にしな、ツアーを経て手にした変化 新たなモードで放つ「シュガースポット」と現在地を語る

にしなの新たなモード

 今年6月から7月にかけてワンマンツアー『クランベリージャムをかけて』を開催したにしな。僕はそのファイナル、Zepp DiverCity(TOKYO)での公演を観たのだが、とてもリラックスした雰囲気のなか、お客さんと一緒に音楽で遊んでいるような彼女の姿がとても新鮮で、「あ、また新しい場所にこの人は来ているんだな」と思った。アルバム『1999』はある意味でとても内省的な、にしなというアーティストの世界の見方がはっきりと表現されたアルバムだと思うが、そのアルバムを超えて、今のにしなはそれをいかに他者と共有し楽しむかというところに進んでいる、そんな気がした。

 そんなニューモードはツアーと同期する形でリリースされた「クランベリージャムをかけて」という楽曲にも表れていたし、10月25日リリースの「シュガースポット」という新曲にも体現されている。NHK Eテレのアニメ『ドッグシグナル』のエンディングテーマとなっているこの曲は、厄介な物事やしんどい気持ちに事欠かない世のなかではあるけど、それでも〈お前〉と関わることでなんだか日々が楽しくなる、そんな転換を描いている。それは彼女が今ライブで伝えようとしていることともリンクしているし、もっといえばにしなという人そのものをストレートに表現したものだとも思う。この曲の背景にあるにしなの変化に、インタビューで迫った。(小川智宏)

ツアー『クランベリージャムをかけて』を経て、新たなモードへの実感

にしな シュガースポット ドッグシグナル インタビュー (撮影=丸山桃子)

――このあいだのツアー『クランベリージャムをかけて』、ファイナルを拝見しましたが、素晴らしかったですね。

にしな:ありがとうございます。

――なんか、すごく開放感のあるライブでしたよね。

にしな:はい。それこそ、開放感や一緒になって楽しむということをもっと大切にしていきたいと思って挑んだライブだったなって思います。ツアーを通して「ここをこうしたら、もっとお客さんが一緒になって楽しめるんじゃないか」というようなことをすごく考えながら進んでいったツアーだったと思います。

――あのライブでも披露されていた「クランベリージャムをかけて」という曲は、まさにそのために作ったとも言っていましたけど、そういう気持ちがより強まってきた?

にしな:そうですね。しかも、あのツアーで初めてお客さんが声出しをできるようになったんですよ。でも、私自身があまり声を出してライブを楽しむようなタイプではなかったので、どうしたらみんなが楽しみやすく、声を出しやすくなるかを一緒に模索していけたらな、と思いながらやっていました。振り返ってみると、「楽しかったな」っていう思い出しか出てこないんですけど(笑)。いい思い出になっていますね。

――そのモードというのは、明らかに楽曲にも表れていると思うんです。「クランベリージャムをかけて」もそうだし、今回の新曲「シュガースポット」もそうなんですけど、また一枚殻を破っている感じがするんですよね。『1999』までとは違うモードに突入しているのかなと。

にしな:うん。“違うモード”っていうのはすごくしっくりきます。というのも、これは前からある感覚ではあるんですけど、「クランベリージャムをかけて」や「シュガースポット」は、ネガを自分なりにポジに、遊び半分で変えていくような部分がより曲に出るようになってきた気がしています。

にしな | クランベリージャムをかけて - Music Video

――そうなんですよね。すごくタフになったなって思いました。イヤなことも痛いこともしんどいこともあるけど、「でも踊っちゃえ!」「笑っちゃえ!」みたいな気分が貫かれていますよね。

にしな:そうですね。別に意図していないんですけど、「クランベリージャムをかけて」だったら「ライブでどう盛り上がるか」を考えたんですよ。みんながイヤなことを持ってきて、ワーッ!って楽しんで、最後に「明日また頑張れたらいいか!」と思うような曲になればいいなと考えながら作っていましたし、「シュガースポット」だったら、アニメの最後を飾る曲で「せっかくだから、どういう気持ちになってもらいたいかな」とか。そういうことを思って作りましたね。

――これはアニメ『ドッグシグナル』のエンディングテーマですが、その話があって作っていったんですよね。『ドッグシグナル』はドッグトレーナーのお話ですが、作品からはどういうインスピレーションを受けました?

にしな:これは歌詞に投影した部分でもあるんですけど、「やっぱり正解はないな」っていうか。〈覚えたての非常識で/たまには遊ぼう〉って歌っていますけど、変なところからきっかけが生まれて好転していったりするし、型にハマりすぎないことって大切だよなっていうことを改めて作品から感じましたね。

――そこを出発点に作っていった感じ?

にしな:作り始める時は、アニメの最後を飾らせてもらう曲なので……タイアップは、いつも作品がよりよくなる音楽にできたらいちばん嬉しいことだなと思ってトライするんです。だから、「オーダーは何でも受けつけたいです」というような感じなんですよ。細かなオーダーというものは全然なかったんですけど、そこで「この作品は新人のドッグトレーナーが主人公で、その主人公のような新社会人がイヤなことがあっても明日は頑張れるような、日曜日に流れるアニメだから曲を聴いて月曜日にちょっと頑張れる、そういうものになったら嬉しい」という言葉をいただいて。自分も日曜日にアニメを観ていたら「月曜日イヤだな」って思うけど、そこで楽しい気持ちになれたら、それがいちばんいいエンディングだと思ったので、そういう曲にできたらいいなって。それが最初の軸でスタートしていきました。

にしな シュガースポット ドッグシグナル インタビュー (撮影=丸山桃子)

――その「新社会人が頑張れるように」とか「月曜日が楽しみになるように」って、これまであまりにしなの音楽にはなかった要素な気もするんですけど、そういうテーマは自分のなかでしっくりきました?

にしな:なんか、ネガをポジに変えるみたいなことは、たぶん昔から自分のなかの感覚としてはあるんですけど――ああ、でも少し変わってきてはいるのかもしれないですね。私はあまりネガをネガとして思ってないところがあるというか。たとえば、「夜になって」で〈いつか人類が絶滅したとしても/私は別に構わない〉と歌っているんですけど、その言葉がすごくネガなことに思えると言われたことがあるんです。でも、それは別にネガティブなこととして私は書いていないんです。それくらい、愛情は別に自分のものだし、ふたりのなかで成り立っていればいいと思うって、そういう意味の表現だったんですよ。だからネガをネガと思わず、自分のなかではポジとして書いていたんです。それが最近はもっとわかりやすく「ネガをポジに変える」表現になっていってるんだなって思いました。

――たしかにそうですね。「1999」もそうじゃないですか。〈地球最後の日〉ってどう見てもネガティブじゃんって思われがちだけど、それもたぶんにしなさんのなかではそうじゃないわけで。

にしな:そう、そうです。

――そのギャップみたいなものが、この「シュガースポット」には、たしかにないんですよ。誰が聴いても「わかる」っていう感じがする。歌詞に出てくるちょっと辛い部分や痛い部分をひっくり返していこうという矢印がはっきりと描かれている。しかも、このアッパーな曲調で。

にしな:ああ、たしかに。

――にしな史上、いちばんアッパーな曲かもしれないと思いましたけど、そのイメージはそもそもにしなさんのなかにあったんですか?

にしな:最初アニメチームの方と打ち合わせをさせてもらうなかで、「こんなエンディングの映像にしたい」というのは聞いていて。それがドタバタ劇みたいな感じだったんですよ。だから、そのドタバタ感というのは自分のなかでキーワードとしてあったんです。あと、それとは全然別の話で、私のなかで「こういう曲にしたい」みたいな曲があって。「アニメの最後だといいよな」、みたいな。それもわりとアッパーな曲だったので、そこからもインスピレーションを受けてこの形になったという感じですね。あとは、それこそ日曜日に聴いて月曜日を楽しみにするっていうのも、自分が言葉で言えなかったとしても音楽が高めてくれるじゃないですか。音楽ってそこが素晴らしいので、そういう意味で必然的にアッパーなものになっていったのかもしれないです。

にしな | 1999 - Music Video

――だから、そういうことも含めて、この「シュガースポット」がすごくいいなと思うのは、聴いている人とかアニメを観ている人、つまり他者に対して今まで以上に積極的に働きかけている感じがするんです。けしかけている感じがするんですよね。

にしな:たしかに。けしかけているかも(笑)。

――そう。今まではどっちかと言うと閉じていくというか、私の思っている世界、私の思ってる愛というのはこういうものだっていうのを見せる曲が多かった気がするんです。でも、このあいだのツアーもまさにそうでしたけど、どんどん開いていってるというか、にしなの音楽に触れる人との関係性がちょっとずつ変わってきているんじゃないかなと思うんです。

にしな:それはある気がします。それこそ、ツアーでお客さんと一緒に楽しむっていうことを体感していくなかで、見えていくものが変わってるからなんですかね。人生も含めて一緒に楽しみたい、そう思えるようになってきたのかな。でも閉じたものもいまだに好きなので、両方できたらいいよなっていう感覚はずっとあって。開けているほうが、どっちかと言うと昔は苦手だったけど、それを好きって言ってくれる人もいて、そっちにチャレンジしていきたいというマインドにもなってきているのかな。

――ライブでお客さんを煽るというのもそうだし、バンドメンバーとのコミュニケーションもそうだし、周りを巻き込んでやっていくというところに対してより前向きに、積極的になっている感じがします。

にしな:それはたしかにあるかもしれないです。やっぱりソロだと自分がしっかり立ってなきゃいけない気持ちになるけど、自分の性格上、絶対にリーダーみたいな感じじゃないので(笑)。いろんな人に、それはスタッフさんもそうですし、お客さんもそうですし、寄りかかって生きていこうって思ってます。甘ったれて生きていこう、みたいな(笑)。

――「甘えていこう」というのは、逆に言うと「任せられる」っていう信頼感の表れでもあると思いますし、それがより大きくなってきているということなのかもしれないですね。あとは今回アニメのエンディングということで、この曲はにしなのファンはもちろん、それ以外のアニメを観る人にも届いていくじゃないですか。そういうふうに自分の曲が広がっていくイメージは、今まで以上にはっきりしてきていたりします?

にしな:それは変わらないと言えば変わらない気はしているんです。小さな世界を歌っていても大きな世界を歌っていても、最後に自分がリボンをちゃんとかけて、そこから先でなるべくみんなが好いてくれたらいいな、みたいな。そう思って送り出す気持ちは、昔も今も変わらずかなと自分では思っています。そこはもう委ねるしかないし。

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