瑛人、ライフスタイルの変化が音楽活動に与えた影響 結婚や育児……日常の風景からEP『らんちゅう』ができるまで
家族総出でレコーディングした「チャリで歌うやつ」
ーーアルバム『1 OR 8』のリリース後、楽曲制作も行っていたんですか?
瑛人:ちょこちょこやってはいましたね。デビュー以降はいろんな方にたくさん助けていただきながら制作していたところがあって。そこにちょっと甘えすぎていた部分もあったので、2ndアルバム以降は自分自身の思いをしっかり軸として作っていこうと思うようになったんですよ。引き続きいろんな方々のお力は借りるけど、でも自分の意思は今まで以上にしっかりと楽曲に詰め込みたいなって。そのやり方を自分なりに探りながらやっていたところがありましたね。
ーーシンガーソングライターとしてのスキルアップをさらに求めたと。
瑛人:そうですね。自分はまだまだ音楽に対する知識が浅い部分があるので、これまではイメージが固まり切らないうちに歌入れをすることもあったんですよ。で、その後にライブで歌っていく中でそのアレンジに対しての歌い方がどんどん明確になっていくっていう。それが自分としてはすごく悔しいことだったので、どうにか払拭したいなっていう思いがあったんです。あと、これは本当に恥ずかしい話なんですけど、今までのレコーディングでは自分で楽器を演奏したことがなかったんですよ。だから今回のEPでは自分で1曲丸々、ギターを弾いてみるっていう挑戦をしたりもして。そうすることによって、楽曲の世界観をしっかりと認識した上で歌えるようになったところもありましたね。
ーー瑛人さんは「香水」で一気にブレイクされたので、世間的な人気、認知度に対してご自身のスキルが追いついていないという思いがあったのかもしれないですよね。そこに対してもどかしさを感じてしまうというか。
瑛人:うん、そういう思いはものすごく強かったです。いろんなことに対しての経験値が少ないにもかかわらず、知名度だけはものすごく大きい。そのバランスで戸惑うことはいまだに多いかもしれないです。だからこそ、ちょっといろんなことを変えていかなきゃなって思うようになったんだと思います。自分はけっこう怠け者で三日坊主タイプなので、ゆっくりゆっくり前に進んでる感じではあるんですけど(笑)、でもスキルアップはここからしっかりしていこうと思っています。
ーーそんな瑛人さんから約1年5カ月ぶりの新作EP『らんちゅう』が届きました。
瑛人:今年の1月、2月ぐらいからなんとなく構想を練り始めて。僕は今まで夏にリリースをしたことがなかったので、そこを目指して動いていった感じでしたね。内容に関しては、いつも通り、自分にとっての一つの軸である日常を楽曲に落とし込んでいった感じでした。
ーー1曲目の「チャリで歌うやつ」は、すでにライブでは披露されている曲ですね。
瑛人:もう1年ほどやってますね。この曲は去年の夏にできたのかな。嫁さんのお腹が大きい頃、一緒にコンビニへアイスを買いに行ったんですよ。そしたら店から出てきた中学生がイヤホンをしてチャリに乗って、めちゃくちゃ陽気に歌いながら走り出したんですけど、スポーンって財布を落としたんです。それを俺が拾って、「落としたぞ!」って言いながら追いかけたんですけど、イヤホンして歌ってるから全然聴こえないみたいで(笑)。最終的にはなんとか走って追いついて財布は渡せたんですけど、ふと後ろを振り返ったら嫁さんがめっちゃ爆笑していたっていう。そんな日の出来事を元に書いたんですよね。
ーー実際の出来事が元になっているとは言え、その内容はいろんな受け取り方ができるのがおもしろいですよね。ストーリーをガチッと限定しすぎていないというか。
瑛人:あ、その感想は嬉しいですね。確かにあまりストーリーを限定した書き方をしないように書いている部分はあると思います。僕自身、そういう書き方が好きだし、そういう聴き方をして欲しい気持ちも強いので。
ーーかと思えば〈モロ中古のレクサス〉っていう固有名詞が入ってきたりするおもしろさもあるし。
瑛人:俺、車に乗ってるとけっこう煽られがちなんですけど、兄貴が〈モロ中古のレクサス〉に乗ってるんで、歌詞に入れてやりました(笑)。
ーーこの曲のレコーディングは自宅で完結させたそうですね。
瑛人:そうです。ガレージバンドを使って作り、歌もギターも自分の部屋でUSBマイクを使って録りました。曲の後半、たくさんの人の声が重なっているところがあるんですけど、そこはうちの嫁と、たまたま家に来ていた嫁の母ちゃん、俺の母ちゃん、嫁のお姉ちゃん、そのお姉ちゃんの彼氏、お姉ちゃんの娘3人、友達2人に歌ってもらったんですよね。暑い部屋の中で、1人ずつUSBマイクの前で。楽しかったですよ。
ーーその際に瑛人さんがボーカルディレクションもされたんですか?
瑛人:そうそう。ちょっとカッコつけてね。「おぉ、いいね」とか、「ここもう1回やってみようか」とか、普段自分が言われていることを、エンジニアぶって言ってました(笑)。で、レコーディングは自分の子供が生まれてからやったんで、子供の声も最後にしっかり入れて。この日のことは自分が40歳、50歳になっても絶対に忘れないだろうなって思います。それくらい大切な曲になりました。
ーー2曲目の「ジカン」は、瑛人さんの切ないボーカルが堪能できるナンバーです。
瑛人:この曲はアレンジャーの塚崎陽平さんとプリプロする中で、〈泣いてばかりの人よ 苦しむだけの正義だよ〉っていうフレーズが自分の中からフリースタイルで出てきたんですよ。それがすごく気に入ったので、その流れを考えながら歌詞を書き、同時に自分の声の特性を引き出せる楽曲になるようにいろいろ考えていった感じでしたね。
ーーこの曲でのボーカル、ご自身ではどう感じますか?
瑛人:自分の声を上手く生かすことをしっかり考えてレコーディングしたので、仕上がりに関してはもう「いい感じだねー!」っていう(笑)。すごくいい仕上がりになったなと自分でも思ってます。
ーーアレンジに関しても、瑛人さんの中にあるイメージをしっかり共有できた感じですか?
瑛人:そうですね。自分のギターでイメージを伝えた上で、セッションをしながら形にしていった感じだったので、いい塩梅のアレンジになりました。ただ、自分はまだまだ音楽的な用語を使いこなせるわけではないので、イメージを伝える難しさは感じましたね。そういう部分ですごく勉強になった曲でもあります。