水瀬いのり「“楽しい”と“好き”に呼ばれて10年を歩んできた」 音楽とファンと自分――今語る正直な気持ち
水瀬いのりとファンの関係性――「“その時”がきたら、歌にするからね」
――すごく水瀬さんらしいお話です。「夢のつづき」はMVも制作されていますよね。
水瀬:今回のMVは、春夏秋冬を繰り返して10年を迎えた水瀬いのりをイメージして撮っていただいたので、季節ごとに背景が違うんです。冬のシーンは映像にモヤのようなエフェクトがかかっているんですが、これは撮影後に加工したわけではなくて、コーヒーショップで買ったアイスコーヒーの透明な上蓋をレンズにかぶせて撮っているんですよ。
――ストローの穴がついている、あの上蓋ですか?
水瀬:そうです(笑)。その場で「この蓋をかぶせたらいいかも」という話になって、わざと汚して、フィルター代わりにして撮っていました。あと、夏のシーンを撮影している最中、蚊に顔を刺されたことに気づいて。「どうしよう!」と思ったんですが、撮影中は赤みが出ることも膨らむこともなく撮影を終えることができ、オールアップしてからプクーッと膨らんできました。
――すごい。気合いで虫刺されを抑えたんですね(笑)。
水瀬:撮影こそ終盤だったとはいえ、虫刺されすら操ることができるようになったのか、と。10年間で育んだ自分のプロ意識を感じました(笑)。
――(笑)。「まだ、言わないで。」を初めて聴いた時の印象はいかがでしたか?
水瀬:いろんなとらえ方ができる曲だなと思いました。これはひとつの考察にすぎませんが、ラブソングのような曲だなって。ファンのみなさんが私に向けて「まだ、言わないで。」と言ってくれているようだなと思いました。「いつか終わりがきてしまうんじゃないか」ということは、(ファンの)みなさんがいつもどこかで考えていることだと思っていて。「“その時”はちゃんと言ってほしいけど、まだ、言わないで」というファンのみなさんと、「“その時”がきたら、歌にするからね」という私の、思い合っている様子がこの曲から伝わってきました。愛がこもっている曲だと思います。
――レコーディングでもその気持ちを乗せながら歌ったんですね。
水瀬:そうですね。「まだ、言わないで。」を作ってくださった櫻澤(ヒカル)さんからは、「感情の起伏をあまりつけず、歌うというよりも喋っているような雰囲気」というディレクションをいただいたので、窓辺でぽつぽつ語るようなイメージで歌いました。あと、「まだ、言わないで。」にはチェーンが落ちる音や星がまたたくようなSEを入れているんです。現実ではなかなか鳴らない音も、この気持ちに音をつけるならこれだというような音ばかりで、トラックダウンをしながら聴くのが楽しかったです。
――続く5曲目「アニバーサリー」は、遠藤直弥さんによる楽曲。遠藤さんといえば、5thシングルに収録された「Happy Birthday」が思い出されますね。
水瀬:私の記念のタイミングには、いつも遠藤さんが力を貸してくれます。ライブのオープニング映像の楽曲もほとんど遠藤さんが作ってくれているので、1stライブ(『Inori Minase 1st LIVE Ready Steady Go!』)の最初に鳴ったのも、遠藤さんが弾いてくれたピアノ音源なんですよ。「アニバーサリー」のBメロには、そのフレーズが隠されているんです。
――おしゃれなギミックですね。
水瀬:「アニバーサリー」は、そのフレーズを軸に書いてくださいました。私の始まりから見守ってくれている遠藤さんならではの楽曲ですよね。レコーディングでは、ファンのみなさんの目を見て、手を振りながら歌うようなイメージで歌いました。ステージ上を自由に動き回りながら歌ったり、会場に観にきてくださったみなさんと目線を合わせるようにしゃがんで歌ったり、時には目があってはにかみ合ったり、みたいな。
――1stライブのオープニング音源が起点になった楽曲だからこそ、ライブを意識して歌ったんですね。
水瀬:はい。バンドメンバーの横に行って歌うようなイメージもしていました。個人的には、10年間の活動を通して出会った人たちとライブ空間に「ありがとう」を伝える歌です。
――「まだ、言わないで。」に続き、「アニバーサリー」もファンへの感謝を伝える楽曲にもなっていますが、水瀬さんにとってファンはどんな存在ですか?
水瀬:正直なことを言うと、最初の頃はなぜ自分のファンになってくれたのかわかりませんでした。「好きになってくれてうれしい!」というよりも、「なんで好きになってくれたんだろう?」「なんでライブにきてくれるんだろう?」という疑問や興味のほうが大きかったんです。でも、それから10年が経って、ファンのみなさんのことを“ファン”と思うことは減ってきました。“ファン”よりも“仲間”という感覚です。だから、推す/推されるという関係ではないんですよね。それに、依存関係でもないのかなと思っています。学業や仕事など、それぞれに優先すべき物事がある時は、私から離れてもいいんです。それでも、わかり合えると思うので。
――それが、水瀬さんの思う理想的な距離感。
水瀬:もしかしたらドライだと思われてしまうかもしれませんが、私にとってはこの関係性こそが信頼なんです。応援することを義務にしてほしくないし、応援の仕方を縛りたくない。全部を受け止めなくてもいいし、ほどほどでもいい。もし離れてしまうことがあったとしても、いつかまた会えたらすごくうれしいなって。
――6曲目は、「NEXT DECADE」。“DECADE”というのは、“10年間”という意味ですよね。
水瀬:はい。「NEXT DECADE」は、次の10年を歌った曲になっています。白戸(佑輔)さんから歌詞が入っていない段階の音源をいただいた時、「この世界観を歌詞にできるのは、岩里(祐穂)さんしかいない!」と思い、声をかけさせていただきました。
――岩里さんと白戸さんといえば、「HELLO HORIZON」でもタッグを組んでいましたね。
水瀬:そうなんです。岩里さんからは、歌詞を書く前に「水瀬さんがこの曲を聴いた時にどんなイメージが浮かんだのかを聞かせてほしい」と連絡をいただいて。私なりに感じたことを伝えさせていただきました。それが、歌詞にもなっている〈ごちゃ混ぜの気持ち〉です。「好きだけど苦しい」「楽しいのに悲しい」といった、相反する気持ちが混ざり合っているような音だと感じたと伝えたところ、この歌詞が届きました。
――Aメロの〈あの日の私 不安に押し潰れそうで〉で、デビュー当時を想起しつつ、終盤で〈好きになれてよかった 自分を〉と今の確信を伝える。その変化にエモさを感じました。水瀬さんそのものを書いた歌詞になっていますよね。
水瀬:岩里さんは、私の内省を最短で掴んでくれる気がします。ネガティブな感情で始まるところなんてまさにそうですし、歌詞全体から伝わる「ポジティブであることが正しいわけじゃない」という思いも、この10年間で感じたことですし。
――それこそ、水瀬いのりらしさだと。
水瀬:ツラい時期も悲しい時期もあったのですが、そこにフィルターをかけることなく大っぴらにできる自分だから、好きになれたんです。そんな自分の内面を伝える「NEXT DECADE」は、この先もきっと私の背中を押してくれる気がします。
――7曲目は、「My Orchestra」です。
水瀬:この曲は、1stアルバムのタイトル曲「Innocent flower」を作ってくださった藤林聖子さんとKOUGAさんにお願いしました。美しいメロディのなかに、私が10年間感じてきた思いや手にしたものが散りばめられた楽曲になっていて、アーティスト活動をしていなければ出会えなかったんだろうなと、しみじみしました。それに、「My Orchestra」と書いて「チームいのり」と読みたいくらい、チームを感じられる曲だと思います。それぞれのセクションで頑張ってくれるチームいのりのみんながいて、そこではじめて私は真ん中に立てる。だから、今私の前に広がっている景色は、チームのみんなに連れてきてもらったからこそ見られる景色なんです。その感謝を歌えたことがすごくうれしいです。
――スタッフのみなさんとの強固な関係性が表れています。
水瀬:はい。それも、自分の正直な気持ちをまわりに伝えられるようになったからなのだと思います。最初は、なんでもかんでも「大丈夫です」と言ってしまって、内心困ったり焦ったりしてしまうことが多かったんですけど、今は不安だったら「不安です」と言えるし、チームのみんなが一緒に不安を払拭してくれるに違いないという確信を持てます。先日開催したファンクラブイベントでは、本番中に舞台袖でチームいのりのみんなが一緒に手を振ってくれていたみたいで。後日、舞台監督さんからその動画をいただいた時に、本当に感動したんです。私の楽曲がチームのみんなのなかにも流れているんだと感じた瞬間でした。