日食なつこの底知れない才能 未発表曲披露ツアー『エリア未来』EXシアター公演の衝撃

 たまげた。こんなに素晴らしい楽曲が眠っているなんて思ってもみなかった。日食なつこの才能はまだまだ底が見えない。

 15周年イヤーを飾る企画『宇宙友泳』。その一発目の企画として、『エリア未来』と題した未発表曲のみのツアーを行うことを発表したのが2023年の11月。周年企画としてはなんとも突拍子もない発想であり(それこそが日食なつこらしさでもあるのだが)、きっと彼女のファンであっても驚いたに違いない。7月6日東京・duo MUSIC EXCHANGEでの追加公演を含む全国9公演の後半戦、6月21日東京・EX THEATER ROPPONGI。この日のライブのMCで日食は「(この企画を)思いついた時の喜びがすごかった」「思いついたからにはやるしかない」と笑顔で語っていたが、それも新しく生まれてくる楽曲と、自身のキャリアに対する自信の表れなのだろう。自身のファンを「友」と呼べるだけの信頼関係と、ライブという現場で一発聴かせるだけで魅了することができる新曲への手応えが、この企画を実現させた原動力である。

 しかし、楽曲の良さだけではない。このツアーが成立したのには、「日食クルー」(仮称?)と呼ばれるバンドの存在も大きかったはずだ。昨年の3月に行われた『蒐集大行脚』ツアーに端を発する4人編成──沼能友樹(Gt)、仲俣和宏(Ba)、komaki(Dr)らとのケミストリーに日食が自信を深めたからこそ、この4人で未発表曲だけのツアーを回りたいと思ったことは想像に難くない。結果、「昨年の夏頃から、1カ月に1曲のペースで4人で仕上げていった」という新曲たちが、この『エリア未来』でお披露目されているのである。

 満員の会場に4人のメンバーが現れる。この瞬間は15年来のファンであろうと、最近日食なつこを知ったばかりのファンであろうと、皆が平等のドキドキを味わっていたはずだ。何故ならこれから演奏されるのは、まだ誰も聴いたことのない曲ばかりだからである。1曲目の「b」はライブの始まりに相応しい躍動感のある曲で、〈夏〉というフレーズがこれから訪れる暑い季節を思わせる。日食は珍しく立ったままピアノを弾いており、4人の立ち位置も心なしか近い距離感で並んでいるように感じた。

 「ようこそ『エリア未来』です。地球上のどこに行っても聴くことのできない曲を持ってきました」という挨拶を終えると、軽やかなビートで進んでいく涼やかなポップソング「k」、メロウな曲調の「j」と繋いでいく。これがもうとびきり良い曲で、身体に電流が走った。憂いを感じるイントロのギターが素晴らしく、ゆったりとした丸い音色のドラムに、しなやかにうねるベースもすこぶる心地よい。なんというか、日食なつこの曲には珍しくラウンジで聴きたくなるような演奏である。

 おおらかな歌を聴かせたのは、「『(蒐集)大行脚』で見た風景を元に書いた曲」だという「d」である。仲俣が弾くウッドベースと日食なつこの語りかけるような歌が印象的で、続く「e」ではグルーヴィなベースとドラムがドライブ感を生み出していく。

 さて、ここまではどちらかと言うと爽やかな楽曲が印象的なセットリストだが、ここで一気にどぎつい楽曲が現れる。夜刀神(『常陸国風土記』に登場する蛇神)をモチーフに書いたという「f」である。一聴して不穏で不気味、おどろおどろしいサウンドを聴かせる新曲で、神の逆鱗に触れてしまったようなギターが恐怖を煽り、ナメクジのようにうねる低音は闇を纏ったように暗い空気を演出していく。赤と青のライトもおあつらえ向きで、この日一番ハードなサウンドで聴かせる殺伐としたアンサンブルに、会場中が釘付けになっていたように思う。

 MCを挟んだ7曲目「g」で再び景色が変わっていくのを感じた。「ただ寂れていくだけの遊園地の歌です」というこの曲は、どこか楽しげな雰囲気を残しながらも、メランコリックな音色が寂寞感を掻き立てる。廃園になる前の最後の見せ場とばかりに盛り上がるアウトロがカッコよく、侘しい音色の鍵盤もしっとりと心に染み込んでくるようである。そして、そんな風にしんみりとした気持ちでいたところに、不意にこの日最大のハイライトが訪れる。

関連記事