香港コンサート市場における最新動向 現地プロモーターに聞く、J-POPアーティストの強みと課題

 『LOVE PSYCHEDELICO Live in Hong Kong 2024』にツアーマネジャーとして帯同、4年半ぶりに香港に赴いた。そして、この機会を利用して、以前から気になっていた現在の香港興行市場について現地のコンサートプロモーターに伺ってみることにした。

 香港は1990年代、台湾に次ぐJ-POPの海外市場としてCDの現地製造盤が頻繁に販売され活況であった。2000年代に入り音楽商品のフォーマットがダウンロード、そして2010年代には音楽配信プラットフォームへと移行、日本人アーティストの香港における海外ビジネスモデルも原盤から興行へと変化を遂げ、2020年に発生した新型コロナウイルスのパンデミックによる興行中止まで多くの日本人アーティストの公演が行われた。その後、約3年間沈黙を余儀なくされた興行界であったが、時同じく2019年から2020年にかけて「逃亡犯条例改正案」に反対する、いわゆる「香港民主化デモ」が香港市民によって行われている。そして2024年現在、「国家安全条例」が香港で施行されている。

 その状況下、現地のプロモーターにまず問いたかったのは、香港の興行申請はこの数年で中国並みにハードルが上がったのか、という点だ。中国の興行申請では、パスポート上の対象者が公演実施者であることを確認するためライブ映像の提出が求められる。さらに、歌唱楽曲に政治的・暴力的・性的表現がないか歌詞検閲を行うなど、申請手続きにおける精査が厳しいのが実情だ。次に、香港ではこれまで長年コンサートなどで利用されてきた九龍湾国際展貿中心(KITEC)が今年6月30日に閉鎖された。KITECは小売店、飲食店、映画館が入った複合施設でショッピングモールとして機能、そこに500人程度の収容力のあるMusic Zone@E-Max、1,600人ほどのキャパシティのRotunda、そして3,000人ほどを収容可能なStar Hallと3つの会場が併設されていた。これらが全て使用不可となると、香港のローカルアーティストにとって公演機会の損失は必至となろう。また、海外でこれから認知度を高めていく日本人アーティストにとって、Music Zone@E-Maxはメディアや業界関係者を招いてのショーケースライブとしての演出が可能な会場であったため、数百名規模のライブハウスの欠如は手痛い。コンサート会場の不足が香港の興行界に果たしてどのような影響を与えるのだろうか。さらに、香港市場において久しく人気の高いK-POPだが、現地のコンサートプロモーターにとってK-POPの魅力とは何なのか。またK-POPにないJ-POPのアドバンテージとはどういった点なのか。これを理解することで、今後香港における興行で、日本人アーティストがどのような事前準備を行っていったらよいのかが紐解けるのではないだろうかと思った。

 ELF ASIAは2010年創業の比較的若い香港のコンサートプロモーター。これまでに数多の香港ローカルアーティスト、K-POPアーティスト、そして最近は特にJ-POPアーティストの公演を手掛けている。マーケティング・ディレクターのフィリップ・ロウ氏は今年に入ってAimer、imaseの香港単独公演などに着手、LOVE PSYCHEDELICOは音楽フェスティバル『Clockenflap(クロッケンフラップ)』のATUMステージのトリとしての出演以来、紆余曲折を経ての、実に9年ぶりのワンマン公演実現となった。

 フィリップ氏からは政治的言及を避ける意向もあってか、中国との関連における香港興行申請手続きの具体的変化や検閲に対してヒアリングすることはできなかったが、少なくとも2024年の現時点で興行申請における変化は見られない。香港では興行申請にあたり、演者やスタッフが香港で労働するための商用ビザ申請書と渡航者全員の氏名、職能、パスポート番号を記載した証明書を提出する必要があるが、それ以上の書類や資料の提出は求められない。中国大陸は市場的にも大きく、日本人アーティストの興行にとって非常に魅力的な国である。ただし興行申請においては、アーティスト全員が自ら東京ビッグサイト駅近くの中国ビザ申請センターに赴いて指紋認証を受ける必要があり、提出資料も比較的多く、心理的ハードルは決して低くない。今後香港の興行申請手続きに変化が起こるか知る由もないが、できるなら現状維持であってほしいと願う。

 次に香港の会場問題だが、音楽、スポーツ、芸術など様々なエンタテインメントに対応可能なホール、AXA Dreamlandが5月下旬香港に新たにオープンしたとのこと。この会場は固定席が850、収容人数1,500の比較的融通の利くスペースとなっており、すでに10以上のコンサートやファンミ―ティングが行われているという。日本人アーティストでは羊文学が同会場で公演を開催済み。フィリップ氏によれば、Kai Tak Sports Parkという50,000人収容の屋外スタジアムと10,000人収容のThe Indoor Sports Centreが2025年前半にオープン予定とのこと。香港にはLOVE PSYCHEDELICOが公演を行ったMacPherson Stadium(2,000キャパ)、香港コロシアム(12,000キャパ)、Asia World-Expo(14,000キャパ)と他にも会場があるが、香港政府はAXA Dreamlandなど新規オープンの会場を加味し、コロナ禍からの回復を目標に2024年内に海外から170万人のコンサート来場者を見込んでいるという。

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