氷川きよし、宮本浩次、德永英明……「赤いスイートピー」カバーなぜ広がる? 言葉の“感触”が聴き手に委ねるイメージ

 松本は、松田の楽曲を作詞する際、彼女の人物像をイメージして詞を書く“当て書き”はほとんどしなかったと明かしている。書籍『松本隆対談集 風待茶房』(立東舎)で松本は、松田の楽曲に関しては好きに書いていて、松田も自由に歌っていたと明かす。

 “松田聖子以前”は、その歌を特定の歌手が歌うことに重大な意味を持つものが多かった。
たとえば、山口百恵はまさにそうだった。しかし、松田の楽曲における松本の作詞は、山口らのメッセージ性が非常に強くて重みのある1970年代までの女性歌手の楽曲から一転、意味を持たせすぎず、語られるべき物事の中身をあえて軽くし、若さと新鮮さ、そしてきらめきが重要視され、そういった情景を連想させるワードを散りばめていた。歌い手のイメージに歌詞を合わせていくようなことは、あまりしていないように感じる。

 歌詞面でとりわけおもしろさを感じさせるのが、曲のメッセージを“花”というモチーフに“なんとなく”集約させているところだ。松田の「風立ちぬ」(1981年)の歌詞には、〈すみれ・ひまわり・フリージア〉が登場する。ただ、松本自身はここでの花の意味合いについて、『朝日新聞』のコラム『書きかけの…』にてこのように記述している。

「なぜこの場面ですみれなのか、と理詰めで問うことにあまり意味はない。歌の先生から『歌詞の意味をよく理解して、感情を込めて歌うように』と指導されることは多いと思う。でも、よほど表現力がある人は別として、感情なんて込めれば込めるほどあざとくなる。結果、つまらない歌になる。意味なんてわからなくてもいい、というのは極論だろうか」(2023年6月24日付/第20回)(※2)

 「赤いスイートピー」はとりわけそうだった。なぜスイートピーだったのか。松本は2023年4月22日付の同連載で「スイートピーという花を選んだのは、メロディーにいちばん合う音韻だったから」「母音が『い』のフレーズには切なさが出る。日本的なわびさびや世界観も託すことができる。華やかさの中に、切なさや影を。そういう相反したものを組み合わせるのが好きなぼくにとって、『い』の響きはとても重要だ」(※3)と、言葉そのものではなく、言葉の感触に想いを託したことを綴っていた。

 「今、これを歌う必要がある」「今、これを聴く必要がある」という時事性があるものは、話題を呼びやすい。しかし松本にとって“作品”とは「長く歌われるもの、聴かれるもの」であり、いつの時代のどんな人も重ねられるものなのではないか。インタビューでも、「こういうと語弊があるけど、ヒットは目的じゃありません」「僕は“良い作品”を生み出したかった」「100人いたら、100人に褒められることはありません。3割わかってくれればいい。で、大多数の7割は無関心。この無関心層を振り向かせることができたら、ヒットします」(『サライ』2024年4月号/小学館より)と語っていた。無関心でも、ふとしたときに曲を耳にして「あ、これってこういうことなのかな」となんとなく想い巡らせることをさせることができればいい。そのためには、作り手の意思など固定的なものがあらわれすぎない方がいいと考えているようだ。

 歌詞の中に出てくるいろいろな花の名前然り、はっきり意味付けされていないからこそ、歌い手も、聴き手も、自分なりにさまざまなメッセージを連想し、自分の心情や状況に引き寄せたくなってくる。これも『書きかけの…』で松本が綴っていたことだが、「赤いスイートピー」で、単に「切ない」と表現するのではなく、〈あなたが時計をチラッと見るたび/泣きそうな気分になる〉と言葉の表現の幅を広げることで、より切なさを伝えるものにしたのだという(※4)。たしかにどんな風に時計を見たのか、〈あなた〉はどんな人なのか、「切ない」とはっきり感情表現するよりも、その一節だけでいろんな情景を思い浮かべることができる。

 松本の歌詞は、歌い手、聴き手にイメージを託しているものが多い。だからこそ多くの歌手にカバーされ、時代に縛られず、長く愛され続けているのではないだろうか。

※1:https://columbia.jp/artist-info/hikawa/info/90672.html
※2:https://digital.asahi.com/articles/DA3S15668323.html
※3:https://digital.asahi.com/articles/DA3S15615703.html
※4:https://digital.asahi.com/articles/DA3S15347236.html

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