歌う」とか「車界隈に刺さった」とか、狙ってないのに思いがけないバズり方をするのは、茉ひるのあっけらかんとした明るさと目標に向かって努力できるひたむきさがあってこそ。最近では、ピラティスをしながら歌う動画にも驚かされた。「こうあるべき」にとらわれない挑戦とグローバルな視点は、この新作のなかにもたくさん詰まっているので、その魅力をまずは感じ取ってもらいたい。




















