Mrs. GREEN APPLEの“夏曲”が持つ特別な輝き 「夏の影」で綴る永続性への憧憬、人生そのものの美しさ
8月に入り、連日40℃近い猛暑を記録している今日この頃。厳しい暑さの一方で、夏という季節が持つ特別感は変わらない。青い空、入道雲、蝉の声、汗ばんだ肌――梅雨明けから一気に訪れる劇的な変化は、私たちの五感に強烈に訴えかけ、“あの夏”の記憶を深く刻みつけていく。限りあるものを美しいものとして愛でる“もののあはれ”的な美学を持つ私たち日本人にとって、夏は特別な季節であり続けている。そして忙しい現代社会において、子どもの頃の夏休みのような日々への憧憬は、むしろ強まっているのではないだろうか。
こうした夏への特別な思いは、音楽の世界でも変わらない。“夏うた”が持つ特有の輝きは、時代を超えて私たちを魅了し続けており、今年もまたたくさんの“夏うた”が生まれている。
そんななか、Mrs. GREEN APPLEが新曲「夏の影」を8月11日にリリースした。Mrs. GREEN APPLEがタイトルに“夏”がつく曲を発表するのは、あの「青と夏」以来7年ぶり。とはいえ、彼らはこれまでにも様々な夏の曲をリリースしてきた。
例えば、2016年リリースの「サママ・フェスティバル!」は、造語による楽曲タイトル自体が夏の高揚感と祝祭感を表現している。シンセの効いたサウンドやアッパーな曲調、テンションの高いボーカルは、リスナーを「今年も夏がやってきた!」という気持ちにさせてくれるもの。〈「海へ連れてって」〉〈「花火へ連れてって」〉とワクワク感を歌った歌詞が〈「未来へ連れてって」〉と飛躍するのもインパクト抜群で、とにかく楽しもう、夏を満喫しようというポジティブなテンションが伝わってくる。そしてその背景には、〈今年もあっという間に終わっちゃう!〉という時間の有限性への意識や、〈色褪せる事は無い/いつか大人になったとしても〉という思いがある。
2番に入ると、束の間〈繰り返す日々にマケナイ〉と日常に視点が移るのもポイントだ。また、〈今日も笑ったり泣いたりして/何かに頑張る君が好きだ〉とも歌われている。夏の強烈な陽光、開放的な雰囲気、非日常的な体験は、私たちが普段蓋をしている感情や欲望を呼び覚ましてくれる。その力を借りながら、あなた自身が本来持っているエネルギーを思い出してほしい、日常に埋もれさせてしまった大切なものを取り戻してほしいというメッセージがこの曲には込められているのではないだろうか。おそらく〈心に焼きつけて〉というラストの歌詞には、夏の体験そのものではなく、そこで再発見した内なるエネルギーを日常に持ち帰ってほしいという願いが込められているのだろう。
「Mrs. GREEN APPLEの夏の曲といえば?」と聞かれた時に、多くの人が一番に思い浮かべる「青と夏」。“ミセスの代表曲”の域を超えて、“J-POPの新たな夏うた”として愛されているこの曲は、青空が似合うギターロックナンバーで、風鈴や打ち上げ花火など、夏の風物詩の音色が取り入れられている。〈夏が始まった/合図がした〉というサビの歌詞も印象的だ。夏の王道ド真ん中と言える楽曲世界の中で生きる主人公は、初めは、周囲の華やかさに対して疎外感を抱いている様子。しかし〈私には関係ない〉という歌詞は、〈と/思って居たんだ〉と続き、過去形になっている。今は自らを主役として積極的に参加していこう、能動的に行動していこうと決意しているようだ。
楽曲の終盤では〈主役は貴方だ〉〈君はどうだ〉〈映画じゃない/君らの番だ〉〈映画じゃない/僕らの番だ〉といった人称変化によってメッセージが強調されるが、そのメッセージを支えているのはやはり〈わかっているけどいつか終わる〉〈大人になってもきっと/宝物は褪せないよ〉といった認識だ。楽曲タイトルに掲げられている「青」は、夏の空や海の色/青春の“青”/憂鬱の“ブルー”/未熟さを表す“青い”など、多層的な意味を持っている。〈大丈夫だから/今はさ/青に飛び込んで居よう〉というフレーズは、流動的で不確定な要素の多い人生を受け入れながら生きていこうという歌い手の意思表明であり、同じく不安を抱えながら、同時代を生きるリスナーを勇気づける言葉だ。
シングル『青と夏』のカップリング曲「点描の唄(feat.井上苑子)」も美しい夏の曲だ。この曲は、思い合う2人の心情が二声によって表現されているミドルバラード。2人は〈私は(僕は)貴方を好いている〉と自身の恋心を認めながらも、相手とはいつまでも一緒にいられないと自覚している。〈限りある恋だとしても/出逢えて幸せです〉〈手をとることは出来ずとも/過ぎて行く現在(いま)に抱きしめられている〉といった歌詞から読み取れるのは、やはり“もののあはれ”的な価値観だ。点描画とは、点の集合や非常に短いタッチによって描かれた絵画作品のことだが、この2人の恋も、日々のささいな瞬間や記憶の積み重ねによって成り立っているのだろう。それぞれの声で歌われる〈思い出ばっか増えてゆく〉というフレーズは温かくも切ない。時間の経過とともに蓄積される記憶への愛おしさと、新しい思い出を作ることができないことへの諦めの両方が滲んでいる。
〈貴方の影だけ伸びてゆく/消えてしまわないで/ずっと この思いは変わらない〉という情景描写も秀逸だ。夕暮れ(黄昏時)は、“本来交わるはずのないものが交わる時間”として扱われてきた文学的な伝統のあるモチーフ。恋愛文学においては、偶然の出会いや、普段なら起こり得ない邂逅が描かれることが多い。そして「点描の唄」のこのシーンも、日常と非日常の境界にある特別な瞬間、2人の心が最も近づく、あるいは離れていく予感のする時間として描かれている。前半の歌詞は、互いの物理的な距離が離れること、心理的な距離が拡大することの暗示であり、後半では、影(=存在の証)が消えることへの不安、“思い”の永続性への憧れが歌われているのだろう。そして楽曲は〈終わるな/夏よ、終わるな〉という願いとともに締めくくられる。