LONGMAN、異なる主人公を歌うことで開けた可能性 崖っぷちを乗り越え“パンクの新しさ”を見出した出世作を語る
LONGMANが「10/4の色んな人の日記」というコンセプトを掲げたメジャー2ndアルバム『10/4』をリリースした。TVアニメ『無職転生II 〜異世界行ったら本気だす〜』オープニングテーマとして大きく話題になった「spiral」をはじめ、アニメやドラマのタイアップ曲も複数収録された本作は、持ち味はそのままに、これまでのLONGMANにはなかった様々なトライアルが為されていることで、彼らが奏でるポップパンクの可能性を大きく広げるアルバムだ。このキャッチーで豊かなバリエーションのアルバムに至るまでには、バンドとしての並々ならぬ覚悟があったという。意識的に変化することによって手にした新たな自信について、ひらい(Gt/Vo)、さわ(Vo/Ba)、ほりほり(Dr/Cho)に語ってもらった。(編集部)
「今までやってなかったことをどんどんやっていこうというモード」(ひらい)
――『10/4』はすごくひらけた良いアルバムだと思いましたが、ひらいさんのセルフライナーノーツを拝見すると、バンドの切羽詰まった想いが綴られていて驚きました。改めて本作を作るにあたり、当時抱いていた想いから聞かせてください。
ひらい:コロナ禍でいろんな部分で、バンドとして崖っぷちやなというのをすごく感じていました。「このままじゃいけない」と思って、とにかく良いものを作って、ちゃんと届けたい。そのためには新曲しかないと思ったので、とんでもないアルバムを作ろうという並々ならぬ想いで作らせていただきました。
――とはいえ、これまでも良い作品を作ってきていたと思います。とんでもないアルバムを作るという想いを実現するために、具体的にどういうことに挑戦したのでしょうか?
ひらい:今までとは違う何かをしようと思って、コンセプトアルバムにしてみました。あと、自分的にはパンクロックというものに対して、良い意味でも悪い意味でも「もう新しいことはできないんじゃないか」と思っていたんです。でもマシン・ガン・ケリーが2020年にパンクロックをやり始めて、ヒップホップ出身やからこそ、ヒップホップのリズムを使ったり、同期を入れたりしていて、それがめちゃくちゃカッコよかったんです。それを聴いたときに、「パンクロックでもまだまだ新しいことできるんや」と気づいて。そこからは自分たちも同期をどんどん取り入れました。あとはボーカルのキーも、それまでは僕もさわちゃんも割と高いキーで歌っていたのですが、僕は男声を活かして低いところを歌ってみたり。とにかく、今までやってこなかったことをどんどんやっていこうというモードになりました。
――今までやってこなかったことに挑戦すると、周囲から「変わっちゃった」と思われることもあると思いますが、そういった不安や怖さはなかったのでしょうか?
ひらい:ありましたけど、それを乗り越えるしかないと思っていました。
さわ:あと、めちゃくちゃ楽しかったんですよ。今までのアルバム制作ももちろん楽しかったですけど、まだまだ新しいことができる、進化できるっていうことを確信してからは、ずっと楽しくて。
ほりほり:結局、僕らがやっている以上、どんなに新しいことをやってもLONGMANらしさは消えないのかなと思って。
ひらい:そうそう。いろいろ試しても、結局LONGMANらしくなる。そういう筋肉みたいなものはちゃんとついているのかなと思ったので、今の僕らの感性でいろんなことをやってみたかったんです。
ほりほり:もちろん一瞬「新しいこと始めたらLONGMANじゃなくなるのかな」とも思ったけど、シンプルなパンクバンドという軸は残しつつ、今のJ-POPや流行っている曲にある複雑な要素をどう盛り込んでいくかみたいなことを考えながら作ることができましたね。僕、骨折して入院しちゃった時期があったので、その時期にいろいろ聴いて、ドラムについてのインプットもかなりしました。
――そんな決死の覚悟から、「10/4(リリース日)の色んな人の日記」をコンセプトにしたアルバムが完成しました。このコンセプトはさわさんのアイデアということですが、さわさんはどういった想いで提案したのでしょうか?
さわ:疲れ切って落ち込んでるときにたまたまSNSを見たんです。そしたら妙に俯瞰して見ることができて。同じ日、同じ時間なのに、めちゃくちゃハッピーな人がおったり、めちゃくちゃ絶望しとる人がおったり、本当に人それぞれの人生を歩んでいる。この様子を音楽で表せたら面白いんじゃないかなと思って提案しました。疲れているときとか、しんどいとき、落ち込んでいるときって、視野がめちゃくちゃ狭くなっているから、自分だけがめちゃくちゃ辛いって思いがちですよね。でも長い人生の中のたった1日だと思ったら、自分が落ち込んでることは本当に小さなことだなって思えた。視野を広げるだけで、ちょっと気持ちが楽になる。「10/4の色んな人の日記」というコンセプトでアルバムを作ったとして、これを聴いた人が落ち込んでいるときに少しでも視野が広くなって、気持ちが楽になってくれたら素敵だなって。そういう気持ちもありました。
――よく「宇宙規模で見たら、そんな悩み、ちっぽけだよ」とか言いますもんね。実際はそれを言われてもなかなか宇宙規模で物事を見られないけど、このアルバムはもっと身近に、視野を広げさせてくれると。
さわ:はい。よりリアルに考えられるかなって。
――メインコンポーザーであるひらいさんは、そのコンセプトを聞いてどう思いましたか?
ひらい:いいなと思いましたし、ワクワクしました。今までは自分の体験したことしか歌詞を書いたことがなかったので、責任感なく書けるというか(笑)。何でも書けるやんって。
――難しさはなかったですか?
ひらい:ある意味、小説を書くみたいな感じやと思うので、最初は「書けるんやろうか」という気持ちもありましたけど、やってみたら意外とできて楽しかったです。
――作り方も普段とは全然違う?
ひらい:そうですね。自分のことじゃないので、照れがなくなって本当に何でも書ける。でも今思うと、だからこそ逆により自分が出たのかなと思って。
さわ:恥ずかしさフィルターがなくなったから。
ひらい:そうそう。今まであえて抽象的にしていたところもあったんですけど、今回は結構ストレートに書いているので、より“ひらいひろや”という人が出たんじゃないかな。このコンセプトが、ひとつ殻を破ってくれたなと思います。書いている最中は他人のことだと思っていたので気軽な気持ちだったんですけどね。
――今作にはTVアニメ『ラブオールプレー』(日本テレビ系)のエンディングテーマ「ライラ」や、TVアニメ『無職転生II 〜異世界行ったら本気だす〜』(TOKYO MXほか)オープニングテーマ「spiral」といったタイアップ曲も収録されているので、このコンセプトだとうまくまとまりますよね。
ひらい:あー、なるほど。確かに「spiral」もアニメの主人公の目線に立って書いたので、そういう意味では、ある種これが出発点でもあったのかもしれない。「spiral」が扉をちょっと開けてくれていたのかなと思います。
「主人公のイメージに合うベースの音作りにチャレンジした」(さわ)
――それこそ「spiral」はアニメファンにも届いて大ヒットしてバンドの状況を変えた1曲となりましたが、この状況を皆さんとしてはどう捉えているのでしょうか?
ひらい:背筋の伸びる思いです。「spiral」だけで終わらんようにしようって。崖っぷちの状況から「spiral」のおかげでなんとか生き延びられた。だからこそ、より地に足をつけて、「spiral」がゴールじゃなくて、ターニングポイントとしてまた頑張っていけるようにしたいなという感じです。嬉しいですけど、あんまり浮かれてはいないです。
さわ:でもMVのコメント欄がいろいろな国の言葉で溢れているのを見ると、めちゃめちゃ嬉しいです。アニメから観にきてくれた方が「このMVも泣ける」と書いてくれたり、「この曲聴いてまた頑張れる」と言ってくれたり。そういったコメントが日本のみならず、海外の言葉でも書いてあって。
ひらい:確かにな。アニメファンに届いたのも嬉しかったですね。ほっとしました。
――そんな「spiral」の制作経緯を改めて教えてもらえますか?
ひらい:僕ら的にはアニメサイドが新たな扉を開いてくれたなと思っています。というのも、「主人公の再出発をテーマに歌詞を書いてほしい」とか「イントロは静かめで」とか、最初にリクエストをいただいたので、それを踏まえてどう自分たちらしさを出せばいいかなと考えながら制作に挑めたのでスムーズでしたね。タイアップ曲というのは作品の一部だと思っているので、その中で僕らの良さを出していこうという感じで。
――お題に沿った曲を作りつつ、その中で自分たちのやりたいことを忍ばせられるからこそ、楽しめたんでしょうね。出来上がったときは「これはいける!」という手応えはありました?
ひらい:はい、ありました。
さわ:編曲をやってくださった(Naoki)Itaiさんがもともと『無職転生』が好きで、それも大きかったなと思います。私たちだけやったら、冒頭の“ぽちゃん”っていう水の音を入れるなんて思いつかんかったし。そういうところでさらにアニメと親和性を高められて、だからこそアニメのファンも好きになってくれたのかなと思います。
――「ライラ」で江口亮さんが編曲に入ったことで、ほりほりさんは大きな影響を受けたとおっしゃっていましたが、「spiral」ではいかがでしたか?
ほりほり:「spiral」ももちろんなんですが、このアルバム全体が結構分岐点になったなと思っていて。今まで、ドラムは縁の下の力持ちというか、あまり前に出ないものだと思っていたんです。僕自身、そういうドラマーが好きだったこともあって。でも入院しているときに、トラヴィス・バーカー(Blink-182)のドラムを学んで、その影響が今作には出ていると思います。トラヴィス・バーカーのドラムはサウンド的にもガンガン前に出て行くタイプのドラマーで、改めてそれがカッコいいなと思って。「spiral」のフィルも結構斬新なものになっていると思います。ライブでも以前より“ライブっぽい”ドラムを叩けるようになった気がして。僕の殻を破ってくれたと思います。
さわ:「spiral」だけじゃなくて、曲によってドラムの音が全然違うんですよ。そういう意味で、表情が一層豊かになったかなと思います。
ひらい:さわちゃんも、音作りは主役に寄せたんでしょ?
――「主役に寄せた」というと?
さわ:今まではサウンドのニュアンスに合わせて音作りをしていたんですが、今回は曲の主人公のイメージに合うようにベースの音作りをするということにチャレンジしました。例えば「プロローグ」だったら下積み時代のお笑い芸人さんが主人公なので、「やってやるぞ」というギラギラした感じがにじむベースにしたり、「KOSSETSU!」ではちょっと抜けているというか、かわいらしい感じにしたり。
ほりほり:今回はボーカルのレコーディングをしたあとに楽器のレコーディングをしたので、本番のボーカルに合わせてドラムを録るという初めての試みができて。だから余計に、演奏が表情豊かになったというのもあると思います。
さわ:ほりほりの骨折があったので、レコーディングのスケジュールが大幅に変更になったんですよ。本来3カ月で8曲、ゆったり録る予定だったのが、ドラムは2日で8曲録るというスケジュールになってしまって。だったら先に歌をレコーディングしようって。
――いろいろな要因が重なって、作り方も今までとは全然違うものになったんですね。
さわ:なんなら歌録りも。
ひらい:そうそう。今までボーカルは東京で録っていたんですが、今回は(地元の)愛媛で自分らだけで録ったんです。東京だとレコーディングできる時間にも限りがあるし、なかなか理想のものが録れなくて。今回は自分らだけだったので、気兼ねなく100テイク以上重ねました。トータル100時間越えで。
さわ:おかげで今まで以上に表情を出すことができたと思います。英語の発音も突き詰められたし。めちゃくちゃ大変でしたけど、やってよかったなと思います。
ほりほり:録りながら試行錯誤もできるし。
ひらい:そうそう。レコーディングしながら、歌うパートを替えたりもしたし。本当にこだわりにこだわって録ることができました。