LINEヤフー会長が語る「ハロプロ」のリーダーシップ 道重さゆみ、和田彩花……メンバー達から得た学び
想像もしていなかったタイミングで、世界が変わるような出会いがあるから人生は面白い。コミュニケーションアプリ「LINE」や総合インターネットサービス「Yahoo! JAPAN」をはじめとしたさまざまなサービスを展開する日本最大級のテックカンパニー LINEヤフー株式会社。その代表取締役会長である川邊健太郎氏が、ひょんなことから出会ったのが、モーニング娘。'24やアンジュルムなどを擁するハロー!プロジェクト(以下、ハロプロ)だ。
リアルサウンドでは、“ハロプロとリーダーシップ”をテーマに川邊氏へインタビュー。人生を変えた出会い、ビジネスの側面から読み解くハロプロ、象徴的なメンバー達から学ぶリーダーシップまで、大企業を束ねる経営者だからこその視点で幅広く語ってもらった。部下との付き合い方に悩むリーダー層やより一層の活躍を目指す若手ビジネスマンまで、多くの学びを得られるインタビューになっているはずだ。(編集部)
「モーニング娘。の歴史と会社経営の歴史は同一線上のもの」
ーー川邊さんが急速な勢いでハロー!プロジェクトに夢中になっていることが世間でも話題となっています。どういう経緯で沼にハマったのか、まずはその経緯からご説明いただけますか。
川邊健太郎(以下、川邊):そもそも僕自身は、推し活するとか、なにかに陶酔するようなタイプではなかったんです。大きかったのは市井紗耶香(モーニング娘。の元メンバー)さんと知り合ったことなんですよ。僕は猟師をやっているものですから、そこで獲った動物をみんなで食べようという会を開催しておりまして、市井さんもそこにお呼びしたんです。そうしたら、その場の一同が息を呑むくらいキラキラとしたオーラを放っていて。市井さんから在籍当時のモーニング娘。のお話を伺ったのですが、驚きの連続でしたし、とても面白かったんです。その中でハロプロに体育会系の精神があることも知りました。
ーー市井さんが在籍したのは、わずか2年ほど。今思えば、すさまじいスピード感でした。
川邊:会が終わるとき、市井さんに言われたんです。「でもね、川邊さん。あの頃のモーニング娘。と今のモーニング娘。はもう全然違っちゃっているんですよ。今はもっとカッコよくなってるから、ぜひそちらもご覧ください」って。
ーーすごく後輩想いのOGじゃないですか。
川邊:僕は信用できる人に言われたら、それを真面目に実行するタイプなので、帰宅する途中で早速チェックしました。「モーニング娘。 カッコいい」みたいに検索して(笑)。それでMVをいくつか観てみると、たしかにこれは完全に別物だなと。「どういうことなんだ?」と思いましたね。もちろん曲自体も素晴らしいんだけど、やっぱり僕はどこかで経営者や事業家としての目線で見てしまうところがあって、“変化”という事象に対する感度が異常に高いんです。モーニング娘。が変化したことの背景……それはビジネス的、マーケティング的なことを含めてですが……そこに注目せざるをえなかった。
ーー何かしらの戦略があるはずですからね。
川邊:最後に僕がモーニング娘。を見たのは、「女子かしまし物語」(2004年)のMVだったんです。まだ道重さゆみさんが子供っぽくて幼かった時期ですね。それが「One・Two・Three」(2012年)になると、メンバーはほとんどわからないんだけど、よく見るとリーダーになった道重さんがすっかり大人になってグループを牽引している。これは「どういうことなんだ?」と衝撃を受けました。今度は人事的な側面に興味を持ったんですよ。
ーー“ビジネス的側面”と“人事的側面”からモーニング娘。のあり方に注視したということですか。
川邊:その2点が刺激的かつ重要でした。これは個人的な話になってしまうのですが、私が(旧ヤフー株式会社の)副社長になったのが2012年。そこでスマホシフトを行って、会社の中身を変えていって、2018年には社長になった。その後も業界再編ということで、ZOZOを買収したり、LINEとの経営統合を決めたり、アイドルとは全然関係ないビジネスの世界で環境に応じて試行錯誤しながら変化していったわけです。その目線であらためて見つめてみると、モーニング娘。の変化という出来事が、自分の過去とすごく重なったんです。具体的な解決法は違うかもしれませんが、時代の変化という流れの中で同じように悩んで、変化しながらどうにか凌いでいくという歴史が。こんなにエモい話はないぞと思いました。
ーー自己投影した部分もあったと。
川邊:そうです。私のなかでは、モーニング娘。の歴史と会社経営の歴史は同一線上のものとして捉えていました。
道重さゆみから学ぶ“マネジメントスタイルの変更”
ーーリーダーが変わると、社風やチームカラーもおのずと変わる。たしかにそれは企業でもアイドルグループでも同じかもしれません。その点でいうと、ハロプロ史の中でも劇的に組織の体質を変えたリーダーが何人かいると思うんです。たとえば先ほど名前が出た道重さゆみさんなどは、その最たる例ですが。
川邊:優れたリーダーの条件として、ビジョンを掲げられるかどうかというのはものすごく重要です。
ーーそれはビジョンをきちんと言語化するということですか?
川邊:言葉がいちばん大事ですが、“成果を見せる”というのも同様に重要だと考えます。言葉を駆使するという点に関しては、「全盛期は、一度だけとは限らない」あるいは「もっと大きな会場の光景を後輩メンバーに見せてあげたい」といったように“ビジョンの提示”が道重さんは明確にできていたように思います。その能力が傑出しているんですよね。みんな口では「ビジョン」という言葉を繰り返しますが、“そうなった暁の姿”を言語化してわかりやすく伝えられる人は意外に少ないんです。
ーーたしかに道重さんの発信力は凡百のアイドルと一線を画します。
川邊:あとリーダーに大事な要素として、「マネジメントスタイルを変更できるかどうか?」という点も見逃せません。というのも昔の道重さんはソロでバラエティ番組などに出演していて、言ってしまえば“自分が前に出ること”を最優先していたように映るところもあったように思います。ですが、トップに立ったことで指針をあらため、“グループが目立つこと”に重点を置くようになった印象を受けました。また、9期、10期と若いメンバーが8人も一気に入ってきた際は、そうした新メンバーを前面に押し出し、自分は後方支援に回るというスタイル変更を行ったように見受けられました。
ーーリーダー就任後は完全に意識が変わっていましたからね。
川邊:これは事業でも同じですが、やっぱり優れたリーダーというのは進んで変化を起こすものなんです。そして変化を起こすために、自分を変えることができる。この2つは因果関係があって、要するに自分を変えることができるリーダーは、事業を変えられる。事業を変えられたら、成果を出すことができる。どう考えても、道重さんというのはリーダーとして模範的です。
ーー当時のモーニング娘。の「これから本当の全盛期を作る」というスローガンは、裏を返せば「私たちは一度負けたんだ」ということを暗に認めているようにも受け取れます。
川邊:それも大企業に起こり得る現象なんですよ。多くのアイドルグループは結成して数年で解散していくものだと思います。つまり、ほぼすべてがスタートアップ企業なんです。そんな女性アイドルシーンのなか、その時点ではほぼ唯一の大企業となっていたのが当時のモーニング娘。であって。見方を変えると、アイドル分野において“大企業のリバイバル”みたいなことを初めて牽引した人ということになるのではないでしょうか。
ーー“伝統ある女性アイドル”という枠そのものが珍しかったのは事実です。
川邊:『巨象も踊る』(日経BPマーケティング)という有名な本があります。これはIBMを再建させたルイス・ガースナー氏によって書かれたもので、自社プロダクトにこだわっていた大企業が、他社製品も使うクライアントのためのソリューションビジネスに変化させていき、やがて再起させていく……という内容なんですね。道重さんがモーニング娘。のリーダーとして行ったことは、すごく『巨象も踊る』と重なるんですよ。
ーーモーニング娘。リーダーの系譜をたどると、初代の中澤裕子さんから始まって、6代目・高橋愛さん、7代目・新垣里沙さん、8代目・道重さんと禅譲されてきました。新垣さんは中継ぎ的なリーダーという面もありましたが、高橋さんも道重さんとは別の意味でカリスマだったことは間違いないと思います。
川邊:もちろん高橋さんも組織を変えた功労者と断言できます。その前の時代というのは、“テレビとのタイアップでCDを売る”というビジネスモデルだったと思います。それがライブ主体になっていきましたが、そうなると本格的なものを見せない限りファンはついてこない。だから徹底してパフォーマンスのクオリティを上げていった。いわゆる“プラチナ期”と呼ばれる時期ですよね。
ーー市井さんによる「今のモーニング娘。は、あの頃と全然違う」という指摘は、高橋さんがリーダーとして変えていった部分が大きいはずです。
川邊:高橋さん、新垣さん、道重さんの3人は、卒業コンサートのスピーチでそれぞれの個性がはっきり出ています。まず高橋さんは涙の量がすごく多い。スピーチのときもメンバーと話すときも、とんでもない勢いで泣いています。本質は極めてエモーショナルな表現者なのでしょう。一方、新垣さんは「モーニング娘。」という言葉を多用するのが特徴。これが意味するのは“グループ愛”です。組織貢献型リーダーということになるのかもしれません。それらの要素を完璧に押さえたうえで、道重さんは今まで応援してきたファンとか僕みたいな初見の人にもわかりやすいストーリーをスピーチとして展開しました。「感情の発露」→「組織愛」→「一般層にも届くストーリー性」という流れですね。プレイヤーが代わっても組織が完成に近づいていくという過程が、僕にはとても面白く感じられました。なぜかというと、企業に似ているからです。
ーー言われてみれば、長編の企業小説を読んでいるような物語性が随所に感じられます。
川邊:同じですね。「マイクロソフトがどう変わっていったか?」という話と本質的には変わらない気がします。