歌声分析 Vol.12:松任谷由実 ユーミンブランドの核とはーー音楽に“情景”を与える無二の質感と佇まい
歌声分析
アーティストの魅力を語るうえで、楽曲だけでなく“歌声”そのものに宿る個性にフォーカスする連載「歌声分析」。声をひとつの“楽器”として捉え、音楽表現にどのような輪郭を与えているのかを掘り下げていく本連載では、技術的な視点からさまざまなアーティストの歌声を紐解いていく。
第12回目となる今回は、松任谷由実を取り上げたい。
歌の上手さを超えた領域、情景を立ち上がらせる無二の質感
1971年に17歳で作家デビューし、翌1972年に荒井由実の名でデビューした松任谷。彼女の歌声は、レンジ(音域)や声量といった一般的な基準では測りきれない、無二の質感を持っている。
注目すべきは、彼女の歌声が言葉やメロディを伝えるだけでなく、それらが鳴る“場所”そのものを形成している点にある。感情を直接提示するのではなく、感情が宿る“情景”を声で示し、聴き手の中で感情を立ち上がらせる。彼女の歌声は、その工程を成立させるハブとして機能している。この「声を前景化しないことで成立する表現」は、一般的な歌の上手さとは異なる軸にあると思う。歌声そのものに、空間を含んだ“佇まい”があるのだ。本稿では、楽曲をピックアップしながら、松任谷由実の歌声、その表現方法について考察していきたい。
松任谷の楽曲はタイアップの多さでも知られるが、本質はそこではない。同一楽曲が時代を超え、複数の異なる文脈と背景の中で繰り返し再生され続けてきた点にある。つまり彼女の楽曲は、特定の場面に紐づくのではなく、さまざまな状況に適応しながら再解釈することのできる構造を持っているというわけだ。
「やさしさに包まれたなら」(1974年)は、その象徴だ。映画『魔女の宅急便』をはじめ、多様な場面で親しまれてきた本曲は、カントリー調のミディアムアップチューン。軽快な曲調の中で、彼女は言葉を滑らかに流すのではなく、歌詞を細かに区切り、それぞれの言葉を軽やかに着地させる。Aメロでは語尾を伸ばしきらずに処理。一方、サビの〈カーテンを開いて 静かな木洩れ陽の〉ではコード進行の変化に沿うようにして声音を明るく変え、語尾は変わらず伸ばしながらも、母音を短く切ることによってより軽く響かせる。そうすることで、ここまで紡いできた情景に奥行きを作り出しているのだ。弱冠20歳にして、情景を成立させる歌声の構造がほぼ完成していたと言えるだろう。
「真珠のピアス」(1982年)は、AOR的なミディアムアップチューン。嫉妬というネガティブな感情を描いた歌詞が印象的な1曲だ。この曲で明らかになるのは、感情を露骨に表現しないボーカルアプローチである。冒頭から登場する〈Broken heart〉のフレーズは曲中で反復されるが、彼女はこれをあえてはっきりと発音することなく、かつ淡々と言葉を置くようにして歌っている。この感情の起点となるフレーズの湿度と湿度を低く保つことにより、楽曲の持つ都会的な空気感を醸し出しているのだ。
「リフレインが叫んでる」(1988年)では、打ち込み主体のサウンドの起用が重要な意味を持つ。シンクラヴィア(シンセサイザー)を取り入れ、多重レイヤーを活かした精密で無機質なトラックの上で、彼女の声はひとつのサウンドレイヤーとして機能する。完全に整列したリズムとピッチの中で、わずかに揺れる声が逆に際立ち、人間的な時間を持ち込む。ここでは“ズレ”が欠点ではなく、音楽に奥行きを与える要素として機能している。〈どうして〉の反復では、「ど・う・し・て」「どおして」とニュアンスを変えながらも、ビブラートやピッチの揺れを抑えることで、感情を増幅させるのではなく、純粋な“問い”として残す。この叫ばない叫びが、聴き手の内側で感情を生成させる。























