加藤ミリヤ「誰もが愛されるべき存在」 デビュー20周年と第3子出産を経て、葛藤の先に掴んだ“歌う理由”

加藤ミリヤが、3年ぶりとなるアルバム『Velvet Grace』を完成させた。第3子の出産を含め、人生の転機が重なったこの3年間で、彼女は何を見つめ直し、何に救いを求めたのか。自分の弱さや迷いを受け入れながら紡がれた楽曲群には、これまでとは異なる静かな強さが宿る。そして、「THE FIRST TAKE」への再出演や中国における過去曲のバズ、さらには『ベストマザー賞2026』音楽部門受賞など、デビュー20周年を経てキャリアは次のフェーズへ――。ライブで伝え続けてきた「愛し、愛されて生きてください」というメッセージにも変化が表れ始めたという彼女に、現在の心境を語ってもらった。(猪又孝)
20周年と第3子の出産、怒涛の3年間を振り返る
――『Velvet Grace』は、前作『BLONDE16』から3年ぶりのアルバムになりますが、いろんな出来事が重なった期間だったんじゃないですか?
加藤ミリヤ(以下、加藤):そうですね。子どもを産んだりして、私生活の変化はすごくありました。
――その中で、音楽制作に対するスタンスにも変化があったんじゃないかと思います。
加藤:『BLONDE16』は、もともと好きなストリートの世界に自分を置いて、デビューした頃のマインドでやってみようという作品だったんです。だから、初めてのクラブツアーもやって。まさか自分が母になってからクラブツアーをやるとは思ってなかったんですけど(笑)。いろんな発見があったし、若い層に自分の音楽が届いている感覚もあったんです。だけど、そこから3年経って、今の自分にしかできないことってなんだろうって。自分が歌う理由とか、自分が何を言いたいのかということを考えるようになっていったんですよね。
――『BLONDE16』をやってみて、どんなことが見えてきたんですか?
加藤:やっぱり私はHIPHOPのシーンの中にいる人間ではないので、すごくぶっちゃけると「ここは私の居場所ではないな」って。
――そうなんですか!? 『BLONDE16』は気鋭のYo-SeaやShowyRENZOを迎えたり、時流のヒップホップ/R&Bを積極的に取り入れていた印象があったので意外です。
加藤:一緒にやりたいな、コラボしたいな、って思う人たちがたまたまHIPHOPシーンにいる人たちだったんだなって。今はサブスクの時代なので、結構トライアンドエラーができるというか、チーム的にも「やってみよう」みたいな感覚があるんですよ。やってみて違うと思ったら次を考えればいい、みたいな。
――そんな中、2024年7月にLANAさんを迎えた「LONELY feat. LANA」をリリースされましたが、どんな状況で制作されていたんですか?
加藤:「LONELY」はトータルで1年くらいかかってるんですよ。一緒に曲をやろうとなってタイミングを見計らってるうちに、自分の中でも迷いがあったりして。
――そもそもLANAさんとは、どんなことをやりたかったんでしょうか。
加藤:私が「ディア ロンリーガール」でやっていたようなことを、もう一度やりたかったんです。ただ、私が書いた歌詞をLANAに送ったら、返ってきたものがすごく良くて、「やばい」と思ってがっつり変えたりとか。トラックも自分が手応えを感じるまでに時間がかかってしまって、KMさんと何度もやりとりさせてもらったんです。
――その後、2024年10月には加藤ミリヤ×椎名林檎名義で「愛楽」を出しました。これはどんな経緯からコラボすることになったんですか?
加藤:20周年のタイミングで、自分へのご褒美としてコラボしたいなって思ったんです。林檎さんと一緒に曲ができたらすごく幸せだなと思って、直接連絡したんです。
――その頃、第3子の妊娠がわかったんですよね。
加藤:そうですね。デビュー20周年記念で日本武道館でライブをやろうと決めていたんですけど、キャンセルすることになって。
――その時はどんな心境でしたか?
加藤:すでに開催をアナウンスしていたので、いろんな人に迷惑をかけてしまうなって。おめでたいことなのに「ごめんなさい」みたいな気持ちになってしまって、それが一番つらかったです。迷惑をかけてごめんと思ってしまう自分も嫌で、「どうしてこんな思いをしなきゃいけないんだろう」って。結構きましたね、あの時は。
――めでたいことなのに、活動がノッキングされるっていう。
加藤:自分でもなんとかできる方法を考えたんですよ。ライブが2025年8月30日で、子どもが生まれたのが8月18日だったので、「強行突破できるかも」と思ったり。でも、周りが私の体のことを一番に考えてくれて。今思えば、本当に救われました。
――その後、2025年9月に「#東京LIFE」、11月に「One Last Kiss」をリリースします。気持ちの切り替えは自然にできたんですか?
加藤:だんだんと変わっていった感じですね。いろいろ言われると傷つくタイプなので、最初はシュンとなっちゃって。でも誰にも言えないから、とりあえず耐えようと自分に言い聞かせていたんですけど、そのうちだんだんムカついてきて(笑)。「私の状況も知らないくせに好き勝手ワーワー言ってくるなよ」みたいな。そこから、だんだん強い自分に戻っていった感じですね。私なりに誠実に仕事と向き合っているし、できる限り今まで通りやっていこうと。
――逆境をバネにするところがミリヤさんらしいです。
加藤:それにチームのみんなが、どのくらいの時期まで歌えるかとか、すごく気にしてくれて。自分としては3回目の出産ということである程度慣れている部分もあったからこそ、ちゃんとプランを立てて、「この時期までにこれをやっておこう」とか。
――本腰を入れて今回のアルバム制作を始めたのは、出産後ですか?
加藤:そうですね。生まれる前までにほとんど終わらせておこうという感じで進めていたんですけど、やっぱり思うようにいかなくて。作っていくうちに足りない要素に気づいて、出産後に完成させました。
――1曲目の「Bleeding Striker」は、この2年間のことを歌っているのかなと思ったんですが。
加藤:この曲はアルバムを作っていて、1曲目になる曲がないなと思って、最後の最後に作ったんです。やっぱり傷ついて、這い上がっていくみたいなものが私は好きなんだと思います。自分のことを書こうとしていたわけではないんですけど、その時はやることが多くて切羽詰まっていて。でもここで決めなきゃいけない、と。血だらけでも最後に決める、そういう自分になるぞ、という気持ちで書きました。
――今回のプロデューサー陣には、KM、Ryosuke “Dr.R” Sakai、Matt Cabなど前作から続投している方も多いですが、どんな違いを出そうと考えたんですか?
加藤:ちょっと“平成っぽさ”を入れたいなっていうのはありました。でもそれがすごく難しくて。去年くらいから平成リバイバルの流れがあるけど、“平成っぽい”って何なんだろうって。
――ミリヤさんの中での“平成”は、西暦でいうとどのあたりのイメージですか。
加藤:自分が着うたを意識して曲を作っていた時代ですかね。デビューした頃。2004、05、06年あたり。
――ご自身がリアルタイムで活動していた時代だからこそ、逆に難しい部分もあったのでしょうか。
加藤:難しいですね。ただ、歌詞の語感というか、言葉の乗せ方に特徴があると思っていて。今は言葉を繋げて歌うのは普通ですけど、当時は何を言っているかわからなくなるとダメだったので、ちゃんと聞き取れる言葉の置き方を求められていたんですよ。
――一音一音に言葉をはめていく感じですか?
加藤:そうですね。私はそれが昔から苦手で、ひとつの音にいくつも言葉を詰めたくなってしまうので、聞き取りづらいと言われることが多かった。「もっとシンプルに」って当時よく言われてたんですよ。先日「THE FIRST TAKE」で歌った「SAYONARAベイベー」も、あれでも細かいと言われてたんです。
――その後は、モゴモゴ呟くように発声するマンブルラップが広まったり、トラップの2連、3連のようなフロウも流行しましたからね。
加藤:今との違いはそこかなと思っています。それもあって、今回初めてGeGさんともやらせてもらったんです。以前から変態紳士クラブ、いいなと思っていたから。自分の中では平成を感じるサウンドだったので、2曲参加していただきました。
――そのひとつが「One Last Kiss」なんですね。それこそ「SAYONARAベイベー」のような懐かしさがありました。
加藤:私の中では「LOVE FOREVER」のイメージ。あの曲のような4つ打ちで、軽快に早歩きしているテンポ感で作りたいなと思ったんです。



















