My Hair is Badが突き詰めた3ピースとしての濃さ “誰かのため”に鳴らすことで得た新しさと普遍性

 決定的な1作。My Hair is Badから届けられた2年3カ月ぶりとなるフルアルバム『ghosts』は、そう呼ぶに相応しい作品である。アルバムのタイトルも、ジャケットも、前作『angels』とは全く対照的な禍々しさを放っているが、このアルバムでマイヘアの3人が見せようとしているのは、天使のように触れたくても触れられない淡い存在ではなく、ひとたび取り憑いてしまったら離れない怨念めいたもの――もはや、それが呪いなのか祈りなのかもわからなくなるくらい、手放すことができないもの。そういうことなのかもしれない。

 しかし過度に感情的になるわけでも、背負い込んでいるわけでもない。このアルバムの素晴らしさは、「俺は俺である」というロックバンドの永久不変なメッセージを深く見つめながら、どこまでも冷静に現在・過去・未来を見つめ、1日1日を確かな足取りで歩いていこうとする。そんな地に足の着いた視点にこそあるのではないか。

 2010年代以降の日本のロック/パンクミュージックに、もはや消せない足跡を残すバンドが辿り着いた境地について。新潟県上越市出身の3人組が通算6作目のフルアルバムで辿り着いた「今」という一瞬について。3人に語ってもらった。(天野史彬)

My Hair is Bad – 6th Full Album「ghosts」全曲トレーラー

過去一番、歌詞を書くのが難しかった「思い出をかけぬけて」

――アルバム『ghosts』、本当に素晴らしい作品です。前作『angels』から2年3カ月ぶりのフルアルバムとなりますが、この期間、僕はライブを拝見する機会が何度もあって。そのたびにMy Hair is Badは大事なものを守りながら、新しくなろうとしている――そんな印象を受けていました。この『ghosts』という作品からは、そんなマイヘアの2年間の進化の見事な結実を感じます。皆さんにとって『angels』以降の2年3カ月はどのような季節だったと感じますか?

椎木知仁(以下、椎木):30歳になる寸前に、節目のような気持ちで『angels』を作って。あれから2年3カ月ということですけど、僕にとっては2023年という1年がすごく大きくて。2023年は丸ごと制作をする年にしたいという気持ちがあったんです。作詞作曲をしたり、デモを2人(山田、山本)に渡したり……今まで以上にそういったことに向き合うことで、0を1にする人間として、演者というよりは“作る”人間として、ステップアップしたかった。1カ月に10曲ずつデモを出せば1年で120曲になるし、曲として完成はしなくても、部品でもいいから、とにかく作っていく。要は、作詞作曲の筋トレをしたかったんです。2023年は、そういうことをひたすらやっていて。その筋トレによって生まれた筋肉を『ghosts』では発揮できたと思います。

――『angels』を作り終えて「作詞作曲の筋トレをしたい」と思った、その根源はどこにあったのですか?

椎木:僕はELLEGARDENがきっかけでバンドを始めたんですけど、ELLEGARDENが活動再開して新しいアルバム(2022年の『The End of Yesterday』)を出した時に、細美(武士)さんがインタビューで「3カ月で120曲書いた」という話をしていて。それを読んで「そんなにやってるんだ……!」と思ったんです。自分がかっこいいと思っている人がそんなにやっているのに、自分がボーッとしているだけだったら、そりゃあ上手くいかないよなって。なので、ELLEGARDENに感化されたのは大きかったです。

椎木知仁

――なるほど。

椎木:それに正直、僕はもう、これくらいしかやることはないので。バンドかお酒くらいしかやることはないんですよね。

――椎木さんが「筋トレ」のモードに入っていくことを、山田さんと山本さんはどのように受け止めていましたか?

山田淳(以下、山田):(椎木は)頑張り屋さんなので、「あまり無理しない方がいいんじゃないの?」とは思いましたけど(笑)。でも本人が「1カ月に10曲作る」とは宣言していたので。無理しない程度に頑張ってくれたらいいのかな、と思っていました。

山本大樹(以下、山本):僕は僕で、東京に出てきて今年で5年目になるし、“いる意味”がないといけないという気持ちはあって。それで「もっと自分のできることを増やしたい」と思っていましたね。彼(椎木)は曲を作っているけど、僕もボイトレに行ったり、改めてベースを習ったり、バンドに還元できるような能力をつけていきたいと思って行動していて。僕としてもその筋トレの成果が形になったのが、今回のアルバムかなと思います。

山本大樹

――去年1年間を通して、筋トレの成果が着実に溜まっていく手応えはありましたか?

椎木:メロやギターのリフだけみたいなものもいっぱいありましたけど、結果的に2人にも共有しているDropboxには80曲弱くらいの僕が作ったデモがありますね。その中には2人が手を入れてくれたデモもあるし、「あれは今後どうしていこう?」というデモもまだ結構あります。その中で、去年の8月には「思い出をかけぬけて」の制作に入っていって。5、6月くらいにはその準備にも入っているので、2023年の上半期はとにかく「思い出をかけぬけて」が大きかった感じもしますね。このアルバムの収録曲で最初に作ったのが「思い出をかけぬけて」なんです。この曲を軸にアルバムを考えていったとも言えるくらい大きかった。

――「思い出をかけぬけて」は結果的にアルバムの最後を飾る曲となりましたが、この曲がシングルとしてリリースされた時、とても感動しました。『映画クレヨンしんちゃん オラたちの恐竜日記』の主題歌ということで、この曲が響く範囲のスケールの大きさに向き合いながらも、マイヘアのロックバンドとしての生々しい質感は決して損なわれていない1曲だと思います。特にストリングスの入り方は本当に見事で。美しさや壮大さがありつつ、その上で、ありがちなロックバラードに収まることのない野性味のようなものをこのストリングスアレンジから感じます。具体的にはどのようなイメージがあって作られた曲だったのでしょうか?

椎木:『クレヨンしんちゃん』は僕らも大好きな作品だし、実際に映画を観る前から、マーチング感とか行進する感じは合う気がしていて。そういう自分たちの中にある『クレヨンしんちゃん』像と、監督さんからいただいたイメージや質感を擦り合わせていきながら辿り着いた曲ですね。それに、前々から「しっかりアレンジャーと組んで楽曲を作ってみたい」という気持ちがあったんです。それで、この「思い出をかけぬけて」は河野圭さんと一緒にやらせていただいて。それまで自分の中には、アレンジャーと一緒に曲を作るのって「自分が出したイントロをもっといいものに作り変えてもらう」みたいなイメージがあったんです。「曲を大胆に改造してくれるのかな?」とか、いろんな想像をしていて。

――本当に、外からバンドに手が加えられるイメージですね。

椎木:でも河野さんとの制作はそういう感じではなかったんですよね。僕が「イントロどうしたらいいですか?」と聞くと、「これでいいと思うよ」と返してくれる、そんな感じで。「マイヘアは楽曲自体が十分いいから、あとは曲間のつなぎだけ何小節か増やしたらいいと思う」みたいな感じで、“今あるもの”を届けるための足し算や引き算をしてくれた。そうやって、ほとんど作り変えることなく、どんどんと「思い出をかけぬけて」が立体的になっていく――その経験をしていると、「俺らもいい曲作れるじゃん」と思えるようになってきた。すごく自信になる制作だったんですよね。

My Hair is Bad – 思い出をかけぬけて

――『クレヨンしんちゃん』という大きなアニメ作品に寄り添う楽曲を作るという点で、考えていたことはありますか?

椎木:ストリングスやピアノを入れることに対してもそうですけど、全てに対して「恐れたくない」という気持ちは最初からありました。デモの段階から、拙いですけど、自分でストリングスパートも書いていたし、ピアノも打ち込んでいて。『クレヨンしんちゃん』という作品の中でこの曲がちゃんと力になれるか、映画の上映が終わった時に自分たちが「やり切れてよかったね」と思えるか――そういうことを考えた時に、自分たちの感覚を狭いところに押し込みたくはなかったんです。だから河野さんのアレンジが必要だったんですよね。マイヘアをマイヘアのまま、さらに高いところへ、違う場所へ、飛ばしてくれる人だから。

――山田さんと山本さんは、「思い出をかけぬけて」のレコーディングにはどのように向き合われましたか?

山田:こういうストリングスが入るゆったりとした曲で大事なのは、いいバランスでの引き算だと思うんです。僕のドラムは普段はどんな曲でもわりとゴリゴリめだと思うんですけど、この曲はスッキリとしたドラムでありつつ、My Hair is Badらしさも出すことができた。なかなかいいバランスで作ることができたんじゃないかと思います。

山本:僕は、この曲は間違いなく新規のお客さんも聴いてくれる曲になると思ったので、My Hair is Badの歴史上一番いい曲にしたいという思いがありました。ベースに関しては、YouTube上に「弾いてみた」動画も上がると思うし、ベースを始めて1〜2年くらいの高校生がコピーしやすいくらいの簡単さで、かつ、弾いていて楽しくなれるようなものを目指しましたね。同じことをやっているようで、ちょっとずつ違っている、みたいなことを意識して。

山田淳

――歌詞に関しても、新しくマイヘアに出会う人たちに届くことを想定して書かれているのかなと思いました。同時に、この『ghosts』というアルバムを締め括るに相応しい、アルバム全体を通して歌われていることを総括するような歌詞になっているのも印象的で。歌詞についてはどのようなことを考えていましたか?

椎木:そもそも僕は異性のことや恋愛のこと、ラブソングを書くことが多かったんですけど、この曲に関しては「自分のために書いちゃ絶対にいけないな」と思ったんです。大人から子どもたちへ……と言ったらおかしいかもしれないけど、映画の中でしんちゃんやシロは戦っているし、「最後は絶対に悲しくしちゃいけないぞ」と思ったんですよね。悲しい中でも前を向ける力強さは絶対に必要だと思った。映画を観ている子たちの気持ちをないがしろにして、自分の気持ちを伝えている場合ではないので。なので、初めて、本当の意味で誰かのために曲を書いたような感じがします。今までも「人のため」と思いながら曲を書いたことはあったけど、本当の意味では今回が初めてだった。なので、すっごく難しかったです。過去一番、歌詞を書くのが難しかった曲かもしれない。でも絶対に諦めたくなくて、「やり切った」と思えるところまでやりたかった。「思い出の中でいつまでも、みんなは遊んでいるんだ」ということを、どこまで書き切ることができるか? ということに、とにかく向き合いながら書いていきました。ほんっとうに、マジで……しんどかったっすね(笑)。

――(笑)。

椎木:初めて味わったタイプのストレスでした。「難しい言葉を使わないまま、きちんと、他意なく伝わるようにする」ってすごく難しいことで。でも自分が納得できるところまで書き切ることができたと思います。諦めなくてよかったし、最初に言った「曲作りの筋トレ」という意味でもかなり筋肉はついたと思いますね。

「形が歪であろうが、“出てきちゃったもの”を疑わない」

――そして、この「思い出をかけぬけて」が軸となってアルバムの全体像が生まれていったと。

椎木:そうですね。ただ正直、「思い出をかけぬけて」を作っている最中は、「次のアルバムはムッキムキにしよう」と思っていたんです。「ムッキムキ」というのは、ほとんどの曲にストリングスが入っていたり、シンセが入っていたり、バンド以外の音が入っているようなアルバム。実際、そういうデモを何曲も2人に投げていたし。でも「思い出をかけぬけて」を書き切った瞬間に、「もっと3ピースバンドをやろう」という気持ちになった。実はもう1曲、このアルバムに入っていない曲も他のプロデューサーと作っていたんですけど、そのプロデューサーからも「君たちはトリオだから。トリオ以上になる必要はない」と言ってもらって。その2曲を作り終わった瞬間に、それまで考えていたことから一気に方向転換して、「3ピースロックバンドのアルバムを作ろう」となりました。

――プロデューサーたちが、本人たちが思っていた以上にマイヘアの“素”を肯定してくれたということだと思うのですが、そこにあった椎木さんの意識の変化をもう少し具体的に知りたいです。

椎木:なんというか……「思い出をかけぬけて」を書き終えたあと、「My Hair is BadはよりMy Hair is Badでいなきゃいけない」と思ったんですよね。俺らは3ピースバンドのままでいいし、俺らはMy Hair is Badのままでいい。なぜなら、俺らはMy Hair is Badだから。そこにある“濃さ”。それを出さなきゃいけないと思った。要は、強いロックアルバムを作りたいと思ったんです。そのためには、“3ピースロックバンドだからできること”をやらないといけなかったし、さらに2人(山田と山本)のアレンジを疑わないことが大切で。この2つが、今回のアルバムを作る上で僕の中にあったコンセプトだと思います。

――その2つのコンセプトは、根底で通じているように感じますね。

椎木:“出てきちゃったもの”を疑わない。形が歪であろうが、それをそのままやる。それがMy Hair is Badの形になる。そこから逃げない。それを一貫して、「思い出をかけぬけて」以降はやっていった感じがします。

――3ピースであることも、信頼し合うことも、ずっとマイヘアがやってきたことではあると思うんです。でも、そうしたバンドの根源に向き合うことが今作では“新しさ”や“進化”につながっているところが素晴らしく、そして特別な部分だと思います。普遍的なものを普遍的なまま、進化させていく。それをやり遂げるために重要だったものは何だったと思いますか?

椎木:前作の『angels』は俺の“正しさ”をいっぱい選んで作ったアルバムだったんです。でも今回は、“俺の正しさはMy Hair is Badの正しさではない”ということをハッキリさせておきたかった。そういう感覚はあったと思います。今までは“正しいもの”を作りたいと思ったらクリックに合わせてビシッとやっていたんですよ。でも今回は3人でいっせーので録った曲も多くて。だから不思議なノリになる瞬間もある。でも、それがMy Hair is Badの厚みになるのなら、それでいい。そのためには、俺は俺の正しさを疑って、2人のアレンジを疑わないことがすごく重要だったんですよね。なので、ここ4作くらいの中では一番、2人に任せっきりだったアルバムとも言えると思います。デモを渡したあとはもう、2人から返ってきたものを信頼しながら進めていく感じだったので。

My Hair is Bad – 太陽

――「思い出をかけぬけて」以降、再び3ピースバンドのサウンドを突き詰めるモードに入った椎木さんの方向転換を、山田さんと山本さんはどのように受け止めていましたか?

山田:僕自身としては、そこまで「変わったな」という認識はしていなかったんですけど、とにかくデモのクオリティが上がっているので。それに俺たちも応えないといけないという気持ちが強かったです。「前作を超えるアルバムにしたい」という気持ちもあったし、僕はとにかくかっこいいドラムをつけることだけを意識していた感じですね。

山本:今回、椎木が送ってくるデモはベースがリードっぽく聴こえる曲が多かったんですよ。全体的に見て、前作よりも椎木から「バヤちゃん(山本)の好きに弾いていいよ」みたいに言われる瞬間が多かったような気がします。デモの段階から、余白がいっぱいあった感じはしましたね。前作のベースはうちのPAさんに手伝ってもらったりしながら、他の人にテコ入れをしてもらった部分も多かったんですけど、今回はなるべく人に頼らず、自分だけで頑張ろうと思って向き合っていた感じでした。

椎木:僕が筋トレによってできることが増えているのと同様に、2人もレベルアップしていくんです。「自分がこれだけ打てば、これくらいのクオリティになって打ち返してくる」こともわかっているし、だからこそ、信頼してやれた部分は大きいと思いますね。

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