『攻殻機動隊』、伝統工芸、エイフェックス・ツイン……TechonoByobuが文化を越境して繋ぐアート 弘石雅和×佐藤大対談

日本の伝統工芸「屏風」と先鋭的なビジュアルを融合させたTechnoByobu(テクノ屏風)。YMOのファーストアルバムのジャケットをあしらい、大きな反響を呼んだ第1弾「Electronic Fan Girl」に続いて、そのモチーフに選ばれたのが士郎正宗原作の『攻殻機動隊』だ。原作コミックはもとより、1995年に公開された押井守監督の劇場アニメ『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』など、世代や国境を越えて日本のサイバーパンクを代表する存在となった一作。金色に輝く屏風に描かれた主人公・草薙素子の姿は、生々しくもどこか不思議な実体感を湛え、他では決して見たことのない「唯一無二のアート・ピース」として私たちの目の前に現れる。
果たして、TechnoByobuとは一体何なのか。その謎に迫るべく、エレクトロニック・ミュージックを中心に数々の注目作を手がける音楽レーベル・ユーマの代表で、TechnoByobuプロジェクトを率いる弘石雅和と、アニメ『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』『ポケットモンスター』などに参加する脚本家・佐藤大による対談を実施。1990年代初頭、東京で設立された伝説のインディ・レーベル、フロッグマン・レコーズ(※佐藤がKENGO→らとともに運営していたインディー・テクノレーベル。KAGAMIやRyo Arai、Hiroshi Watanabe(Quadra名義)といった俊英アーティストの作品をリリース)を立ち上げた2人だけに、話題はTechnoByobuのみに留まらず、ジャパニーズ・テクノ黎明期の裏話からエイフェックス・ツインのロゴマークを手がけたデザイナー、ポール・ニコルソンとの出会い、そしてM.C.Marioまで。縦横無尽な語り口の先に、TechonoByobuが切り開く“未来”と可能性が見えてくる。(宮 昌太朗)
『攻殻機動隊』はマンガにおける「テクノ」のひとつの表現

——最初に、テクノ屏風の第2弾に『攻殻機動隊』を選んだ理由から伺えますか?
弘石雅和(以下、弘石):まずは「テクノ屏風とは何ぞや」というところから話さないといけないかなと思っているんですが……。2020年にウチの会社(ユーマ)が麻布十番に引っ越しをして、その際、オフィス然としたところでではなく、アトリエのような場所がいいなと思って探していたんです。で、その新しいオフィスに茶室があって。その茶室に飾るアート作品を……と考えていたときに、自分が一番最初に影響を受けたのがYMOのファーストアルバムだったことに思い至ったんですね。「あのジャケットがここにあったらハマるな」と、そのときは自分用に屏風を作ったんです。
——最初はあくまで個人用に、と思っていたわけですね。
弘石:そうですね。その後、いろんなご縁があって、(YMOのメンバーだった)高橋幸宏さんの事務所とオフィスシェアをすることになるんですが、そのときに幸宏さんが「これ、いいじゃん」と。「ちゃんと許可を取って売ればいいんじゃない」と後押ししてくれたことが、テクノ屏風の第一弾につながるんです。で、なぜ第二弾が『攻殻機動隊』なのかという点なんですが、2024年に『攻殻機動隊』のゲームのサウンドトラック(『攻殻機動隊ビデオゲーム・サウンドトラック MEGATECH BODY』)をウチから再発することになって。もともとは1997年にソニー・ミュージックから出ていた作品なんですが、ずっと廃盤になっていて、これをそのままにしておくのはもったいない。それで、2年くらい交渉して、ユーマから出すことになったんですが、そのときに講談社さんとやり取りするなかで、「ユーマさんって屏風を出してませんか?」という話になったんです。話を聞くと、どうやら講談社のなかでテクノ屏風が話題になっていたらしくて。

——サウンドトラックの再発が、大きなきっかけだったわけですね。
弘石:僕自身、原作が出た少し後に読んですごく影響を受けた作品でしたし、『攻殻機動隊』ってある意味、マンガにおける「テクノ」のひとつの表現だと思うんです。そもそも「テクノ(techno)」という言葉の語源は、ギリシャ語の「テクネー(techne)」にあります。「テクネー」は日本語で「技術知」と訳されますけど、もともとは「技術」や「芸術」、つまりアート全般を意味する言葉で、いわゆる「匠の技」のようなニュアンスも含んでいます。そう考えると、僕たちが今やろうとしている、伝統工芸とテクノロジーを結びつけるような試みともどこか通じるところがある。音楽の世界で言えば、YMOはテクノのイノベーター的な存在でしたけど、『攻殻機動隊』も同じように、マンガやアニメにおけるイノベーター的な存在、つまりひとつの「テクネー」だと思うんです。それも『攻殻機動隊』を選んだ理由のひとつです。そこで、以前からつきあいのある大ちゃん(※佐藤の愛称)に、ちょっと相談に乗ってほしいと声をかけたんですね。
——相談を受けたとき、佐藤さんはどんなふうに受け止められたんでしょうか。
佐藤大(以下、佐藤):さっき話題に出たゲーム版『攻殻機動隊』のサウンドトラックのときもそうでしたけど、弘石さんとはこれまでもお互いに、お願いしたりされたりしている間柄で。例えば『交響詩篇エウレカセブン ハイエボリューション』でハードフロアを使いたい、となったときに弘石さんに繋いでもらったり。あとは『スター・ウォーズ:ビジョンズ』のときも、プロデューサーの(チェ・)ウニョンさんから音楽にU-Zhaanさんと大野松雄さんを起用したいんだけど……と相談されて。そんなことを言われたら、もう弘石さんに頼むしかない(笑)。
——大野さんというのは……。
佐藤:『鉄腕アトム』の音響を担当されていた方で、当時はもう90歳を越えてたのかな。冨永昌敬監督の『アトムの足音が聞こえる』っていう、大野さんの軌跡をたどったドキュメンタリー映画があったんですけど、それが最高に面白くて。
弘石:大野さんは京都にご在住だったんですけど、同じ京都にあるメトロっていうクラブで、オープンリールでDJをやられてたんですよね。
佐藤:それがまためちゃくちゃカッコいい。DOMMUNEでも一度、中継されてましたけど。
弘石:『鉄腕アトム』の時、大野さんは毎週、劇伴やSEを作っていたんですけど、一方で原作者の手塚治虫さんも、ものすごく強いビジョンを持って作品を作っていた方なので、制作の現場ではお互いのクリエイティブが真剣にぶつかり合うような場面も多かったらしいんですね。そういう経験もあって、大野さんは『鉄腕アトム』以降、アニメの仕事はやらないと決めて、何十年も断り続けていたらしい(笑)。でもなぜか『スター・ウォーズ:ビジョンズ』は引き受けてくれたんですよね。
佐藤:結果的に『鉄腕アトム』と『スター・ウォーズ』っていう、すごいキャリアの人になられたわけですけど(笑)。そんな感じで、僕が音楽関係で相談があるときには弘石さんにお願いするし、弘石さんは弘石さんで「初音ミクで何かやろうと思ってるんだけど」とか(笑)、ときどき相談を受けるっていう関係だったんです。だから今回の『攻殻機動隊』に関しても、サウンドトラックのリリース記念イベントに遊びに行ったときに「テクノ屏風で『攻殻』やろうと思ってるんだけど、どう思う?」みたいな。そういう話をふわっと聞いてたんですよね。

——そもそも弘石さんと佐藤さんは、どれくらい前からおつきあいがあるんですか? おふたりはフロッグマン・レコーズ(※佐藤が以前、運営していたテクノレーベル)の立ち上げメンバーですよね。
佐藤:初めて会ったのはたぶん80年代末くらいですかね。
弘石:それこそ『攻殻機動隊』の原作が出たくらいの頃ですよね。
佐藤:当時、テクノポップのイベントがいろんなところで開かれていたんですけど、僕は僕で、東京ゲーマーズナイトグルーヴってイベントを、91〜92年くらいに始めて。その頃にクラブで会ったんですよね。そこから自分たちでレーベル(フロッグマン・レコーズ)をやろうって話が盛りあがって、弘石さんと僕と(渡辺)健吾とあと数人で立ち上げて、っていう。
弘石:あっ、でも仕事でいえば、フロッグマンの前にM.C.Marioがあるよね。
佐藤:あったあった、M.C.Mario!(笑)
弘石:当時、「BEAT UK」っていうイギリスのヒットチャートを紹介する番組があって。その番組で、着ぐるみのマリオがラッパーと踊ってるPV(Ambassadors Of Funk feat. M.C. Mario「Super Mario Land」)がオンエアされたんですよ。
佐藤:しかも、使ってる音源がゲームボーイ(笑)。なぜ今、ゲームボーイ? っていう。
弘石:その曲はシングルだけだったんですけど、大ちゃんと「これ、ヤバいよね!」って盛りあがって。プロデュースしてたのがサイモン・ハリスっていう、ヒップホップ界隈で結構、有名な人だったんです。で、そのサイモンに「アルバムを作らない?」って話を持ちかけたんですよ。
佐藤:ただ、最初のシングル曲は許可を任天堂UKにしか取ってなくて。これを日本で出すには、ちゃんと任天堂に話を通さなきゃいけない。で、当時、僕はゲームフリーク(のちに『ポケットモンスター』を開発)に所属してたので、社長の田尻(智)さんに相談したら「宮本(茂)さんに会いに行こう」ということになったんですよね。とりあえず、宮本さんと田中(宏和/『ポケットモンスター』を初め、任天堂の作品でサウンドデザインを手がけていた作曲家)さんに許可をもらわないと、と(笑)。
弘石:あと近藤(浩治/『マリオ』シリーズや『ゼルダの伝説』シリーズの楽曲で知られる作曲家)さんもいらっしゃったんですよね。今、考えたらとんでもないメンバーですけど。
——錚々たる面々が(笑)。
佐藤:ピンポーン、マリオのレコード作りたいんですけど、っていう(笑)。
弘石:でも、宮本さんが「いいんじゃない」って乗ってくれたんだよね。
佐藤:あと近藤さんは、すでにサイモン・ハリスの曲を知ってたんですよ。もともとヒップホップとかにも理解があって。
弘石:そんなプロジェクトもありつつ、フロッグマン・レコーズの立ち上げにつながっていくんですよね。



















