ビヨンセ悲願の受賞、ケンドリック・ラマーはディス曲が評価、カニエ夫妻への批判…宇野維正『第67回グラミー賞』の画期性を解説
『第67回グラミー賞授賞式』が、2月2日(現地時間)にロサンゼルスのクリプト・ドットコム・アリーナで開催された。
ジョン・カビラ×宇野維正、例年以上に予測困難な『グラミー賞』 ノミネート作品から米音楽シーンの潮流を読む
第67回グラミー賞授賞式(R)』が2025年2月2日(現地時間)にロサンゼルスのクリプトドットコム・アリーナにて開催。同イベント…今年のグラミー賞はレコーディング・アカデミーを構成する1万3000人のシンガー、ソングライター、プロデューサー、エンジニアなどが選考。ケンドリック・ラマー「Not Like Us」が主要部門の「年間最優秀レコード賞」&「年間最優秀楽曲賞」を含め最多5部門で受賞。そして、「年間最優秀アルバム賞」にはビヨンセ『COWBOY CARTER』が輝いた。ビヨンセは過去4度の同部門ノミネートを経て、5度目にして念願の受賞となった。
“変化”を印象付けた本年度グラミー
音楽ジャーナリストの宇野維正氏は、今回のグラミー賞の発表を受けて「グラミーの歴史においても画期的な受賞結果だった」と振り返り、アメリカにおけるポップミュージックシーンの現状を適切に反映した内容だと評価する。
「振り返ると2015年にはケンドリック・ラマーが『To Pimp a Butterfly』、2016年にはビヨンセが『Lemonade』と、両者ともシーンを席巻する作品をリリースしながらもグラミー賞の主要部門を逃した過去があるほか、2021年にはザ・ウィークエンドが選考の不透明さを訴えるなど、グラミー賞が公平性を欠いているという指摘はこれまでもあった。
2019年以降にグラミーは投票者を見直し、女性や非白人などのメンバーを増やしていった流れがある中で、ようやくビヨンセとケンドリック・ラマーが主要部門を受賞。さらに、同イベントを4年ボイコットしていたザ・ウィークエンドがサプライズ出演したことは、グラミーが過去の偏りを認めたとも解釈できるし、“変化”したことをより強く感じさせる出来事だった。
ただ、ザ・ウィークエンドは非常にセクシャルかつ暴力的なリリックも多いアーティスト。これまで年齢層の高かった投票者から評価されなかった理由のすべてを人種の問題にするのは少し違うようにも思うので、彼をこの変化の“象徴”とすることにはやや違和感がありました」
ビヨンセの受賞とアメリカ内の価値観の分断
ケンドリック・ラマー「Not Like Us」はラッパーのドレイクに対するディスソング(対象者を批判・侮辱する楽曲)であり、グラミー賞でどのように評価されるのかは注目点のひとつだった。
「セールスにおいても、爆発的な流行り方においても、「Not Like Us」は文句なしの結果を残しているので受賞は納得だが、ドレイクから見ればこれまで自分の音楽によって莫大な利益をもたらしてきた北米の音楽業界から爪弾きにされたような被害妄想を募らせても仕方がない状況になっている。ケンドリック・ラマーにとっては『スーパーボウル』のハーフタイムショーやチケットのセールスが苦戦してるSZAとのスタジアムツアー前のうってつけの景気付けになったのでは」
一方のビヨンセ『COWBOY CARTER』は、2024年の『カントリー・ミュージック・アワード』ではノミネートがなかったにも関わらず、グラミー賞では最優秀カントリー・アルバム賞を受賞。この評価の違いがアメリカの価値観の分断を感じさせると宇野氏は指摘する。
「リベラル的な価値観を持つ音楽リスナーにとっては、納得のいくグラミー賞になっていた。それがドナルド・トランプ政権の第二期が始まったタイミングで起こったことが興味深い。グラミーの保守性が薄れたことによって、これまで以上に今後も融和することのない二つの価値観が、アメリカの中に並列で存在していることが明確化されたようにも感じる。このショーの内容と受賞結果が視聴者数にどう影響するのかは注目していきたい」
また、昨年のグラミー賞は女性ソロアーティストの好況がうかがえるものだったが、今年もそれは継続していた印象がある。
「アメリカのチャートの傾向を見ていてもサブリナ・カーペンターやアリアナ・グランデなど女性ソロアーティストが強い存在感を放っているし、ファン層も男性より女性の方が目立っている印象がある。今回のグラミーのパフォーマンスもビリー・アイリッシュ、サブリナ・カーペンター、チャーリーxcx、チャペル・ローンらが素晴らしいステージを見せていたが、ザ・ウィークエンドとプレイボーイ・カルティのステージがなかったらショーとして少し偏った印象になっていたのは否めない。アメリカの音楽シーンを適正に反映しているが故に、シーンそのものの偏りがより浮き彫りになっていたようにも感じます」
カニエ夫妻はジョン・レノンとオノ・ヨーコ
最後に、賞レースではないところでメディアやSNSを沸かせた人物が、イェ(カニエ・ウェスト)とビアンカ・センソリの夫妻だ。グラミーのレッドカーペットに登場し、カニエは上下黒のカジュアルスタイルだったが、ビアンカはほぼ裸のセンセーショナルなファッションで話題を集めた。
「今回カニエが「最優秀ラップ・ソング賞」にノミネートされた、タイ・ダラー・サインとのコラボ作「Carnival」は実際に昨年を代表するヒットソングではあるものの、過去の問題発言を抜きにしてもそのリリックのトキシックな内容から、これまでのグラミーだったらノミネートさえされてなかったように思う。そういう意味でも、本当にグラミーは今年から変わったのかもしれない。カニエは昨年、『スーパーボウル』の高額なCM枠でスマホ自撮りのCMを流したこともあったが、今回のグラミーにおいても前日に過去いざこざがあったテイラー・スウィフトだけをInstagramでフォローして話題を作り、当日はレッドカーペットで注目を集め、さらに本国のグラミー賞の放送では自身のブランドYZYのCMを流していた。他のアーティストが賞レースに参加する中、彼だけが別のゲームを楽しんでいるわけです。
ソーシャルメディアでの反応を見ていると、ビアンカはあの格好を強制されているという今さらすぎる意見もあったが、カニエとビアンカはこの2年、公の場所に出る時はずっとあんな感じなので、まず、近年のカニエの活動をまったく追えてないんだな、というのが一つ。もう一つは、優れた建築デザイナーでもありカニエと行動することを自ら選択しているビアンカの尊厳を損なう、彼女に対してとても失礼な意見だと指摘しておきたい。あの二人は例えるならジョン・レノンとオノ・ヨーコのような関係であって、あれは『トゥー・ヴァージンズ』や「ベッド・イン」パフォーマンスのようなアート表現とも言える。ただ、ジョン・レノンは自分も素っ裸になってましたからね。そこがジョン・レノンとカニエの違いとは言えるでしょう」