佐々木チワワ寄稿:新宿歌舞伎町の夜に溶け込むクリープハイプ 指名ホストがラストソングで歌った「栞」

歌舞伎町の夜に溶け込むクリープハイプ

「死ぬまで一生愛されてると思ってたよ 信じていたのに嘘だったんだ」

 深夜2時過ぎの歌舞伎町のバーでそう叫ぶ人を何人見て来ただろうか。飲み曲に混ざってクリープハイプを歌う酒灼けまじりの高い声。愛を人一倍疑い、愛に人一倍飢えている人間が集うこの街で過ごす私の生活には、いつもクリープハイプの音楽があったように思う。

 流石にバーで歌うにはリアルすぎて気が引ける「イノチミジカシコイセヨオトメ」、バーで赤の他人だけど多分同じような悩みを抱えている男女と歌った「HE IS MINE」。高校の時に友人が「チワワの曲っぽい」と送ってきたのは「陽」だったし、ホス狂の後輩が「私のとっておきの失恋プレイリストです」とシェアしてくれたリストの半分はクリープハイプだった。

 感情の赴くままに叫べる歌詞、時に直接的に、時に遠回しに愛を解釈してくれるクリープの曲は、どんな恋の隙間にも入り込んでくる。私は音楽をあまり幼少期に積極的に聴くことはなく高校生くらいから聴くようになったのだが、良くも悪くも音楽に救われたとか、絶対にこういう時に聴く!みたいなものがない。人生で1度だけ作ったプレイリストは『オールナイトニッポン0』(ニッポン放送)に出演した時の選曲のみだ。お気に入りの曲は何度でも、時期を選ばずに聴く。人生のシチュエーションと楽曲があまり結びついていない。

 それでも、その中でクリープの曲は特別かもしれない。歌詞を見た時に曲を聴いた時にあの日の失恋をした時の胸の締め付けられた感覚とか、この状況を誰かのせいにしたいやるせない恋愛とか、存在しない記憶と存在する記憶がごちゃ混ぜになって脳内に流れ込んでくる。「あの歌詞どういう意味だと思う?」と飲み会で自分から切り出したのなんて、「ラブホテル」の部屋番号くらいだ。(私は、出会った日の103と403はラブホで、毎日の307はどっちかの自宅だった説を推していた。このエッセイを執筆するにあたって調べたら尾崎(世界観)さんが特に意味はない、と発言していたらしいという情報を得て真顔になっている)。

 歌詞をみて音楽をしっかり聴く、というよりは移動中の耳寂しさや作業中に音楽を流す私は、カラオケで歌う時に改めて歌詞を咀嚼することになる。言葉遊びが上手いクリープハイプの歌詞は耳で聴いたときに思っていた漢字と実際が違ったりしていて、日本語の奥深さと作詞のセンスに驚きつつ歌い上げる。

 自分でも散々歌ってきたクリープハイプの楽曲だが、人に歌われて特別思い出に残っているのは「栞」である。私は普段ホストクラブに通い詰め、金で指名ホストの隣にいる時間を買っている。そんな好きな男が「作家の君に似合うと思って」と選んでくれた曲だ。ホストクラブには「ラストソング」と言われるシステムがあって、その日お店で一番お金を使った女の子の横でホストが歌を歌ってくれる。カラオケで歌ってもらうのとはまた違う、ホストクラブという特別な空間で勝ち取り、他の客とホストを差し置いて数分間、店のBGMをジャックする。歌舞伎町の時事ネタから、時にホストクラブに通う女の子とホストの物語をエッセイにして出している私に、担当ホストは「いつか俺との日々もそうやって残るのかな」とこぼしていた。そんな彼にシャンパンを入れて歌ってもらった、最初で最後のラストソング。泡沫の嘘と夢を買っている私たちの時間は、恋人なんかになる前に終わりがくるし、新宿を出たらただのホストと客の、よくある話になる。それでも、一緒に過ごした中でくれた嬉しかった言葉や、一緒に共有した景色は確かにあった。他のホストを指名してみてやっと、彼の優しさとか人間らしさとかが浮き彫りになった。一度切れてしまった関係はお金さえ使えば表面上はいつだって戻れるけど、完全には修復しない。だから離れたら絶対にやり直せない。お金が尽きたり、2人に人生の違う目標ができたり、もっとお金を使える女の子とか、もっと時間を使ってくれる男の子ができたらあっけなく終わってしまう。彼はホストで、わたし以外のたくさんの女の子とも関係を持っているなんて当たり前だけど、2人でいる時だけはわたしと彼の物語が生まれる。彼の歌声に合わせて、わたしは〈桜散る 桜散る〉と口ずさんでいた。他のホストが動画に残してくれていた歌う彼と隣の私はとても楽しそうだった。

 ただの売上のための言葉だとしても、ホストの彼が、私のために「栞」という曲を選んでくれたことで私にとってこの曲は特別になったのだ。

クリープハイプ -「栞」(MUSIC VIDEO)

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