連載『音楽とダンスの境界線を歩く』第1回:ストリートダンスのルーツ探訪 ブレイキンが国内外で覇権を握るまで
すべてを変えたブレイクダンス
バックスライドが大戦下に生まれていたことからもわかるように、ブレイキンはジャズダンス以前の歴史の総括、スタイルの複合化と呼んでいい。日本では当初“立ち(踊り)”と呼ばれたロック(LOCK)やポップは西海岸のディスコシーンから飛び出し、背中を使ったブレイキンはブロンクスを中心に気勢が上がった。結果、東西が刺激し合う構図を中心にヒップホップの四大要素(ブレイクダンスのほか、DJ、ラップ、グラフィティ)の核を担う。
順番としてダンスが先にあったことになるが、ラップのライミング、DJのスクラッチやカットアンドペーストにおける断片的なサウンドは、アイソレーションに富むロックやポップのムーブに適合していたと見るべきなのだろう。そしてそればかりか、あらゆる常識を覆した。歌は歌わず、ターンテーブルとレコードを主要楽器に音楽が作られ、ダンスもそれに呼応し、“美”を基準とした従来のムーブとは真逆の方向を示す。かつてないほど荒々しく。
そしてその荒さから、ダンスが時代を制した理由を引き出すのはたやすい。今日のダンスブームに男子の存在は不可欠。“ダンスは女子がするもの”という、ある時代までの一般論が前提にあったからにほかならない。
悩ましき昭和アイドル、“男子禁制”の障壁
今でこそ男子がダンスに励む光景に違和感などないが、ブレイキン以前のトレンドを振り返ったとき、“男子禁制”という文字がそこには滲んで見えるようだった。日本に限定して述べれば、その刷り込みは昭和のアイドルの振り付けの特徴である“かわいい”に帰着する。それがピンク・レディーの登場、通称ピンクダンスによって“おかしい”へと変容。依然、男子の障壁となった根底に“羞恥心”があるのは想像に難くない。
また、以上については同性のアイドルが対象であっても同じ。この説は男子側に、ダンス以前に“アイドル性”そのものへの心理的な距離があったことをほのめかす。これも今日では意外だろうが、ダンスの現場に近い者ほどその傾向は強かった。
SAM(TRF)の経歴を傍証にしてみる。十代でディスコに出入りし、ダンスチーム Mickey Mouseに参加。「全国ディスコ協会」の会長 勝本謙次(ドン勝本/2007年逝去)の手によりCHAMPと改名してレコードデビュー(1982年)するも不発に終わる。その2年後にRiff Raffとして再デビューしたが、リベンジできたとは言い難い。CHAMPはアイドル系で、Riff Raffはボーカル寄り。いずれもSAMが望むダンスから離れるスタイルだったことからも、アイドル=芸能界という世界に馴染めなかった心理が読める。事実、Riff Raffの解散後は名門 Be Bop Crew(福岡のブレイキン系チーム)の東京支部 Blind Breakersに参加。途中、ダンス修行のためニューヨークへ渡った。
一方で、例外を作った旧ジャニーズ事務所にも触れておきたい。かつて存在した事務所には日々、千通もの履歴書が届けられていたという都市伝説のような事実がある。つまりアイドルになりたい男子を少数派とは言い切れないことになり、以下、良否の対象からアイドルを外して考えていく。
たとえばグループ時代の草彅剛はダンスのレッスンに苦痛を覚え、その理由にスパッツの着用があったことを認めている。わかりやすい話だが、ここにも例外はある。ブレイキンの黎明期、その雄であるNew York City Breakersがスパッツをユニフォームにしていた影響から、Be Bop CrewやAngel Dust Breakers(岡村隆史が学生時代に所属)界隈では上級者向けのアイテムとされていた事実もある。
つまり、男子のダンス参入における障壁の高さの要因として、アイドル性以外にも目を向けるなら、スパッツの象徴であるジャズダンスの存在も考えられるだろう。草彅がそうであったようにジャズダンスはアイドルの振り付けの基本であり、ディスコダンスにアレンジされたように、ルーツのバレエに比して制約はないに等しい。
それでもブレイキンの登場で大時代的な印象になった。サンプラーの登場でバンドスタイルに翳りが見えるようになったのと同じ感覚である。ただしそれが感覚である以上、一過性でしかない。1990年前後、『イカ天』(TBS系『三宅裕司のいかすバンド天国』)や雑誌『BANDやろうぜ』(宝島社)といった時代のホイッスルのもとにバンドブームが再来したように、ジャズダンスも捲土重来を期す。SAMならRiff Raffでの結果を甘受しダンス人生をリセットする。その際、基本のジャズダンスを習得するためニューヨークにて武者修行するが、その経験がのちのホーシング(ハウスダンスの日本独自の呼称)に実を結んだ。
<第2回(近日公開予定)へ続く>