星野源が証明した音楽で繋がる意味、虚無の先にある息をする歓び――『MAD HOPE』ファイナル公演を観て
星野源の“人生を変えた2曲” 本編ラストナンバーは「Hello Song」を披露
「デビュー15年、いろんなことがあったけど、僕の人生を変えた2曲」というMCを経ての「恋」、そしてここに位置を替えた「SUN」の並びに感じたのは“安定感”だった。そして、星野のライブにおいて欠かせないアコギ弾き語りのセクションは常に彼のソロキャリアの原点を想起させるが、この日はまさにアーティスト・星野源誕生に欠かせないエピソードが追加されていた。「ひとりでボソボソ歌いながら作った曲が、電波のように誰かに伝わるんだなって。その電波を受け取ってくれた人のひとりが、もう天国に行ってしまったんですけど、ディレクターの東さんという方で。東さんと皆さんに捧げます」と、歌われたのはデビューアルバム『ばかのうた』に収録されている「くせのうた」。この日の弾き語りは同アルバムから「子供」、そして最新アルバムから「暗闇」、そして「くせのうた」が選ばれたのだが、自分のタイム感でギターと連動して声を発することで生まれる場の支配力は、どこまでも個人的な歌詞こそが普遍性を帯びる事実が生んだものだ。
センターステージから星野が自転車で袖にはけ、メインステージが再開するまでの時間が本編ツアーでは「赤えんぴつ」からのお祝い動画だったのだが、星野の歴代MVに替わったことにヒストリカルなムードが漂う。画面に「NEXT SONG…」と表示されたあとの選曲が、『Gen』収録曲のみならずこれまでのキャリア史上最もダークで静謐な「Sayonara」であることのギャップったらない。だが、シンプルにこの曲での超低い音程で醸し出されるボーカリストとしての新しさ、慟哭を静かに具現化するチェロとピアノの緊張感ーー。曲中にほかのメンバーもステージに集結する様子が、後半に向けて光に歩き出す曲のイメージと重なった。
そのことが助走になって「Mad Hope(feat. Louis Cole, Sam Gendel, Sam Wilkes)」の音楽の自由さがさらに躍動する。星野と長岡が火花を散らすギターソロから、ステージを包むように舞い降りるLouis Coleの声のセクションなどが混ざり合う。ここにいるミュージシャンも、いないミュージシャンも並置され、歌詞も諸行無常が散文的に並置されている。永遠にループしそうな演奏を見ていると、この楽曲タイトルがツアータイトルに冠された意味以前の共振を見る思いだ。リズム構成に近い感覚のある「Star」などが続いたあとのドラえもん一行によるボイスドラマでは、この日最大音量でのオーディエンスによる「助けて、ドラえもん!」がアリーナに響き渡る。さらに追加公演で加わった「Melody」の披露は、カリブ風のムードを作り出す長岡のリフやレイドバック気味のビートのアンサンブルが、リラックスとは真逆のテンション感を生み出していたのも面白かった。
そして、星野自身が「曲の作り方を替えた「創造」から、このアルバム『Gen』は始まって。今からやるんですけど」と告げる。難曲であることはオーディエンスも重々承知で応援体制なのだが、この日は星野が喉がホコリっぽいと話し、さまざまな対処法が飛んでいた。緊張感が緩んだものの、走り出したら止まらないジェットコースターナンバーの連続にアリーナ全体が前のめりで集中。慌ただしくも愉快なエンディングを走りきった瞬間、爆発的な歓声が上がった。「異世界混合大舞踏会」を挟んで、追加公演のラストは本編ツアーではアンコールのラストナンバーだった「Hello Song」がセットされた。〈いつかあなたに/出会う未来〉を予感するからこそ、正真正銘のラストに演奏されてきた曲がここにあることを意外に感じたが、それはアンコールで、この日がファイナルであることを実感する伏線だったのかもしれない。
最終公演で語られた、音楽が繋ぐ扉の向こう側
本編終了後、再び冒頭のサルとカッパ、ヒトによるボイスドラマが展開するのだが、達観したキャラクターのヒトがニセ明の熱狂的なファンであるのも示唆的だ。星野のMCの内容も微差はあれど同じ事柄で構成してきたツアーだが、アンコールでのニセ明の挙動やMCには自由度がある。アジアツアーのオモシロ話や、メンバーに絡みにステージを自由自在に練り動いた。そしてニセのオリジナルでメジャーデビュー曲「Fake」の本格的なソウル名曲っぷり、支えるストリングスの流麗なアレンジなど、飽くまでも音楽のクオリティが変わらないのも重要なのだ。なんとこの日は星野の「Week End」のカバーも歌い、大いに煽られたフロアとスタンドはこの日マックスの狂騒状態だった。
エンドロールが映し出され、再び星野がステージに現れたあとに、速報レポートやSNS上のファンの感想でも大半を占めていた星野の内心の告白があった。「曲作りをしているとどんどん自分に潜っていく感覚があり、そこにある扉はあなたの扉に繋がっているんじゃないか。心からうんざりすることは多々あったけれど、音楽を作っている時は唯一楽しかったしみんなと繋がれている気がして寂しくなかった」と。「『MAD HOPE』ツアーは終わるけれど、これからもたくさん音楽を聴いて下さい。あなたがどん底にいるとき、僕はそこにいるから」、そこまで言い切ったのはやはり最終公演だからなのではないだろうか。星野の音楽の無謀さすら新しい豊かさに着地させるエネルギーの源泉のひとつには、どうしようもない虚無が存在することを身に染みて感じたくだりだった。そして正真正銘のラストナンバーとして〈悲しみに勝った/息をするそれだけで/その証拠なんだった〉と歌った「Eureka」は、この地獄に生きる私たちにとってのスタンダードという意思表明として届いたのだ。そして渾身の「ラララ」と会場全体に伝播するそのシンガロングは私たちが息をする歓びそのものになった。
今はそれで十分だと思う。
■ セットリスト
『Gen Hoshino presents MAD HOPE』
2025年10月19日 神奈川・Kアリーナ横浜
M01. 地獄で何が悪い
M02. 化物
M03. 喜劇
M04. Ain't Nobody Know
M05. Pop Virus
M06. Eden(feat. Cordae, DJ Jazzy Jeff)
M07. 不思議
M08. 恋
M09. SUN
M10. 子供
M11. 暗闇
M12. くせのうた
M13. Sayonara
M14. Mad Hope
M15. Star
M16. 2(feat. Lee Youngji)
M17. ドラえもん
M18. Melody
M19. 創造
M20. 異世界混合大舞踏会(feat. おばけ)
M21. Hello Song
EN22. Fake
EN23. Week End
EN24. Eureka