連載「lit!」第84回:「メインストリームの音楽」とは何か? 2023年グローバルポップの動向を総括
ファンコミュニティ拡大、偶発的ヒット…「メインストリームの音楽」の語りにくさ
今年NYタイムズ紙(※6)が提示した「ポップの中流階級」という概念は今年の状況を上手く言い当てている。ざっくりまとめると、一部のメガスターを除き「ポップ」自体が縮小しているということを前提として、「特にオンライン上で熱狂的なファンの多い有名人で、世界中の中規模ライブ会場を売り切る人気もあるが、全米チャートではTOP100の下位にたまにランクインする程度で常にメインストリームにいるとは言いにくい」ような規模や活動形態のアーティストを指している。特にクィアコミュニティに多いという指摘もある。例えばトロイ・シヴァンの「Rush」は最高77位だったが、話題性もクオリティも抜群であった。キャロライン・ポラチェックも例として挙げられている。2ndアルバム『Desire, I Want to Turn Into You』が9カ月後に全米アルバムチャートにランクインした(※7)のはヴァイナルレコードをリリースしたからで、根強いファンの存在が察せられる。その音楽性もアンダーグラウンドとオーバーグラウンドを緩やかに繋いだもので、記事にある通りここでは「ポップスター」はひとつのスタイルに過ぎないのだろう。近年インディー方面に傾倒し、優れたダンスポップアルバム『The Loveliest Time』を発表したカーリー・レイ・ジェプセンは、こうした「中流」に「転身」したといえる。もはや大きな「ポップ」のみに注目しても「ポップ」は見えてこない。これが2023年の語りにくさの一端でもある。
文脈の語りにくさという意味ではTikTokから突如としてヒット曲が生まれる流れも例年通りあったが、ついに米ビルボードチャートにTikTok部門が新設されたのは2023年9月だ。テイト・マクレーの「Greedy」など、プロデュース面でヒットを見込んだ楽曲も見られるが、ミツキの「My Love Mine All Mine」の突如とした爆発的なバイラルヒットなど、まだまだ思いもよらぬヒットが今後も生まれるだろう。
そしてSZAについても触れておく必要がある。5年越しに届けられた2ndアルバム『SOS』は、R&Bやヒップホップだけではなくインディーロックやポップパンク、フォーク的な要素も吸収した音楽性だ。それらを全て包括して「ブラックミュージック」と呼ぶ姿勢も、この混沌とした1年を予言的に象徴したような発言である。本作は2022年12月にリリースされたこともあり、各メディアで年間ベストに入れるかどうか判断が分かれているが、少なくとも「Kill Bill」は完全に2023年のアンセムだった。
本記事では音楽的な分析にほぼ触れていないが、登場した楽曲やアーティストは、大体隔月に一度掲載している本連載のグローバルポップ回で詳細に触れているので、ぜひそちらも参考にされたい。
※1:https://www.stereogum.com/2243925/best-albums-2023/lists/year-in-review/2023-in-review/
※2:https://newsroom.spotify.com/2023-11-29/top-songs-artists-podcasts-albums-trends-2023/
※3:https://www.ellegirl.jp/celeb/a43995942/miley-cyrus-refusing-to-go-on-tour-23-0525/
※4:https://www.vicnews.com/entertainment/music-streaming-makes-a-swift-dash-beyond-the-4-trillion-plateau-7294780
※5:https://www.rollingstone.com/music/music-lists/best-songs-of-2023-1234879541/foo-fighters-under-you-1234897411/
※6:https://www.nytimes.com/2023/08/14/arts/music/pop-musics-middle-class.html
※7:https://twitter.com/carolineplz/status/1724174843669787124
※8:https://consequence.net/cover/sza-cover-story-sos/
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