加藤登紀子、デビュー60周年でたどり着いたヒット曲の真理 「曲が良い悪いじゃなくて……」
森繫久彌、宮﨑駿、SUPER BEAVER……様々な縁が繋ぐ歌手としての現在
ーーそれぞれの楽曲に関わった人たちのことを思うと、1曲1曲がより輝いて聴こえます。そして新曲として録音された、SUPER BEAVERの「幸せのために生きているだけさ」のカバーには、どんな思いがありますか。
加藤:SUPER BEAVERも、ソニーを一回やめて、また復帰したという苦闘があるじゃないですか。その物語を知って、渋谷(龍太)くんが「時には昔の話を」をカバーしてくれて、「都会のラクダ」(渋谷龍太・著)を読んで、それでもう大好きになったんです。この間、SUPER BEAVERで最初に聴いたのは何の曲でしたか? と聞かれて、「名前を呼ぶよ」だったんですけど、彼らは詞がいいですね。どの曲も全部。
ーーこの「幸せのために生きているだけさ」は、豪華なレコーディングメンバーも含めて、いろんな世代に届く曲だと思います。
加藤:レコーディングは、亀ちゃん(亀田誠治/Ba)とカースケ(河村"カースケ"智康/Dr)、佐橋(佳幸/Gt)さん、鬼武みゆき(Pf)さんのスケジュールを、無理やり空けてもらって来てもらった(笑)。『ap bank fes』とかでも演奏して、ずっと仲良くて、「いつかやりたいね」と言いながらなかなかチャンスがなかったんだけど、やっと実現しました。すごく楽しいレコーディングでしたよ。コンサートでも時々やってるんですけど、みんな乗りますよ。SUPER BEAVERのファンの人もコンサートに来てくれて、客席の年齢層はかなり広がりました。
ーーもう1曲、新録として、長谷川きよしさんが作曲した「明日への讃歌」が収録されます。これについては?
加藤:「明日への讃歌」は、掘り起こしですね。ライブレコーディングで出てはいたけど、シングルにもしてないし、メディアに出たこともないし、ライブのステージで歌っただけ。それも、何回も歌ってないの。たぶんライブレコーディングする日のために作った曲で、あんまり覚えがなかったんですけど、これもあるところである人が、「あんないい歌を、なんで登紀子さんはほったらかしてるのか」と言ってくれて。50年近く前の曲ですけど、振り返って聴いてみたら、すごくいいよねということになって、新しく録り直して入れることにしました。
ーーはい。なるほど。
加藤:その、新録2曲が入った「出会い物語」がDISC1で、DICS2「恋話」は、ソニーに移籍(1988年)してからのアルバム作りの中で、生まれてきた曲ですね。「愛さずにはいられない」と「My Song My Love」は、移籍した最初の2曲です。当時はシングルヒットをあまり意識してなかったんだけど、「愛さずにはいられない」は、ちょっとヒットソングになりました。
ーーDISC2には、80年代の登紀子さんの代表曲でもある「難破船」と、映画『紅の豚』で使われた「時には昔の話を」も並んで入ってます。
加藤:「難破船」と「時には昔の話を」は、本当にありがたいですね。カバーしてくれる方もたくさんいますし、本当にありがたいです。宮﨑(駿)さんとの出会いも大きくて、この時(映画の公開/1992年)の時点で5年前に作った曲だったんですよ。それを宮﨑さんが聴いてくれてて、レコーディングし直して。
ーーどの歌にも人との関わりが刻まれていますね。歌は一人で生み出すものではないのかなとか、思ったりもします。
加藤:出会いイコール衝突ですね。思いがけない遭遇っていう感じです。奇跡ですよ。中島みゆきさんも、最初に「時代」という曲で出てきた時に、一瞬にしてすごい! と思って、リリース前にヤマハの人に「会いたいから」って電話して。それからデビューして、ヒットして、少ししてからこの曲(「この空を飛べたら」)を発注したんです。その前にコンサート会場に来てくれて、隅のほうでひっそりと見ていて、届いたのがこの曲でした。すごい曲が来た、と思いましたよ。
ーーすごい曲ですね。名曲です。
加藤:〈暗い土の上に叩きつけれられても、こりもせずに空を見ている〉。そういう表現の中で私をとらえてくれたのは、本当にすごいと思います。あと、「生きてりゃいいさ」を書いてくれた河島英五さんも、『ほろ酔いコンサート』を見に来てくれたのが初対面なんだけど、彼はそのコンサートを見て、大阪の家に帰る新幹線で「生きてりゃいいさ」を書いたんですって。3番の歌詞で〈まだ見ぬ人にありがとう〉って、これは何? って聞いたら、新幹線に乗る前に奥さんから電話があって、2番目の子供ができたって。嬉しくて嬉しくて、それもあってすぐに歌詞ができたと言ってました。もう本当に物語ですね。
ーー物語ですね。世に残る歌には、歌が生まれる背景の中にすでに物語があるように思います。
加藤:ありますね。「知床旅情」なんかも、本当にすごいストーリーですよ。私は1970年ぐらいから55年間歌ってきましたけど、元々この曲は、森繫久彌さんが1959年の羅臼の海難事故のエピソードを元に、映画(『地の涯に生きるもの』/1960年)を作った時の歌なんです。それを聴かせてくれたのは藤本敏夫で、68年3月に私の前で歌ってくれた。その後、なぜ彼がその歌を知っていたか? という、いわれ探しをしたら、京都にリラ亭というお店があって、そこのマスターが森繁さんのレコードをかけて学生に聴かせていた。当時、同志社大学の学生だった藤本がそれを聴いて知っていたというふうに、答え合わせができていたんだけど、実はこの間、岡山県の長島愛生園っていう、ハンセン病の療養所に行ったんです。そこに80代半ばの人がいて、すごい話をしてくれたの。その人が同志社大学の鶴見俊輔さんのゼミに行って、ハンセン病の人が、もう完治しているのに世の中に受け入れられないで、彼らが泊まるホテルで宿泊を断られたっていうことを、学生たちの前で話をした。そしたら学生たちが、ハンセン病の患者さんたちがいつでも集まれる場所をみんなで作ろうっていうことになって、地元の人を説得して、1963年から4年間かかってやっとそれが仕上がった。その活動に藤本は参加していたんです。
ーーはい。なるほど。
加藤:愛生園でお逢いしたその人が「おときさんに会ったら、言わなきゃと思ってたことがあるんだ」って言うんです。「みんなで“むすびの家”っていうのを作ったんだけど、その時、若い学生たちと肩組んで、1日の作業の終わりに必ず歌ったのが、あなたの「知床旅情」だったんだ」って。私は70年から歌ってるから、その家を建設してる時は、まだ私の歌じゃなかった。でもその頃、藤本敏夫が「知床旅情」を歌ってくれた理由がはっきりわかったんです。
ーーなんと。そんな物語があったとは。
加藤:すごいでしょ? そういう歌だったの。森繁さんが1960年に映画のロケの最後に置き土産として作って、レコーディングしたのは65年だから、その間は知床旅行のバスガイドに教わったとかで、関西でそういう広がり方をした歌だったっていうことが、「知床旅情」の不思議な物語なんですよ。
ーーすごい話です。歌は旅をするんですね。「百万本のバラ」もそうじゃないですか。ラトビアで生まれて、ロシアを経て世界を旅して、日本で登紀子さんの歌になって。すごいことだと思います。
加藤:「Imagine」もね、この間「アナザーストーリー」でやってたけど、作ってすぐに世界的な大ヒット曲になったというよりは、ジョン・レノンが80年に暗殺されて、追悼でみんなが歌って、その後に9.11のテロの時に放送禁止になったことによって、逆にみんなが歌いだした。それでますます意味合いを持ってきて、もう本人はいないわけだけど、いなくても歌は生き続けていくんですね。この間、中国で歌った時も、「Imagine」はすごく反響があったんです。日本語の語りのところを、中国人の通訳の女性が中国語で語ってくれて、私たちは手を繋ぎながら歌って、すごく受けた。ウワー! って歓声が上がったの。“国はない。誰かのために殺したり殺されたりはしない。それは夢ではない。いつかあなたもそう思うだろう。世界は一つになるんだ”って。
ーー素晴らしいエピソードです。
加藤:そういうこともあって、今年はとてもいい年なんです。暑い夏を乗り切って、このままいい年末を迎えて、一緒に60周年を喜びましょうという、そういう『ほろ酔いコンサート』にしたいと思っています。
ーー今年の『ほろ酔いコンサート2025』は、「60周年感謝祭」と銘打って、12月6日から28日まで、6都市7公演で開催されます。いつもとは違う、特別な企画は考えていますか。
加藤:いえ、いつも通りですよ(笑)。だけどベスト盤も出したし、いつもやらない歌がいっぱいあるから、何が出てくるかわかんないっていう意味の“いつも通り”です。そして、12月27日の大阪公演(新歌舞伎座)の日が、82歳の誕生日です。どういう仕掛けをするんですか? って聞かれたから、“誕生日の仕掛けは私がしないから”って(笑)。誰かが何かやるかもしれないけど。
ーーコンサート、楽しみにしています。今日は本当にありがとうございました。楽しい話がたくさん聞けました。
加藤:今日は、滅多にしない秘話が多かったね(笑)。
ーー歌が残っていくには、それだけの人の感情と、物語が背景にあることがよくわかった気がします。
加藤:だからね、多賀さんに反抗するわけじゃないけど、売れないままの、いい曲なんて、いっぱいありますよ。いつの時代にも、あっちでもこっちでも。だから、「売れないのは曲が良くないからだ」なんて、私は口が裂けても言えないです。違うんです。売れることが奇跡なんです。何かすごいものが突然出会って、ヒット曲が生まれるんですよ。それはいいとか悪いとかじゃなくて、そこにある秘められた筋書きというか、出来事がそうさせるんです。私はスタッフによく言うんですけど、「ヒット曲っていうのは出来事だよ」って。曲がいい悪いじゃなくて、大きな出来事ですよって。それは、その歌の中から、渦巻きが生まれたっていうことだから。
ーーそれが、何かの力に突き動かされて、大きな渦になっていく。でも、それに命を吹き込むのは歌い手なので、いつまでも本当に元気で歌い続けてください。
加藤:それはわかんない。特に今回は、もうこの後がなくてもいいってぐらいの気持ちで、アルバムの制作をしたんですね。スケジュールを空けてもらう時に、カースケに、「これが最後だから、なんとかして」って言ったら、「はい、わかりました」って言ったけど(笑)。それは、誰にもわからない。何が最後かなんて、最後になってみないとわからない。宮﨑さんだって、もう一回映画を作ってくれないかなと思うよね。最後って言ってもまだ作ったんだから、またやらかしてよって思っちゃう。
ーー前向きな意味で、これが最後かもしれないという気持ちは、見る側にもあってもいいかもしれないです。コンサート、楽しみにしています。
加藤:はい。楽しんでやりますので、どうぞみなさん、いらしてください。
■リリース情報
加藤登紀子 60周年企画アルバム(CD)第二弾『明日への讃歌』
2025年10月29日(水)発売
2枚組:MHCL-31105~6│全35曲収録
価格:4,400円(税込)
仕様:初回仕様限定盤・紙ジャケット
高品質CD Blu-spec CD2
発売元:ソニー・ミュージックレーベルズ/レガシープラス
<収録曲>
【DISC-1】 「出会い物語」
01. Imagine
02. 幸せのために生きているだけさ *New Recording
03. 明日への讃歌 *New Recording
04. 愛のくらし
05. 灰色の瞳
06. この空を飛べたら
07. 生きてりゃいいさ
08. 止まらない汽車
09. 浪漫浪乱
10. わが人生に悔いなし
11. 島唄
12. あなたに
13. サボテンの心
14. 花筐 ~Hanagatami~
15. さくらんぼの実る頃(日本語バージョン)
16. 花はどこへ行った
17. 百万本のバラ
18. 知床旅情
19. 琵琶湖周航の歌
【DISC-2】 「恋話」
01. 18の頃~Chez Maria~
02. My Song My Love
03. 愛さずにはいられない
04. 雨のシャンソン
05. 難破船
06. 時には昔の話を
07. 欲望という名の船にのる
08. 私のヴァンサンカン
09. ファシネイション〈魅惑〉
10. オペラの終幕
11. 美しき20歳
12. まっすぐ見つめたい
13. そこには風が吹いていた
14. 冬の螢
15. 駅
16. 愛はあなたの胸にL’amour dans ton coeur
*Produced & Directed by 加藤登紀子
▼アルバム「明日への讃歌」のご予約・購入はこちら
https://tokikokato.lnk.to/1029_PKG
■コンサート情報
『加藤登紀子 ほろ酔いコンサート2025 60周年感謝祭』(6都市7公演)
【京都】
日時:12月6日(土)開場15:15 / 開演16:00
会場:京都劇場 https://www.kyoto-gekijo.com/access/
お問い合わせ:アクティブケイ tel:075-255-6586
【神奈川】
日時:12月9日(火)開場15:00 / 開演15:30
会場:関内ホール https://www.kannaihall.jp/access/
お問い合わせ:トキコ・プランニング tel:03-3352-3875
【東京】
日時:12月13日(土)開場15:00 / 開演15:30
日時:12月14日(日)開場15:00 / 開演15:30
会場:ヒューリックホール東京 https://hulic-theater.com/access/
お問い合わせ:トキコ・プランニング tel:03-3352-3875
【愛知】
日時:12月20日(土)開場14:45 / 開演15:30
会場:御園座 https://www.misonoza.co.jp/access/
お問い合わせ:御園座営業部 tel:052-222-8222
【大阪】
日時:12月27日(土)開場14:45 / 開演15:30
会場:新歌舞伎座 https://www.shinkabukiza.co.jp/access/
お問い合わせ:新歌舞伎座テレホン予約センター tel:06-7730-2222
【埼玉】
日時:12月28日(日)開場14:45 / 開演15:30
会場:大宮ソニックシティ 大ホール https://www.sonic-city.or.jp/access.html
ゲスト:タブレット純
お問い合わせ:トキコ・プランニング tel:03-3352-3875
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