萩原健太、“職業作曲家の美学”から得られる新しいリスナー体験 先人を受け継ぎ、混ざり合ってきたポップス史

 音楽評論家の萩原健太が新著『グレイト・ソングライター・ファイル 職業作曲家の黄金時代』(リットーミュージック)を上梓した。

 萩原健太が編集長を務める電子雑誌『ERIS』にて連載中の「ソングライター・ファイル」を書籍化。キャロル・キング&ジェリー・ゴフィン、ジェリー・リーバー&マイク・ストーラー、バート・バカラック&ハル・デヴィッド、バリー・マン&シンシア・ワイルなど、主に1950〜60年代にヒット曲を量産した職業作曲家の経歴や音楽性を詳細に記した本作は、アメリカンポップスの黄金時代を追体験できると同時に、ポップミュージックの成り立ちや変化に対する理解を深めることができる1冊だ。

 貴重なインタビューの再録も本作の読みどころ。サブスク世代のオールディーズ入門としても最適なこの本について、萩原自身に語ってもらった。(森朋之)

作り手の存在に目を向けた意味

——『グレイト・ソングライター・ファイル 職業作曲家の黄金時代』は、1950〜60年代に活躍した職業作曲家にフォーカスした1冊。電子雑誌『ERIS』で連載中の「ソングライター・ファイル」を書籍化したものですが、往年のソングライターに改めて焦点を当てたのはどうしてなんでしょうか?

萩原健太(以下、萩原):60年代後半、ギリギリ70年代前半くらいまではソングライターの存在がもう少し語られていたんです。The Beatles以降のポップフィールドは自作自演が中心になっていて、僕もその時代に育ったんですが、シンガーソングライターの曲であっても、いい曲、いい歌詞を書けなければ残ってないんですよ。いい曲を書けるというのはとても重要だし、腕利きの職人的な作曲家たちが活躍した時代の美学みたいなものを再評価するのもいいんじゃないかなと。

——イントロダクション(「ビー・マイ・ベイビーは誰のものか?」)でも書かれていますが、The Beatlesが登場する前は、ソングライター、プロデューサー、歌手などの分業制でポップスの世界が成り立っていたわけですからね。

萩原:そうですね。今は1人で音楽を作れるじゃないですか。そうすると、作り手の頭のなかで鳴っているものがそのまま曲になることが多いと思うんですが、50〜60年代はそうではなかった。いろんな分野のプロがいて、それぞれの思惑が交錯したり、勘違いなんかも混ざりながら一つの曲が生まれたわけですけど、その在り方が僕はすごく好きなんです。「こんなはずじゃなかった」という感じで、思いもしなかった曲ができてしまったり(笑)。そういう時代を思い出したいという気持ちもありました。

——それがポップミュージックの本来の姿じゃないか、と?

萩原:わからないですけどね。僕がそういう時代に育ったというのもあるので。ただ、そういうポップスの在り方にいまだに未練があるんです。ヒット曲、たとえば100万枚売れた曲というのは、たぶん(リスナー一人ひとりの)100万通りの勘違いだと思っていて。それができるかどうかが曲の力だし、そういう意味でも作り手の存在に目を向けたいなと。最近はスタッフに着目した評伝が多いじゃないですか。

——プロデューサーやレコード会社のA&Rの経歴を紹介した本、確かに多い気がします。

萩原:「あれをやったのは俺なんだぜ」的な(笑)。そういう裏話もいいとは思いますが、聴き手としては楽曲を作り出してきた人たちに興味があるんです。この本では“その作家がどういう人か”も書いていますが、それ以上に作品そのもの、曲が何を伝えてくれたかにこだわっていました。

——取り上げている作家は、ポップスの歴史に名を残す人ばかり。人選にあたっては、やはり音楽的な功績を重視したのでしょうか?

萩原:自分の思い入れもかなり強いですね。僕はThe Beach Boysとボブ・ディランとエルヴィス・プレスリーが大好きで、その3人がいれば大体OKなんです。The Beach Boysのブライアン・ウィルソンとボブ・ディランについては連載でも書いたんですが、彼らは作家というよりパフォーマー的なところも強いので、本には入れなかったんです。だからというわけではないですが、エルヴィス絡みの作家が多いんですよね。エルヴィスは基本的に歌うだけの人だったので、どういう曲を歌って、どういうふうに自分のものにするかが重要だった。一番大事な曲の部分を担っていた人たちのことを書きたくなったのはありました。ジェリー・リーバー&マイク・ストーラーあたりは名前が挙がることもあると思いますけど、僕としては“テッパー&ベネット”(シド・テッパー&ロイ・C・ベネット)を知っていただきたくて。60年代中盤にエルヴィスに楽曲を提供していたんですけど、その時期のエルヴィス、ほとんど評価されてないんですよ。

ーー60年代後半になるとエルヴィスは、かつての“50年代のスター”という扱いだったそうですね。

萩原:The Beatlesと比較されると、どうしてもそうなるといいいますか。でも、そこから半世紀以上が経っています。当時の社会背景や空気感とは関係なく、純粋に曲だけを聴いてみるとすごくいいんです。曲もいいし、エルヴィスも歌が上手くなっていて、その時期にしかない魅力がある。そのあたりのこともソングライターの切り口からしっかり書いてみたかったんです。

ロックンロール以前の美学を取り入れたソングライティング

——二—ル・セダカも思い入れのあるソングライターだそうですね。

萩原:それはずっと変わらないですね。一番好きなアーティストはThe Beach Boysなんだけど、ソングライターとしてはブライアン・ウィルソンよりもニール・セダカのほうが好き。それは何かっていうと、ロックンロール以前の美学みたいなものを感じるからなんです。コード進行だったり転調の仕方もそうですけど、ロックンロール以前のソングライティングを取り入れていて。

——1950年代のアメリカ音楽は、ロックンロール以前と以後で大きく変化したという印象もあります。

萩原:「ロックンロールで世界が変わった」と言われたりもしますが、それもまた歴史のなかの一つの分岐点だと思うんですよ。フィル・スペクターはロックンロール以前の制作の美学をロックンロール時代にもっとも有効に機能させた男として評価すべきだと思うんですが、そうやって受け継いでいる人が好きなんです。The Beatlesもそう。The Beatlesの登場によって自作自演のアーティストが中心になったのは確かですけど、彼らはすべてを変えたというより、受け継いでいるものが多いんです。

——先人たちがやってきたことを受け継いで、それを発展させた。

萩原:そうですね。ニール・セダカもそうだし、キャロル・キング、バリー・マンなどもそうですが、ロックンロール以前に音楽が好きになって、ソングライターになった。その途中でロックンロールが出現して、その要素を取り入れて楽曲を書いていたので。古いなと言われそうですけど、音楽の歴史のなかで、1920年代から30年代、40年代くらいまでがソングライターにとって一番ワクワクできた時代じゃないかと思うんです。その時期にコード進行がすごくプログレス(発展)して、和声の在り方、テンションコードなんかもどんどん発展した。いわゆる「グレイト・アメリカン・ソングブック」と呼ばれるタイプの楽曲ですね。作曲家でいうとアーヴィン・バーリン、ジョージ・ガーシュウィン、コール・ポーターといった人たち。彼らが広げた音楽の世界はすごいし、ロックンロール以降、そういう要素をしっかり持ち込んでいる作曲家はやっぱり好きですね。今回はラインナップから外したんですけど、ハリー・ニルソンもそう。あとは「歌詞をもっと深く解析しないと太刀打ちできないな」と思って取り上げなかったランディ・ニューマン、音楽的に相当イッちゃってるヴァン・ダイク・パークスもそうですね。

——ジェリー・リーバー&マイク・ストーラー、ローラ・ニーロなど、黒人音楽のテイストを自作に取り入れた作家のエピソードも興味深かったです。「ブラックミュージックをどう取り入れるか?」というのは、今も続いているテーマなのかなと。

萩原:そうですね。オーティス・ブラックウェルのような作曲家もいますが、当時はまだ、白人でないと職業的なソングライターとして契約しづらい状況があったと思うんです。そんななかで、白人の作曲家たちはソウルミュージックやブルースを取り入れようとしていたし、「そこにどうアプローチするか?」がそれぞれの切り口だったんじゃないかなと。リーバー&ストーラーのように実際に黒人のコミュニティで一緒にやっていた人たちもいたし、ローラ・ニーロみたいにニューヨークのストリートで出会った人もいて、距離感はいろいろなんですけどね。僕自身も聴き手としてリズム&ブルース、ブルースの要素が入ってくれたほうが嬉しいです。なので最近だとMåneskin(マネスキン)はあまりグッと来ない(笑)。ブルースがないじゃないですか、あの人たち。もちろんそれが良くないわけではないし、それはそれでいいんですけど、自分としてはいろいろなものが混ざり合うスリリングさのほうが楽しいなと。たとえばクラシックでも、ラヴェルはアメリカに渡ったときにブルースから影響を受けたり、ブルーノートをピアノ協奏曲に入れたりもしていて。個人の嗜好としてはそういう曲に興味があるし、音楽はそうやって発展してきたと思うんです。

——いろいろな文化が交差し、混ざり合うことで発展した。確かにそうですね。

萩原:白人の作曲家が黒人音楽を取り入れることについては、“黒人文化の搾取だ”という批判もありますが、最近は黒人のアーティストがカントリーに接近したり、さらに混ざり合ってますからね。アジア系のアーティストの進出もあるし、グチャグチャになってる感じがとても面白いなと思っています。そういう状況を歴史を紐解きながら解析してくれると僕らとしても嬉しいし、そういうものを読みたいと思います。

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