にしな、深まり続ける日々への慈しみ 『つづ井さん』ED主題歌「ねこぜ」で得た気づきのすべて

私は「自分のことは誰も見てない」と思って生きている

――なんでこんなことを聞いたかというと、たとえばインスタのストーリーズとかを見ていると、もちろんしょうもないことを上げている人もいるけど、頑張って「私の毎日はしょうもなくない」ということをアピールしているように見える人もいっぱいいるじゃないですか。最近の曲やにしなという人のあり方って、そういう世のなかに対するすごいメッセージになってるなと思うんです。

にしな:ああ。交友関係のある人は結構自分に似た人間が多いので、そんなに頑張っている人はいないですけど、言われてみると、たしかにそういう人もいるだろうなと思います。もちろん頑張るのも素敵なことだけど……自分に置き換えると、私は「自分のことは誰も見てない」と思って生きているんですよ(笑)。

――この仕事をしながら?

にしな:そのほうが楽じゃないですか。見られてると思うと頑張らなきゃいけなかったりするけど、それがない瞬間もいいんじゃないかなって思いますし、「みんな頑張らないで」ってなります。みんなが頑張っていると、私も頑張らなきゃいけなくなるから(笑)。

――その感じを保って生きていくのって、むしろ結構大変なことかもしれない。ちゃんと自分を持っているというか、「これでいいんだ」と思える強さがないといけないから。

にしな:うん。あるのかな?

――「私の生き方はこれでいいんだ」とは思わないかもしれないけど、「これが私の生き方なんだ」っていう。

にしな:それはありますね。これはどうにもならない性格だしな、みたいな。あとこれも昔からの性格なんですけど、自分をよく見せると頑張らなきゃいけないから、それはしないっていう。音楽以外もずっとそうだったんです。ハードルは低く設定して、自由に飛び越えていきたいという感じです。だから「期待しないでください」って(笑)。もちろん陰では「飛び越えるぞ!」って狙ってはいるんですよ。そういう感じです、生き方が。

――先ほどは「時代は関係ない」っておっしゃっていましたし、実際「ねこぜ」にはそういう普遍性があるとは思うけど、一方では、その考え方はこれだけSNSが広まっている時代に対するカウンターにもなっていると思うし、『つづ井さん』という作品ともめちゃくちゃマッチしたんだろうなって。つづ井さんもまさにそうですよね。

にしな:うん。つづ井さんも自己を満足させることを大切にしていますからね。

――そういう意味ではよく巡り合ったなっていう作品だと思いますよ。

にしな:そうですね。最初に「こんな感じで」っていう参考楽曲があったんですけど、その時たまたま別の曲のレコーディングをしていて、そのアレンジャーさんがまさにその曲を手がけた人だったんですよ。さらにその日のレコーディングメンバーもそこに参加していたんです。

――へえ、たまたま?

にしな:そう。タイミングぴったりすぎない? って(笑)。で、そこで楽曲の叩き台を作ったんです。その時点ですごく運命的だなって思ったし、曲を書き上げてから『つづ井さん』を読んで、そのフィット感もとても運命的だなと思いました。自分自身にもマッチするものだったな、というのもすごく感じました。本当に悩まず作れましたね。

――「U+」とか「シュガースポット」もそうでしたけど、そうやって何か対象となる作品があることで、それが手掛かりとなって普段思っていることがより表に出やすくなるというのもあるのかもしれないですね。だって、この曲で歌っていることって別に今初めて歌ったことじゃないと思うんですよ。

にしな:うん、そうですね。

にしな - U+【Official Video】
にしな - シュガースポット【Official Video】

――今までずっと歌ってきていることなんだけど、これほどわかりやすい言葉でシンプルに歌ったことはなかったような気もする。歌詞のなかで〈同志よ 我らが/世界を回すのだ〉って歌うじゃないですか。この〈同志〉っという言葉がすごくおもしろいなと思ったんですけど、ここにはどんな思いを込めたんですか?

にしな:なんて言うんですかね、人から理解されない好きなものがある人って、“仲間”というよりも“同志”って感じがするんです。だから、「明日仕事だわ〜」とか言いながらも働いている人というのもなんか同志感があって。会ったこともない人間同士だったとしても、何かしら好きなことだったり、守るべきものだったり、大切にするものを持ったうえで戦い続けているっていう。

――だから、この〈同志〉というのは大きく言っちゃえば生きとし生ける人間すべてということだと思うんですよ。ここで「私たち、同志だよね」と宣言することで、この曲はメッセージソングになったんだなって。

にしな:そうだと思います。心のなかで、これはポジティブなのかネガティブなのかわからないんですけど、「みんな同じこと思ってるんでしょ?」っていう気持ちがあるので。背中は叩けないけど、「みんなどうせ頑張ってるし、私も頑張るか!」みたいな。逆も然りで、そういうものになったらいいなと思って書いてますね。

――「私はこうなんだよね」で終わらないんですよね。やっぱりにしなという表現者がどんどん開けていっているんだろうなって思います。

にしな:何かがあってこうなったという気はあんまりないんですけどね。年を重ねたということなのかなとも思うし、だからもっと広がるのかもしれないし、逆に最後は狭まって終わるのかもしれないし。あと、“働く”ということの意味を知ったのがここ数年でもあって。周りの友達たちが働いている姿を見て、やっぱり愚痴を垂らしつつ、頑張りつつ、みたいな感じなんですよ。そういう姿を見て「やっぱりみんな同じだよね」みたいなことをより思ってる。「人はだいたい同じところで悩んだりしてるのかな」みたいな考え方が強まってると言えば強まってるのかもしれないですね。

――そうやって「みんな同じだよね」って思えるようになってきたことで、友達もチームのメンバーも、向き合い方やコミュニケーションの濃さもどんどん変わってきている気がします。

にしな:たしかに、それはあるかも。前はもっとソロの戦いをしてたかもしれない。それこそ弾き語りだったし、ずっとひとりでやっていたから。シンガーソングライターの友達はいましたけど、自分のことを考えるのは自分だけだったし、本当にひとりで世界と向き合う感じだったんです。でも、そこで仲間ができたり、友達と作った曲を聴き合って「こうじゃない?」って会話をしたり。人との関わりがより濃くなったっていうのは、すごく大きいかもしれないです。

「いろいろあるけれど」の部分を書きたい

――そのなかで、きっと「私はこうだから」が「私もみんなもこうだよね」になっていったんでしょうね。自分の感覚が裏付けされてきて、だからこそより正直に歌えるようになってきたのかなと思いますし、曲がどんどんシンプルになってきているのもそういうことなのかなって。シンプルと言えば、MVも最近はそういう感じですよね。

にしな:シンプルに振りたがってますね。今までは世界観で作り上げるものが多くて、それもすごく好きなんですけど。もとを辿ったら、「THE FIRST TAKE」が流行ったのもそうだと思うんですけど、歌っている映像をツルッと撮ったものがかっこいいって、いちばん本物だなって思いますし、世のなかが複雑すぎてシンプルにしたいっていうところもあります。そういうものが合わさって「シンプルでもいいかも」と思うことが多いですね。

――「plum」のMVも、シンプルな日常の風景のなかでにしながシンプルに破裂するっていう。日常を描くにしても平穏無事なだけではないのがにしなだなと思いました。

にしな:「plum」は「やれ、やれ!」って思ってました(笑)。やっぱりきれいな側面だけのものは好きじゃないっていうのが、より明確になってきていて。「いろいろあるけれど」の部分を書きたいんだなあって、すごく感じます。

にしな - plum【Official Video】

――それも込みで愛してる、っていう感じですよね。

にしな:そうそう。それが人間味だし、おもしろい部分なのかなと思います。それを書きたいんだなって。

――「私もそういう人間だし、それも含めて愛してよ」――「愛してよ」じゃないか。

にしな:「期待しないで」なのかな。なんですかね? でも、好きじゃないんですよね、きれいなだけのものが。「そんなものはない」とも思うんですけど、そう見えちゃうものがあんまり素直に自分のなかに入ってこなくて。

――でも、世のなかはどっちかって言うときれいなところだけを見せようとしているものも多いと思うんですよ。そういうのに違和感を感じることもありますか?

にしな:そうですね。これまでなかった知識が今は頭に入っちゃっているから、そういう目で見てしまうのもたぶんあるんですけどね。たとえば、アニメで「かわいい」と言われるキャラというのは目がパッチリしてて体が細い、みたいな。これまではそこに全然違和感を覚えていなかったんですけど、それがあるゆえに美の感覚が固定化されるようなところがあるんだな、って。「でもこのアニメおもしろいな」みたいな感じ。それも大人になったっていうことなのかもしれない。

――自分も表現している身だから、そこに対して意識的にならざるを得ない部分もきっとあるんでしょうね。

にしな:逆に「ここは多様性に対応した感じでやってるんだ」っていう見え方もありますし。「それは汲み取りすぎじゃない?」とか、いやらしい感じで見えちゃったりもありますし。「賞をもらうにはこれが必要だったのかな」みたいな(笑)。そういうのは本当はイヤなんですけど、たまになっちゃいます。

――だから、それも含めてまさに「いろいろあるよね、事情が」みたいなことですよね。

にしな:そう、まさに事情がいろいろあるっていう。

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