水瀬いのり「“楽しい”と“好き”に呼ばれて10年を歩んできた」 音楽とファンと自分――今語る正直な気持ち

 水瀬いのりが、2015年にアーティストデビューを果たしてから10年。9月3日に、その10年の集大成とも言えるベストアルバム『Travel Record』と2ndハーフアルバム『Turquoise』が同時リリースされた。今年6月には、第2弾となるクリップ集『Inori Minase MUSIC CLIP BOX 2』を発表。さらに10月からは自身最大規模のライブツアー『Inori Minase 10th ANNIVERSARY LIVE TOUR Travel Record』も控えていて、10周年の“祝祭”は盛り上がる一方だ。ハーフアルバム『Turquoise』の制作、そしてアーティストとして歩んだ10年間を振り返る。(松本まゆげ)

10年をクリアしたことで、11年目から新しいフィールドにいける気がする

――ベストアルバム『Travel Record』に加えて2ndハーフアルバム『Turquoise』もリリースされて、10周年イヤーがさらに盛り上がりますね。

水瀬いのり(以下、水瀬):最初は、「10周年だからパーッとやりたい!」とはあまり考えていなかったんです。だけど、10年も続けられたことにはすごく意味があると思いますし、私にとっての“アニバーサリー”ってコロナ禍に行った無観客での5周年記念ライブなんですよね。だから、今回こそは、盛大にみなさんと盛り上がりたい気持ちでいます。5周年から10周年までの5年間は、これを見越して走ってきたのかもしれません。

――この一年間、盛り上がるしかない!と。

水瀬:そうですね。それに、10年走り切った今がゴールだという意識はまったくないんです。むしろ、10年をクリアしたことで、11年目から新しいフィールドにいける気がしています。より一層自由に、気負わずに活動に向き合えそうだと感じていて。10周年ももちろんうれしいですが、「これからが楽しみだな」という気持ちで今を過ごしているところです。

――2ndハーフアルバム『Turquoise』は、まさに“アーティスト・水瀬いのり”のこれからを感じる楽曲ばかりでした。そしてもちろん、これまでの軌跡も。

水瀬:全7曲を書き下ろしていただいたのですが、制作にあたって私からお願いしたことはほとんどないんです。参加してくださった作家のみなさんには、今回のハーフアルバムのタイトルが『Turquoise』になることと、「10周年ソングを書いてください」と伝えたくらいで、曲調などもあえて指定しませんでした。

――そうだったんですね。ちなみに、なぜ『Turquoise』というタイトルに?

水瀬:ターコイズ(Turquoise)は私の誕生石でもあるのですが、“旅のお守り”という意味を持っていて。2ndハーフアルバム自体が私のこれまでの旅路とこれからを感じられる一枚になればと思ってこのタイトルにしました。ただ、思うままに作っていただきたかったので、作家さんたちには詳しくお伝えしていないです。なので、音源をいただいた時はプレゼントを開けるような気持ちでした。

水瀬いのり『Turquoise』全曲試聴動画

――タイトル曲「Turquoise」は、栁舘周平さんが作詞と作編曲を手掛けた楽曲ですね。

水瀬:実はこの曲に限っては、作ってくださった栁舘(周平)さんから「楽曲のイメージを聞きたいです」と、ヒアリングがありました。タイトル曲でもあるので、「何かヒントがほしい」と。そこで、「生き物の声や湧き上がる泉の音といった“大地の動き”や“生きている証”を感じられるような曲になったらいいのかもしれません」といったお話をしたところ、栁舘さんもそういうイメージをしていたみたいで、方向性がうまく合致して。数日後にラフ音源をいただきました。歌詞に関しても、事前に「水瀬さん視点の歌詞を書きたいので、ヒントがほしい」と相談をいただいて。栁舘さんは、その時の私の言葉や、私の10周年特設サイトに載っている直筆コメントなどからも、歌詞に役立つワードを見つけて書き上げてくださったみたいです。

――音源を聴いてみてどんな印象を受けましたか?

水瀬:はじめて曲を書いていただいた時から、栁舘さんの曲が好きなんです。聴きながら「そうそう!」と膝を打ってしまうくらい、ほしかったところで音が鳴るし、ほしかった言葉を歌詞にしてくれる。そのくらい共感できる曲を作ってくれるんです。今回の「Turquoise」もまさにそうで、この曲が自分の楽曲に加わる喜びが大きかったです。そのくらいいい曲すぎて、ファンの方たちが聴いたらきっと泣いちゃうと思っています。

――間違いなく、水瀬さんの足跡だと感じる歌詞ですよね。驚くくらい。

水瀬:サビで繰り返される〈今この瞬間を歌う〉という歌詞を見て、「そうだ、自分はどんな時も“今”を歌っていたよな」って。そうして気づけば10年経っていたんだなと思いました。頑張ってきた私たちに捧げられるべくして生まれた歌詞のようにも思えて、なんだか優しい気持ちになりましたね。

――タイトル曲を栁舘さんが書くことになった経緯は?

水瀬:作家さんたちにお願いしたタイミングはほぼ同時なのですが、書き始めるタイミングは人それぞれで、音源がこちらに届くタイミングも当然まちまちだったんです。名前のない曲たちが着々とこちらに届くなかで、「Turquoise」を冠した曲はまだないかもしれないという話になって。その時、まだ制作前だった栁舘さんにタイトル曲をお願いしました。なので、栁舘さんにだけすごく縛りがあったんです。

――栁舘さんが水瀬さんにヒアリングをしたのも、ある程度縛りがあったからなのですね。

水瀬:はい。なおかつ、プロデューサーの発案で当初予定していなかった『Overture』も栁舘さんにお願いしました。ちょっとずつオーディエンスが増えていって、やがてひとつになるという、ライブ感のあるサウンドがいいですよね。旅のお守りであるターコイズをみんなで持ち寄って、一緒に歩んでいくようなイメージに繋がるといいなと思って、作っていただきました。

――3曲目「夢のつづき」では、水瀬さんが作詞に参加されていますが、もともと書きたいという思いがあったのでしょうか?

水瀬:最初は思っていなかったです。プロのみなさんのなかに私が混ざるのは違うと思っていましたし、当時の仕事量を考えると納期までに書き上げる自信もなくて。でも、10周年という記念すべきタイミングに、私が作詞した曲を待ってくれている方も多いんじゃないかなと提案をいただき私自身もそうだよなあと思い、デビュー曲の「夢のつぼみ」を作ってくださった絵伊子さん(作詞)と渡部チェルさん(作編曲)の楽曲で、今回共作という形で入らせていただきました。

――「夢のつづき」は、「夢のつぼみ」をオマージュした楽曲になっています。特に歌詞はアンサーソングのような位置づけでありながら“この先”に向けてアクセルを踏むような、勢いを感じる内容ですね。

水瀬:特に歌い出しの〈「あのね」〉は、「夢のつぼみ」と同じ。絶対にこのフレーズで始めたかったんです。あと、サビ頭の〈あの日の空に似合う笑顔は〉は、デビューシングルのカップリング曲「笑顔が似合う日」と「あの日の空へ」を引用しました。デビュー10周年というと、どうしても「夢のつぼみ」から10年というイメージが強いですが、同じCDに収録されていた「笑顔が似合う日」と「あの日の空へ」も私の大切なデビュー曲なので、「夢のつづき」の歌詞に入れたかったんです。

――ちなみに〈あの日の空に似合う笑顔は〉のあとに〈まだ少しだけ自信ないんだけど〉と続きますが、これも水瀬さんの今の思いですか?

水瀬:そうです。自分のなかで、水瀬いのりが完成した感覚はまだないんです。それに、いつまでも未完成であることの美学があると思っていて。なるべく完成させたくなくて、走っていたいんです。まだ少し自信がない今の自分を誇らしく思っている、というか。まだまだ可能性と余白がある私をこれからも見せていきたいという意志も込めたつもりです。

――この10年で、自信がついた部分もあるけれど――。

水瀬:自信もついたけれど、自信がないことこそが、私らしいんです。人前に立つことに対する不安はいまだに拭えないし、不向きだなと思っていて。でも、克服してしまったら、私らしさがひとつ消えてしまう気がするんですよね。いつまでも少し恥ずかしさを感じながらステージに立つのが私なのかな、と。

水瀬いのり「夢のつづき」MUSIC VIDEO

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