BUCK∞TICK、原点回帰とともに深めた“新体制への自信” 『渋谷ハリアッパ!』クロスレビュー
BUCK∞TICKが新体制初のシングル『雷神 風神 - レゾナンス』から1年を待たずして、次なるシングル『渋谷ハリアッパ!』を10月15日にリリースした。今井寿が作詞作曲を手がけた表題曲と、星野英彦が作詞作曲を手がけた「風のプロローグ」は、一見すると異質な楽曲ながらもどこか通ずる色合いを持っている。タイトルからして大きなインパクトを放つ『渋谷ハリアッパ!』を通して、BUCK∞TICKが訴えかけるものとは何か。音楽ライターの冬将軍氏、今井智子氏が、それぞれの視点から同作を紐解いていく。(編集部)
『雷神 風神 - レゾナンス』とは異なる方法で表現した“真逆なスタイル”(冬将軍)
その言葉が指す意味はよくわからないが、とにかく今井寿である。それが「渋谷ハリアッパ!」というタイトルから感じた印象だ。長年追い続けてきたファンであれば、楽曲が公開される前から「渋谷ハリアッパ!」と発する今井の声が脳内で再生されたことだろう。
リリースに先駆けてYouTubeチャンネルに公開された「15sec Spot」は期待以上のもので、15秒ながら充分すぎるほどのインパクトを放っていた。〈get hurry up get up hurry up/get hurry up get up get up〉のキラーフレーズは一度耳にしただけで、思わず口ずさんでしまいそうになるほどキャッチーだ。サビがなく、このフレーズが呪文のように連呼される楽曲構成を含め、アルバム『スブロサ SUBROSA』(2024年)表題曲に共通するところも多い。無機的なリズムが淡々と刻まれ、メタルパーカッションが加わってインダストリアルな雰囲気を漂わせるトラック。そこに奇抜な言葉選びが飄々としたボーカルによって並べられていく。今井流のダークでインダストリアルなヒップホップチューンだ。
今井のボーカルが初めてフィーチャーされたのは、アルバム『darker than darkness -style 93-』(1993年)収録の「Madman Blues -ミナシ児ノ憂鬱-」だった。ロボットのような感情の読めないそのボーカルスタイルは、ギターをギターとして弾かないアバンギャルドな今井のキャラクター性をより不可思議なものにした。以来、櫻井敦司という絶対的なボーカリストの右側で、飛び道具としての役割を担ってきた。そして2024年、そんな今井がメインボーカルとなった。これまで飛び道具であったにもかかわらずメインとしての説得力を感じるのは、BUCK∞TICKというバンドの音楽の奥深さとそれを昇華できるセンス、そしてデビューから37年(昨年時点)のキャリアに裏打ちされた力量があったからだろう。よく声を楽器として捉えているアーティストも多いが、巻き舌混じりでアクセント位置すら掴めない今井のボーカルはまさに楽器であり、楽曲を構成するサウンドのひとつになっている。それでいて不思議と歌詞が聞き取りやすいという魔力を持っているのだ。
そしてもう1人、メインボーカルを務める星野英彦。カップリング曲「風のプロローグ」では、今井や櫻井とはまったくベクトルの異なる優しい響きを持った甘い歌声を聴かせてくれる。星野は過去のライブにおいてコーラスを担当していたこともあるが、本格的な歌を聴かせたのは昨年の「雷神 風神 - レゾナンス」および、アルバム『スブロサ SUBROSA』が初めてであり、その聴き手を包み込むようなおおらかさを持ったボーカルスタイルに多くのファンは驚かされた。
「風のプロローグ」の美しくもどこか儚さを帯びたメロディは、「JUPITER」(1991年)や「ミウ」(1999年)などの楽曲に通じる、星野のメロディメイカーとしての色を感じるところ。「渋谷ハリアッパ!」の言葉を羅列する今井の作詞とは対極で、メロディラインに対してなだらかにハマった言葉数の少なさにも星野の作詞家性が表れている。それでいてサビらしいサビが存在していないのは「渋谷ハリアッパ!」と同じだ。アレンジはバラードやアコースティックとは遠く、エレクトロな浮遊感を創っている。そこは「渋谷ハリアッパ!」も同様で、無機質でエッジィな方向性へ持っていきがちなところをあえて柔らかい音像とし、ふわっとした空間を演出している。
タイプの異なる2曲であるものの、生バンドよりもシーケンスやシンセサウンドを軸としているのは共通する部分で、2曲が同一作品であることを明確にしている。それは『スブロサ SUBROSA』でのサウンドイメージの延長線上にあるものであるし、2024年12月29日に行われた日本武道館公演『ナイショの薔薇の下』で提示した“ギタリストがギターを弾かず、ハンドマイクで歌い、シンセを操り、パーカッションを奏でる”という、新体制BUCK∞TICKの手応えをさらに深化させたものに他ならない。
総じて、ボーカリストとしてもコンポーザーとしても真逆な2人のスタイルを、2曲に収めた今回のシングル。新体制初となった前シングル『雷神 風神 - レゾナンス』では、プレイスタイルも立ち絵も対称的なギタリスト2人の基軸をツインボーカルとして1曲に落とし込んでいたが、本作では2曲を以ってその対称性を表した、と言っていいのかもしれない。
『渋谷ハリアッパ!』というタイトルはインディーズでの1stアルバム『HURRY UP MODE』(1987年)に掛けているわけではないとは思うが、そう考えるファンも少なくないはず。“BUCK∞TICK”という新たな表記も、初期の頃に音源やフライヤーで使用していたデザインロゴから着想を得たというのだから、いろいろな想いを「渋谷ハリアッパ!」に馳せるのも楽しい。(冬将軍)