ano、1stアルバム『猫猫吐吐』に並ぶ研ぎ澄まされた“言葉” 音楽的挑戦を重ねた3年の記録
「あのちゃん」として親しまれ、連日のようにテレビに出演しているあの。彼女の音楽活動時の名義が「ano」であり、2023年の『第74回NHK紅白歌合戦』(NHK総合)にも出場が決定している。2020年にanoとしてアーティスト活動を始めてから3年。2022年には「ちゅ、多様性。」が大ヒットしたことも記憶に新しい。その彼女の1stアルバムとなる『猫猫吐吐』は、anoというアーティスト像を形成してきた歴史であると同時に、これからもアーティスト像を更新していこうとする貪欲な姿勢が記録されている2枚組(初回限定盤はBlu-rayを含め3枚組)だ。
Disc 1の冒頭を飾る「猫吐序曲」は、30秒ほどのインストルメンタルだが、女声ポリフォニーのようなサウンドに意表を突かれる。2曲目の「猫吐極楽音頭」の作曲にクレジットされているのは、anoの活動当初からコラボレーションをしてきたTAKU INOUE、「ちゅ、多様性。」を作曲した真部脩一、そしてあの。作詞はあのによるものだ。ロックナンバーに乗せて、〈無茶苦茶になって DIE DIE DIE〉〈狂え狂え狂え狂え狂え〉などのソリッドな言葉と、アルバムタイトルを象徴する〈ニャンニャンオェ〉という歌詞が歌われる。特に〈ニャンニャンオェ〉という響きを重視した言葉の繰り返し方は、「ちゅ、多様性。」以降の作詞家としてのあのの貫禄すら感じさせる。
3曲目の「ちゅ、多様性。」は、テレビアニメ『チェンソーマン』の第7話エンディング・テーマであり、その第7話の内容を踏襲しながら、TikTokなどでもバズり、大ヒットへとつながっていった。あのと真部脩一が作詞、真部脩一が作曲。この楽曲についてはリリース当初にも原稿を執筆したが(※1)、冒頭から繰りだされる頭韻の踏み方、「ゲロチュー」と歌われる〈Get on chu!〉など、言葉の響きが研ぎ澄まされている点が強烈なインパクトを残す。サウンド的にも、かつて真部脩一が在籍した相対性理論を彷彿とさせるものがあるなど、振りきったがゆえに大ヒットした楽曲だ。
4曲目の「涙くん、今日もおはようっ」は、神聖かまってちゃんのの子とあのが作詞、の子が作曲。孤独を描きつつ、〈音楽なんて1人じゃ聞けないなんて君が言うなら/となりにいてあげるから〉と歌い、その苦しみを肯定する、あのとの子ならではの楽曲だ。神聖かまってちゃんは、2020年の「僕の戦争」が大ヒット。あのも、の子も、よりメジャーなフィールドで活躍するなかで、リスナーに寄り添う姿勢が変わっていないのが心強い。
5曲目の「普変」は、クリープハイプの尾崎世界観が作詞作曲。〈誰かが言う変なんて せいぜいたかが普通の変だ〉と、「普通」という言葉をめぐる葛藤、そして苛立ちを描くのは尾崎世界観ならではの手腕だ。6曲目の「AIDA」は、あの作詞、TAKU INOUE作曲。〈ああ、二人はきっと馬鹿さ 馬鹿さ〉とanoがシャウトする楽曲であり、「愛だ」と明言して、リスナーに向けてストレートなメッセージを届ける。
7曲目の「コミュ賞センセーション」は、「グッバイ宣言」で知られるボカロPのChinozoが作曲し、Chinozoとあのが作詞。いかにもTikTokで受けそうな楽曲だが、〈負け組〉という単語も出てくるなど、歌詞では内面の叫びが描かれる。
8曲目の「スマイルあげない」は、水曜日のカンパネラのケンモチヒデフミとあのが作詞作曲。ケンモチヒデフミならではのビートの魔術と、〈ギリギリ生きてる毎日〉を描く歌詞が交錯し、さらにマクドナルドタイアップソングとして、しっかりマクドナルド関連の単語も盛り込まれている。anoとしての個性と商業性を両立しているのは匠の技だ。
もっとも衝撃的だったのは9曲目の「Tell Me Why」である。作詞はあの、作曲はTAKU INOUEというアーティスト活動開始以来のコンビだが、メロディもコーラスも含めてソウルナンバーなのだ。しかも、anoの作品で一貫して描かれる内面の葛藤がここにはない。わずか2分強の楽曲だが、anoの新生面として鮮烈な印象を残す。
10曲目の「ンーィテンブセ」は、あの作詞、ANCHOR作曲。ここで再びサウンドはロックに戻り、〈セブンティーン〉を描く。最後の〈素晴らしき日々にきっとなる 僕が歌うよ〉という歌詞も、anoがどれだけ売れても描き続けている〈君〉と〈僕〉の世界だ。
11曲目の「鯨の骨」は、あのが作詞作曲。あのが主演した映画『鯨の骨』の主題歌だ。ここで描かれるのは〈あなた〉と〈ぼく〉であり、「唯の遊びよ」「会えないのよ」という、他の楽曲にはない語尾が緊張感をもたらす。さらにボーカルは他の楽曲よりも力みがなく、コーラスも添えられており、『猫猫吐吐』でも異彩を放つ一曲となっている。