SHE'S、オーディエンスと作り上げた空間 バンドの今のムード反映した『Shepherd』ツアー

SHE'S『Shepherd』ツアーレポ

 井上のピアノ弾き語りが柔らかい歌メロを際立たせる「Silence」に耳を澄ましていると、音源では井上の声を重ねたコーラス部分を服部と広瀬が担当している。粗があればすぐに目立ってしまう音数の少ないアレンジで心を震わせるほど美しいコーラスを聴かせたことに、喪失感と懐かしさを同時に感じるこの曲のライブでの重要性を見出し感動してしまった。『Shepherd』のなかでも新境地であるレパートリーが続く。洒脱で切ないAORテイストの「Crescent Moon」での服部のフルアコの豊穣な響き。都会の夜の情景を映す静止画の映像も新鮮だ。その流れで聴く忘れ難い人への誠実な想いを歌う「Happy Ending」のリアリティが増す。本のページをめくるアニメーションも曲を邪魔することなくさりげない演出として機能していた。もう会わない、もしくは会えない人を歌った「Happy Ending」に続いて、会いたい人がいることを溢れるようなメロディに乗せる「月は美しく」、そしてもし記憶がなくなったり、ここから自分が去ったとしても愛された記憶は残ると歌う「If」までの5曲はじっくり聴かせるターム以上に、井上竜馬の人生観や死生観が浮き彫りになっていたと思う。嘘がない歌はとても刺さると同時にあたたかかった。

SHE'S(撮影=Shingo Tamai)

SHE'S(撮影=Shingo Tamai)

 曲の世界に没入していたところに、一転、木村のちょっと事務的なMCに井上がダメ出しして笑いが起き、日常的な話題を求められたところ、木村が占いに赴き、何歳に大成するのかを聞いたところ96歳だと言われたくだりで場内爆笑。意図せず新曲「No Gravity」をリラックスムードで届けることに。モダンなR&Bテイストのこの曲をしっかりバンドアレンジで構築してきたこともこの日のハイライトだったが、ライブに馴染むのはこれからという印象も。ただ、この後に井上が話したように「同じような曲を作りたくない」意思は加速度を増しているのだろう。続く「歓びの陽」のサビで再び大きくなったクラップは彼らの音楽を全身で受け止めて返すオーディエンスの歓喜を表し、シニカルさのある「Raided」すら静かになる気配はなく、とびきりのポップソウルチューン「Grow Old With Me」で、それまで静かに見ていた人すら前のめりにさせた。今やマストなライブチューンに育った感じだ。定番曲「Dance With Me」まで続くクラップとシンガロングはステージ上もフロアもこれまでで最も振り切った盛り上がり。洋楽邦楽混交フェスのような自由な爆発力だ。

SHE'S(撮影=Shingo Tamai)
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 その光景を味わうように井上が「好きなことをやって楽しんでくれる人がおるだけで十分やわ。みんながいるから色んなことにチャレンジできてます。新しい柔らかい大人でいたいな」と謝辞を述べ、繰り返してきたSHE'Sらしさの最新形として小説『アルケミスト』にインスピレーションを受けた「Alchemist」で本編の幕を閉じた。井上はこの小説のなかにある、今持っているものをこぼさないように気にするあまり、眼前に広がる未知の景色を逃してしまうというエピソードに思うところがあったと、アルバムに関するコラムで書いていた。生まれてくる曲の望む方向に自由に舵を切ったアルバムのムードは今回のツアーにも明らかだったのではないだろうか。アンコールで予定外の、そしてSHE'Sの原点を示す「Curtain Call」を演奏したことも今のバンドの頼もしさを象徴。癒しと美メロが特徴的なバンドというパブリックイメージを超え、今のSHE'Sが多くの人に届く予感を残した。

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