ANARCHY、新作『Crest』が示すストイックに変化を求める姿勢 KMと作り上げた新たな音空間
すでにベテランの域に達しながら、精力的な活動を続ける京都府出身のラッパー・ANARCHY。2006年の1stアルバム『Rob The World』は、シーンのあいだではすでに名盤としての評価を確立しているような傑作だった。そして、本稿で紹介する最新アルバム『Crest』は、『Rob The World』で彼が電撃を走らせてから20年の時が経つタイミングで投下された、アルバム作品としても実に10枚目の作品となる。
作品を作り続けることを休まない多作家である一方で、レーベルの立ち上げや映像作品の制作など、他分野にも積極的に参入し、手を広げてきたANARCHY。その姿は、アメリカであればジェイ・Zの動きにも重ねられるような、まさしくストリート出身のヒップホップアーティストらしい野心を帯びたものであると言えるかもしれない。
そのANARCHYの強い野心は、これまでのアルバムを聴いてみてもわかるだろう。たとえば、2023年にリリースしたEP『My Mind』では、ニューヨーク拠点のプロデューサー Statik Selektahを招き制作。イーストコースト製ブーンバップをベースにしながら、ハードな路線からピアノをループするような内省的なサウンドまで、幅広いムードを全4曲というタイトな構成のなかに詰め込んだ。前作のアルバム『LAST』ではメロディアスなトラックを中心に、自らの歌唱的なフロウの割合を増やした作品だったが、似たようなことは全くやらず、今作も含め作品ごとに違った挑戦をしていくANARCHYの姿は、キャリアを通して聴くことでより立体的に浮かび上がってくる。
そういう意味で、ANARCHYの現在地を確認できる『Crest』は、KMを全曲プロデュースに招き、今までのANARCHYのアルバム作品ともまた違った音空間を構築している。全9曲それぞれに多様なムードを取り込んでいるが、時折粒子がざらつくような音のイメージ、メロディーが立ち現れてくるようなアーバンでキャッチーな打ち込みやシンセの音とその配置は、紛れもなく彼のシグネチャーだ。
意外でありながらも、絶妙な化学反応を起こしているANARCHYとKMのコラボレーションは、作品の世界観を統一することに成功。生々しく気迫のあるANARCHYの声、洗練された展開とテクスチャーで魅せるKMのビートの融合によって、オリジナリティのある作品が出来上がった。
幅のあるフロウやサウンドを詰め込む本作には、一枚を通して聴くことで意味が迫ってくるような、アルバム作品ならではの醍醐味も詰まっている。SAMI-Tや3Li¥enが登場する1曲目から4曲目でのハードなパートでは、ストリートから成り上がった自らの暮らしぶりなどを描写。「Jordan」で、ギターやスネアの音を入れ、メロディを徐々に手に入れるような非常にKM的なサウンドの展開を見せ、後半のモードに少しずつスイッチングしていく。
続くWatsonと共演する「2026」は、かつての「Home Sweet Home」の続編のような楽曲で、幻惑的で抒情的なビートに、現在までの長い時間を想像させるようなスケール感を称えたリリックを乗せる。「Just Right」はPUNPEEとの共演で、ラップスタイルの違うふたりだからこそ立体的に浮かび上がるようなドリーミーでユニークな楽曲だ。ラスト2曲は、歌唱的なラップスタイルを思う存分に実践し、クライマックスをエモーショナルに彩る。特に、最終曲「The Bible」は、ブルージーでソウルフル。名曲と言い切りたい。
荒れた環境や貧困、イリーガルな人生から抜け出すためのヒップホップとはよく言われることではあるが、そこにあるのは環境に縛られないような、現実に甘んじることなく変えていこうとする精神、ストイックさだ。ANARCHYはまさにそれを実践しているひとりであると、その確信が強まる1枚だ。