『べらぼう』劇伴作家が照射する煌びやかな江戸文化と蔦屋重三郎の生き様 「これは芸術とかそういう話ではない」

LEO、斉藤浩、宮田大ーー多彩な演奏家とのコラボレーション

ーー今回、多彩な編入楽器(※正規のオーケストラにはない楽器)が用いられているのも特徴です。

ジョン:まず、箏のLEOさんについてはYouTubeで見たのが最初です。その際にとても若々しく、挑戦的、なおかつ自由な発想力を持ち合わせた演奏家だと思いました。メインテーマをはじめ、いくつかの楽曲に参加していただきましたが、スタジオでこちらから「こういう風に演奏してください」ではなく、最初からLEOさんだからこそできる曲として発想したところがあります。特に「障壁」という曲では、もちろん楽譜は用意しつつも、LEOさんが持つ技術と想像力を膨らませて、インプロビゼーション(※即興演奏)的に演奏していただきました。

ーー曲としてはどういった意図で書かれたのでしょうか?

ジョン:これは吉原を表現した曲のひとつですが、とても厳しく、女性にとっては苦痛でしかない、まるで監獄のような場所を表した曲になります。NHKとしても、一見すると華やかだけど、その裏をきちんと描く必要があると感じていて、それに応じて書いたのですが、演奏でそうしたニュアンスを伝える上ではLEOさんが奏でる箏は欠かせないものでした。

ーー箏は日本の楽器ですが、外国人であるジョンさんが日本の時代劇の音楽を書く上で、日本的なムードはどの程度意識されましたか?

ジョン:作品としては浮世絵がひとつの起点になっていますが、今や浮世絵はアメリカはもちろん、イギリスやフランスなど、日本人が思っている以上に世界中に知れ渡っています。例えばアメリカの学生寮に行くと、学生の部屋に葛飾北斎の「波」のポスターが貼ってあるほどです。文化としては完全にグローバル化しており、音楽においても、世界的な視点で捉えました。もちろん、箏をはじめ、笙や三味線と日本の楽器も使っていますし、他にもインドのダブラ、中東のサントゥール、そしてオーケストラは西洋です。それは自分が日本人ではないこともありますが、元から西洋音楽にワールドワイドな要素を取り入れた音楽が得意ということもあり、特に日本の曲を作ろうといった意識もなく、また、そこに収める必要もないと思いました。

ーー他にハンガリーの民族楽器「ツィンバロン」が使われていますが、どういった理由で使われたのでしょうか?

ジョン:これは素直に自分が「好き」だからです(笑)。しかし、とても大きくて構造も複雑、演奏するのも難しい楽器です。また演奏人口が少なく、演奏家を見つけること自体も大変ですが、幸運にもハンガリーで勉強された日本人の斉藤浩さんという、素敵なアーティストと出会うことができました。

ーーツィンバロンを用いたことで、どういった効果をもたらすことができましたか?

ジョン:独特のキラキラした輝きというか、眩い感じがあり、特にチューブラーベルと混ぜると効果を発揮します。先ほど、メインテーマについてお話しましたが、江戸文化を支えた富の部分であったり、お金から生まれる豊かさ、そこから繋がる豪華な服、色々な工芸品、それらを扱う個性的な人物、そういった要素を表現する上で欠かせない楽器で、実際狙っていた通りに表現してもらえました。また、メインテーマ以外の「べらぼう~Unbound~」「花魁道中」「おキツネさん」「百花繚乱」でも、ツィンバロンの音色を聴くことができます。

ーーテーマ曲を除いて、ジョンさんが思い入れのある曲をひとつ挙げるとするといかがでしょうか?

ジョン:そうですね。個人的には「江戸の錬金術師」がとても気に入っています。グロッケンシュピールのキラキラした音からスタートして、途中、大きなうねりがあり、最後は大きく盛り上がる曲なんですけど、どんどん拍子が変わって行くんです。イメージとしては人生を旅にたとえ、様々な壁にぶつかっては、それがダメなら今度はこうしようと、発想を切り替えながら次々と挑戦していく蔦屋重三郎の生き様を表しているのです。そういった推進力を感じてもらえればと思っています。

ーータイトルの「江戸の錬金術師」にもそれに紐づけた意味があるのでしょうか?

ジョン:ええ。なぜ「錬金術師」の言葉を使ったかと言えば、元々中世ヨーロッパで行われていた試みなんですけど、どれも失敗しているんですよね(笑)。でも、蔦重は紙や版木を用いて、結果それを富に変えることに成功していて、それはまさに錬金術ではないかと。そういう意味でこのタイトルを付けました。

ーーメインテーマをアレンジした「べらぼう紀行I」も毎週、予告編後のコーナー音楽として耳に残っている人も多いかと思います。こちらは宮田大さんのチェロがとても印象的ですが、演奏に際してはどのようなコミュニケーションを取りましたか?

ジョン:宮田さんは常に思慮深くあり、さらに情熱もあり、知性的であり、それらすべてをあわせ持った本当に見事な演奏家です。レコーディングでは、彼のほうからどんな意図があるのか? 何を目指しているのか? と積極的に質問をしてくださって、そういうところでコミュニケーションを取らせていただきました。それこそ、宮田さんの人生経験を含めたところでの、彼の解釈を交えて表現していただいたのが「べらぼう紀行I」だったと感じています。

音楽として完全に成立したひとつの作品

【大河ドラマべらぼう】メインテーマ(オープニング)ノンクレジットタイトルバック | NHK

ーー今回の「オリジナル・サウンドトラックVol.1」には、メインテーマ「Glorious Edo」を含む全23曲が収録されていますが、大河ドラマの劇伴は、年間を通じて100曲以上にのぼります。他にもすでに書き終えた曲、またこれから取り掛かる曲もあるのでしょうか?

ジョン:現在(※取材時点)、だいたい60曲くらい書き終えていて、換算すると約4時間ほどの分量になります。スケジュール的にはちょうど折り返しに来たところで、重三郎はさらに困難な局面に立ち向かっていくこととなり、それに対しての音楽を今まさに作っている最中です。ぜひ、今後の音楽についてもご期待いただければと思います。

ーー最後に今一度サントラCDの聴きどころをお聞かせください。

ジョン:ハリウッドにも素晴らしい映画音楽がたくさんありますが、映像に合わせて音楽を書き、それがサウンドトラックCDになると、どうなるかと言えば、ある部分では効果音的になったり、音が止まる瞬間があったり、音楽単体で聴く上にはバランスとしておかしい、ということにもなり兼ねません。その点、『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』では、映像ありきではない分、音楽として完全に成立したひとつの作品を作り上げることができました。

 また、先程もお話したように、映像に合わせて書くことを必要としない分、感情から哲学まで様々な思いを込めたつもりです。たとえば「欲望の渦」という曲では、ネガティブな感じでスタートします。そのちょっと影の部分が何を表現しているかと言えば、人間の「欲」です。それがどんどん変化して、逆にポジティブなエネルギーが生まれていきます。「欲」という言葉には、つい暗いイメージを浮かべてしまうかもしれませんが、それが動きになり、モチベーションにも繋がります。そういうふうにひとつの哲学として捉えて作った曲があるように、個々の楽曲は様々な考えに基づいて作られています。それらを皆さんで紐解きつつ、楽しんでもらえれば嬉しいですね。

■リリース情報
大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」
オリジナル・サウンドトラック Vol.1
音楽:ジョン・グラム
2025年2月5日(水)発売

COCP-42437 ¥3,500 (税抜価格 ¥3,182)
配信:https://berabou.lnk.to/OST1

大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」
オリジナル・サウンドトラック Vol.2
音楽:ジョン・グラム
2025年6月25日(水)発売

COCP-42503 ¥3,500 (税抜価格 ¥3,182)

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