Hakubi 片桐が“27歳”に抱いていた特別な感情 「まだやりたいことがある」ひとつの区切りを記録した新体制初EP

昨年、メンバー脱退を経て片桐(Vo/Gt)とヤスカワアル(Ba)の2人で再出発を果たしたHakubi。その第一弾となった配信シングル「クロール」に続いて、新体制初となるEP『27』を完成させた。タイトルは、片桐がずっと特別なものだと感じていた「27歳」という年齢から。多くのロックスターがこの世を去ったこの年齢を、彼女もまたひとつの区切りと捉えていたのだろう。そんな1年をかけて作られた曲たちとそこに込められたさまざまな感情は、彼女の心の動きをこれまでの作品以上にダイレクトに伝えてくる。「27歳」を超えて進み続けるHakubiの新たなスタートを刻む1作について、2人に語ってもらった。(小川智宏)
27歳を迎えたことへの焦燥感や絶望感

――Hakubiとしてとても新鮮な作品ができたと思います。
片桐:私、あまり自分で自分のことや自分の音楽を「いい」って言えない人なんですけど、これは確実にいいものの塊ができたなと思います。声を大にして、みんなに「マジで聴いてほしい」って言いたい気持ちが大きいです。1枚を通して27歳の自分を詰め込めた、すごくいい作品になったと思います。
ヤスカワアル(以下、ヤスカワ):これまでは結構いろいろ考えながら曲を作ってたんですよね。たとえばイントロを短くして歌ってみようとか、時代時代に合わせて迎合していくみたいなスタンスをある種取りつつ制作していたんですけど、今回はそういうのを一回置いておいて、自分たちのルーツというか、中にあるものにちゃんと向き合って制作できたかなって。
片桐:今までは「Hakubiらしいもの」を作らなきゃいけないみたいな気持ちがあったんですけど、今回は「これをしていたらHakubiっぽくないよね」みたいなところから踏み出せたというか。楽曲の幅を広げていいんじゃないかと思えたし、好きなことがいろいろできました。デモもたくさん作れた期間だったんですけど、めちゃくちゃ明るい曲からめっちゃ暗い曲、速い曲から遅い曲まで作ることができて。「クロール」もそうだったんです。そこで脱却した感じはありました。
――それはもちろんバンドとして新たなスタートを切ったというのもあると思うんですけど、同時に去年迎えた「27歳」という年齢が片桐さんにとって特別な意味を持っていたというのもあって。そこを乗り越えてこれたということとも繋がっていますか?
片桐:そうですね。本当に27歳が来てほしくなくて(笑)。
――それはなんで?
片桐:「27クラブ」のロックスターたち(27歳で死去したアーティストたち)にすごく憧れていたわけじゃないんですけど、音楽をやっている上で、この歳になったら伝説的でいなきゃいけない、みたいな考えがあったんです。もう死んでしまってもいいぐらいのものを残していないなら諦めるタイミングでもあるなって。自分の周りでも27歳をポイントにしてやめていった人がいるし、私も20代の最初の頃は「27歳までに自分の思っているところまでできていなかったらやめよう」とか、なんなら「死んでしまってもいいんじゃないか」ぐらいに思っていたんです。でもそこから27歳を迎えて、生き延びちゃったから。そこには悲しみとか焦燥感とか絶望感みたいなものもあったんですけど、でもそれに向き合っていったときに作れた曲っていうのが「これからももっとこういう曲を作りたい」って思えるようなきっかけにもなって。この曲たちができたからこそ前を向けたというか、「まだやりたいことがある」って思えたなって思います。
ヤスカワ:これはわかる人、わからへん人がいるんですよね。うちのチーム内でもあるんですよ。わかる人とわからへん人。僕は後者なんです。でも(片桐が)気にしていることは知っていたんで、それは読み取ろうぜ、みたいな。メンバーが抜けて、そこから片桐のやりたいことが明確になって、アイデアがバンバン降ってくる状態やったんです。もうボーナスステージみたいな感じだったんで(笑)、その活力とか初期衝動みたいなものを曲に反映させて作品にするっていう点では充分に読み取れたかなって。

――実際に世に出たのは「クロール」が最初でしたけど、今作に入っている曲でいうと作っていた順番はどんな感じだったんですか?
片桐:「もう一つの世界」は2017年からあって、「クロール」がたぶん去年の5月とかに作った曲。その後、「Error」と「しあわせ」が10月とか11月くらい。で、「2025」は、「もう一つの世界(Alt. ver.)」のMVを撮りに行った北海道で観た景色がきっかけで書いた曲ですね。
アルカワ:うん。12月とか、2025年の1月やな。
片桐:そうですね。なのでいちばん最後に書いた曲が「2025」ですね。
――絶対そうだと思いました。
片桐:ええ?
――「2025」はいちばん結論というか、たどり着いた感じがある曲だなと思ったんですよ。むしろ「Error」とか「しあわせ」みたいな曲の方が先にあって、そこから心が動いていっていかに「2025」にたどり着いたかっていう物語に見えたんです。
片桐:すごいですね。全然考えてなかった(笑)。でも確かにそうかもしれないですね。
――すごくいい曲だと思いました。それについても詳しく聞きたいんですけど、その前に「もう一つの世界」についても教えてください。おっしゃったようにこの曲は2017年から存在していた曲ですけど、それをもう1回レコーディングしようっていうのは、どういうことだったんですか?
片桐:今回は2番をカットして「オルタネイトバージョン」として出してるんですけど、この曲はもともとめっちゃ長くて。当時対バンしていたバンドのシーンだとちょっと浮いてたんですよ。それもあって2年目ぐらいからはライブでやることが少なくなっていった曲だったんです。でも新体制でサポートを入れて4人編成でライブをやっていくときに「既存曲から始めよう」ってなって、アルくんが『最初に「もう一つの世界」をやろう』って言ってくれて。私はアルくんはこの曲が嫌いだと思ってたから(笑)、「え、やる?」みたいな感じだったんですけど。
ヤスカワ:いや、嫌いじゃなかったけどね。長いからやりたくなかった。
片桐:でも「これリアレンジしたらいいんじゃない?」みたいなことを言ってくれて、確かに、この曲にシューゲイザーを取り入れてみたいなというのもあったし、それは今のHakubiの方向性にもすごく近かったので、そういう形で作れたのがよかったですね。
――ヤスカワさんはどうしてこれをやろうと思ったんですか?
ヤスカワ:最初に作った曲っていうのもあるんですけど、Hakubiが楽曲を配信したのも確かこれが1曲目だったんです。だから思い入れもあったし、メロディが僕は好きで。曲は長いんですけど、歌のメロディは最高やな、みたいな。
片桐:え、ちょっと詳しく聞かせて(笑)。どこですか?
ヤスカワ:や、サビの伸びていく感じとか。
片桐:ああ、ありがとうございます(笑)。
ヤスカワ:それが自分らのやりたいことに対してすごくちょうどいいというか、この曲しかないなと思ったんですよ。ギターを入れてアレンジしていく段階で、もう1本のギターの存在が活きるというか。シューゲイザーを目指して作っていた曲が何曲かあるんですけど、まだギターが1本やったんでちょっと物足りないなっていう思いが個人的にはあって。そこにもう1本ギターが入って「これは化けたな」って。録り直す価値が出たなと思いましたね。
悲しみ、怒り……いろいろな感情が集まった“私=Hakubi”なEP

――EPの中でもこの2曲目から3曲目への流れがハイライトになっている気がするんです。5曲の中でもいちばん明るい方向に向いているところだし、歌詞で歌っていることも未来に向かって開けていくような感じが出ていて。それが今のHakubiを象徴しているのかもしれないなと。そのもうひとつ、「2025」はどういう思いで書いたんですか?
片桐:「2025」っていうタイトルなんですけど、2024年に作っていて。2024年、27歳になってからは初めての経験が結構多くて。9月に台湾に初めて行ったり、北海道も、旭川とか富良野とか、初めて行く場所がすごく多かったんですよ。メンバーが脱退して、そういう場所をライブや撮影で回っていって……この決定はもちろん自分たちのためにやっているし、間違いないし大丈夫って思ってるんですけど、心のどこかで「本当によかったのかな」とか「このまま進んでいけるんだろうか」とか、不安を抱えたまま行った部分が少しあって、でも北海道がすべての時間を止めてくれたというか。自分の心配事とか考えていることをいったん忘れさせてくれた旅で、それにすごく救われたところがあったんです。丸二日かけていろいろなところを回りながら移動していったんですけど、その移動の車内で歌詞を書き留めて、帰った後にすぐに作った曲がこれでした。
――夜が明けて未来が始まっていくみたいな感覚をすごく感じさせてくれる曲で。最初はシューゲイザーっぽいんだけど、最後はダンスミュージックになっていく展開とかも含めて、視界がぱっと開けていくような感じがあるんですよね。それはHakubiにはあまりなかったものかもしれないなと思うんです。
片桐:確かにそうですね。ダンスっぽい曲は作ってみたいなって思ってたんですけど、ここまでのものはなかった。歌詞も行間みたいなもの、広い意味を持たせて作っていますが、それも避けて通ってきたところだったんです。でも受け取り側によって感じ方が違うこともあるんだろうなと思うので、それもやってみてよかったなと思います。
ヤスカワ:この曲を作った時期はスーパーカーとか聴いとったっけ?
片桐:そうだね、すごく聴いてたね。
ヤスカワ:「Friday」っていう曲があるんですけど、その曲もインディカルチャーと向き合って制作した曲で、曲の毛色は似てるかもしれないなと思うんです。だからそういうところから見ると、自分たちにもとからあった成分、ルーツみたいなものを、今の27歳、28歳になっていい感じにアウトプットできたのかなとも思います。
――この曲、最後に〈君が迷子になったなら/探し出してみせるから/その手を引いていこう〉という言葉で終わるじゃないですか。ここはどういう気持ちで書いていたんですか?
片桐:これは……自分に向けた楽曲が私は多いんですけど、この曲も自分に対して言っている曲なんですよ。〈君〉とか〈僕〉とか書いているのは、全部が自分のことだったりするんです。今まで、誰かのために曲を書こうと思ったこともあったんですけど、相手を考えすぎて空回っちゃったりして。そこもいったん立ち返って、今まで自分は自分のために音楽を書いてきたよな、と。自分が進むために書いてきたし、自分を守るために書いてきたし、自分を鼓舞するために書いてきたよなっていうのはすごく思っていたので、この「2025」も立ち止まってる自分に向けて書いていたのかなって。自然と出てきた歌詞で、考えすぎてはいないんですけど、作り出せたものは自分に向けてのメッセージだったなっていうのは思います。

――そういう意味では「クロール」とも地続きな感じがありますよね。でも曲に出ている気分が全然違うなと思うんです。「クロール」は必死に足をバタバタさせている感じですけど、「2025」にはもうちょっと確信めいたものというか、「これでいくんだ」っていう強いものがあるような気がする。
片桐:ああ、どうなんですかね。これは確信なのか、俯瞰して見られるようになったということなのか、どっちかは自分でもまだわかっていないんですけど、ひとつ、「向き合わなきゃ、向き合わなきゃ」ってところから、今までやってきた自分も認められるようになったし、今の自分とも向き合えるようになった感じはあるんじゃないかなとは思います。いったん立ち止まって現在地を見て、「よし、あそこだな、歩き出そう」みたいなことができるようになったかもしれないです。そういう冷静さはあったと思います。
――逆にいうと、それまではそうなれなかったっていうことですよね。
片桐:そう、まさに「クロール」でしたね。でも、これからの自分が全部そうやって冷静にいろいろなことを見ていけるかって言われたら、そうではないと思うんですよ。自分はこういう人間で、たぶん変われない。でも、そういう自分もあったな、みたいな。だからこのEPは悲しみとか怒りとか、私自身のいろいろな感情を集めてひとつの家にして出した感じがありますね。
――そう。このEPは「この5曲が私です、イコールHakubiです」という作品になったと思うんです。そのイコールがこれまでの中でもいちばん強いというか。
片桐:それはすごくありますね。
――本当、曲ごとにいろんな感情が出ていますよね。「Error」とか、情緒がすごいことになってる(笑)。
片桐:「めっちゃ怒ってるやんけ」みたいな(笑)。
――でも、めっちゃ怒ってるな、めっちゃ暗いなと思ってたら、最後はやけにアッパーになっていく。あの感じとかもすごくおもしろい。
片桐:「Error」を書いたときはとにかく怒ってましたね。私は自分に向かって怒ることが多いんですけど、これは人と分かり合えない悲しみみたいなものが怒りになっていったところが大きかった。自分が自分として生きてきた生き方は正しかったんだろうか、みたいなことをすごく考えていた時期の曲で、自分は優しくありたいって思ってたんですけど、優しくあることによってすごく損をしてきた部分とか、下に見られてしまったこととかへの、「なんでそんなことしちゃったんだろう」みたいな怒りとか、そういう優しくしたい人間がうまくいかない社会って何なの? みたいな怒りとかがグワーってなって、歌詞を書いていきましたね。
――なるほど。
片桐:でも「私はこれでいいんだろうか」っていう悲しいところから、最終的には「私は私にしかなれないよなあ」っていう、Hakubiで歌っているところに戻ってくるんですよ。
――そうなんですよね。散々自分のことを卑下しておきながら、最終的には〈誰でもない/僕に期待している〉というところに辿り着いて、サウンドもバーンって開けていくっていう。
片桐:進んでいるか進んでいないかでいったらそんなに進んではいないんですよ。でも、グルグル回っているところからひとつ抜け出すみたいな曲は書けたなって。これ、もともとはその〈誰でもない〉からの救いの部分はなかったんですけど、それで終わったら何が残るんだろう、みたいなのがあって。ひとつの自分としての答えを最後に出したいなと思って付け足したんです。
ヤスカワ:そういうところにも片桐が本当にやりたかったことが反映されていて。Aメロのところもかなり話し合って、違う歌い回しのほうがいいんじゃないかと議論して。この5曲の中だといちばんギリギリまで片桐に試行錯誤してもらっていた曲ではありますね。そういうところは結構難しかったよな。
片桐:まあ、そうね。いろいろやってみたけど――。
ヤスカワ:いろいろやったけど、結局最初のデモに戻したんです。挑戦してはもらったけど、原点に戻るっていうのが良さやと思ってました。
片桐:もっとヒップホップに寄せてみようかなとか、いろいろやってみたんですよね。でも自分のルーツというか、本当にたどってきたものは、ヒップホップのルーツのある人が書いた楽曲とかそういうアーティストが好きだったりはするけど、直接影響は受けていなかったなっていうのをすごく感じて。それをそのままヒップホップらしくやるのはどうなんだろうって思ったので、自分らしく歌うというか、自分の音楽のルーツに沿って歌いました。
――自分の肌感とかバンドをやってる中での感覚においていちばん気持ちのいいところってどこなんだろうって探っていくと、結局デモの最初のバージョンだったっていうところに回帰してくっていう。
ヤスカワ:そうなんですよね。
