乃木坂46・櫻坂46・日向坂46の衣装の秘密とは TEN10代表 市野沢祐大が語る“謎を残す”という意識
ステージ上での華やかなパフォーマンス、写真集で見せる普段とは違う一面、バラエティで輝く全開の笑顔……。そんなさまざまなシチュエーションにおいて、アイドルたちの魅力を際立たせ、一番近くで寄り添っているのが“衣装”だ。その目的は、ただアイドルをかわいらしく、かっこよく見せるだけではない。楽曲の持つテーマやアイドル個人の心の内まで、衣装という表現を通して常にメッセージを放ち続けている。
そんな衣装に隠された秘密を探るべく、リアルサウンドでは、乃木坂46、櫻坂46、日向坂46をはじめとしたアイドルグループから、ゲスの極み乙女、きゃりーぱみゅぱみゅといったアーティストまで、幅広く衣装を手がけている株式会社TEN10の代表取締役社長 市野沢祐大へのインタビューを企画。既存のシステムへの違和感が起点となった株式会社TEN10の創業、坂道グループの衣装に込められた思い、ファッション業界の変化まで幅広く伺った。(編集部)
衣装における“循環”を実現するためのTEN10創業
――市野沢さんがスタイリストを志したのはいつ頃だったんですか?
市野沢祐大(以下、市野沢):僕は茨城出身なんですけど、被服科に通っていた高校2年生のときに、東京で開催される全国ファッションデザインコンテストに応募したんです。そのときの作品が入選して、授賞式に参加したことで憧れだった東京に行きたいと決心しました。そこから服飾学校に入り、スタイリストのアシスタントに就いて、独立するというのがざっくりとした流れです。
――2013年の独立から、8年後の2021年に現在の株式会社TEN10を設立しています。
市野沢:そもそも“衣装制作”と“スタイリスト”は、あまりくっついていなかった事業なんです。たとえばMV撮影でも、スタイリストが企画段階から入っていても、衣装さんは単体で動いていたりして、バラバラなときがあって。なので、全てひとつで循環できる環境を作りたかったんです。
今の事業体系としては、全体を運営するTEN10という母体があり、そのなかに衣装を作って、新しいものを生み出す工場のTEN10 LABORATORYがあります。洋服をただ縫うだけではなく、新しい発想だったり、そこでしか縫えないものを作っています。あとはスタイリング業務。洋服を集めてコーディネートするという仕事ですが、そこにスタイリストが所属していて、広告やCMを手がけています。ほかにもPR事業やブランディング事業、デザイン企画をいただいて外部に依頼するといったOEM業務、スタジオ運営の事業もやっています。あとは新高円寺にあるビストロ「iiiio」ですね。
――飲食店もやられているんですね。
市野沢:「iiiio」は4月で3周年になります。LABORATORYもそうなんですけど、僕らのアイデンティティのなかに“興味”というのがあって、こういうことをやってみたら楽しいだろうとか、こういうことが回っていったら新しいものを生み出せるだろうとか、そういうところから始まっているんです。飲食も人と人とが繋がってまた新しいものを生み出す場になっているので、そこで循環していく流れを飲食店で作っているような感じです。
――市野沢さんがスタイリストとして初めて携わった仕事は何だったんですか?
市野沢:独立して1年はそんなに仕事もなく、ファッション媒体がちょうど切り替わる時期というか、雑誌のスタイルも変わっていって、(自分がやりたかった)モードっぽいものがあんまりできなくなってしまった頃なんです。その頃に雑誌の『装苑』(文化出版局)に営業で企画を持っていったんですよ。新人として市野沢祐大の特集を6ページ組ませてもらって、そこでスタイリングページとインタビューを載せていただきました。それがきっかけになって、その後の仕事に繋がっていきましたね。
「懐かしさの先」「Monopoly」「Sing Out!」――乃木坂46の衣装に込めた思い
――市野沢さんのスタイリストとしての代表的な仕事として挙げられるのが、10年以上にわたり手がけてきた坂道グループだと思います。最初に担当したのは、乃木坂46のシングル『気づいたら片想い』(2014年)収録のアンダー楽曲「生まれたままで」のMV衣装で、今から11年前になります。
市野沢:独立して1年ちょっとの頃ですね。「生まれたままで」は、『装苑』をやった後にソニー・ミュージックに営業をして、デザインコンペに通った企画だったんです。僕らが挑戦したかったのは、アイドル衣装に流行のファッション要素を取り入れて、どれだけかっこよく見せられるかということでした。当時のアイドルグループは、“あえてのダサさ”のようなコンセプトが溢れている気がしていたんです。僕らの役割として、そこは「生まれたままで」から一貫してブレないようにやっています。常にファッションが隣にある。パリのランウェイでモデルが着ることができるくらい、単体でファッションとして成り立つクオリティとデザイン、提案力を意識しています。
――直近では、与田祐希さんの卒業コンサートの衣装が乃木坂46での最新のお仕事ですか?(取材は3月中旬に実施)
市野沢:そうですね。形が変わっていて、挑戦的な衣装でした。僕としては、女性的な内面が外に見えるようなコンセプトが好きなんです。普通はスカートのなかに入れるコルセットをあえて外に出して、それだけで完結させました。女性のナイーブな部分が外に出て輝いている、そういう意味合いをつけました。
――与田さんのセンター曲「懐かしさの先」(2025年)のMV衣装も市野沢さんですね。
市野沢:与田さんに“一輪の赤い花”をイメージして、一人だけ赤の衣装を着てもらいました。月面というシチュエーションでの撮影でしたので、メンバーの衣装はグレーを基調とした色合いでトーンを合わせつつ、スタイルもワイドなパンツをなかに入れることによって、与田さんのマニッシュな部分を表現した衣装にできたと思っています。
――乃木坂46の衣装は、“スカートの丈が全員揃っている”というような統一感が話題になる印象なのですが、「懐かしさの先」のように一人ひとりが違った色を放つというのも素敵だと思います。
市野沢:たとえば、「Monopoly」(2023年)のMV衣装は一人ひとり衣装の色が違うんです。ユニットでメンバーがくっついたときに左右の色が真逆になるようにとか、色味の部分を考えながら作っていきました。形も色もメンバーごとに全て変えて作っています。パリのマーク・ロスコ展で観た歪みとか滲み、花になぞらえた女性の汚い部分が毒として出ている、というイメージを衣装の色で表現したんです。明るい色よりは、ちょっとくすんだ色が多いですよね。色の切り替え部分に油絵の具で滲みを作っていたり、脱色剤を使ってあえてその生地を汚したり錆びさせたりして、最終的にちょっと腐った感じを出しています。“崩壊していく何か”みたいなところが、あのかわいらしい彼女たちから見えると面白いなと思ったんです。
――坂道グループは衣装を展示した展覧会を開催したり、グループのYouTubeチャンネルでは衣装倉庫に潜入した動画がアップされていますが、それでもほとんどの衣装は間近で見られることもないまま、倉庫にしまわれていくんだろうなと想像します。
市野沢:近くで見てほしい衣装はめちゃくちゃありますね。触らないと良さが伝わりづらいものも多いです。僕はファンのみなさんに、衣装を見た瞬間に感覚的に「すごい」と思っていただくよりも、「ここがこうなっているんだ」と、じわじわと思われるのが好きなんです。だから何回も見てほしいと思っています。
――「Sing Out!」(2019年)のMV衣装も市野沢さんが担当されていますよね。当時、「Sing Out!」の視聴会がマスコミ向けに開かれて、センターの齋藤飛鳥さんが衣装を着て登壇したのですが、近くで見たときに柔らかな質感が伝わってきたのを覚えています(※1)。
市野沢:100年前に舞台衣装として使われていた生地からスカートを作っています。いわゆる乃木坂カラーの衣装ですけど、着る人が変わるだけで印象が変わるんです。たとえば、遠藤さくらさんがこの衣装を着ても、“齋藤飛鳥っぽく”はならないと思うんですよね。そういう表現が乗り移るようなシンプルな衣装でしたし、味わい深いものになっていると思っています。
――当時ライブ会場に行くと、「Sing Out!」の衣装を意識した白と紫のコーディネートの女性ファンがいっぱいいましたよね。
市野沢:会場で見てすごく嬉しかったんですよ。「Sing Out!」はコーディネートしてくださるファンの方が多かった思い出がありますし、みなさんの反応が直に見られて良かったですね。Seishiroさんによるスカートを使った振り付けもまた、乃木坂46らしさの定着に繋がったんじゃないかなとも思います。