ゆいにしお、会社員経験があるからこそ描ける“社会人女子の夏” 同世代の共感集める音楽が生まれるまで

ゆいにしおが描く、社会人女子の夏

「自分はそっち側の人間じゃないんで」を誇りに思う部分もある

ゆいにしお

ーー2曲目「SUMMER TUNE」についてですが、これは「今まで経験してこなかった、夏らしい夏を過ごしたい」と思う女性の歌ですね。セルフライナーノーツを読むと、ご自身のことが投影されている印象を受けたんですけど、いかがですか?

ゆいにしお:だいぶ投影していますね。夏らしいことを今までしてこなかった人生だったので、みんなでレンタカー借りて海に行くとか、大学生がやりそうなことを結構スルーしてきてしまっていて。今になってそれを後悔しているんですよ。大学生のうちにベタなことを満喫してきた子って、大人になったらまた違う楽しみ方を見出せると思うんですけど。私は一周回ってベタなことがしたくて、その感情を曲に込めていますね。

ーーベタなことを避けてきたんですか?

ゆいにしお:大学生の頃は「ベタはダサい」と思っていたのと、当時から音楽活動をガンガンやっていたのもあって、友達と遠出する機会もなかったんですよね。避けてきたというか、気づいたらチャンスが過ぎてしまった感じですね。

ーー25歳になって「ベタがいいんじゃないか」と思うのが面白いですね。

ゆいにしお:例えば、中高生の頃にベタな恋愛をちゃんとしてきた人って、ちゃんと結婚ができるんじゃないかと思っていて。私は中高が女子校だったので、恋愛もまともにせず、そのまま大人になってしまった。だいぶ歪な感じになっちゃったので、今になって「高校の時に恋愛しとけばよかったな」と思ったりして。スタンダードなことを経験してる人って、ちゃんとしてるなって思うんですよ。偉いなって。

ーーベタなことの尊さってありますよね。今でも、自転車の後ろに女の子を乗せて田んぼを走るのは素敵ではありますけど、それは制服姿の学生だから価値があるというか。

ゆいにしお:そうなんですよね。「年齢に関係なく好きなことをやればいいじゃん!」とは思うんですけど、今の年齢で高校生みたいな恋愛ができるかといったら、そうじゃないよなって。マインドの持ちようが年齢ごとにあるなと思いますね。

ーーそんな女子校時代でも、学生ならではの淡い思い出ってあります?

ゆいにしお:高校は電車通学だったんですけど、毎日乗ってる電車でいつも手品をしてる男子高校生がいて。私はギターを抱えながら男の子の手品を見て「すごいな!」と思っていたら、だんだんと目が合うようになってきて。マジシャン高校生の方から「ギターを弾くんですか?」と話しかけてくれるようになって。本当に毎日同じ電車で、同じ車両に乗り続けていたから「じゃあ明日ね!」みたいな感じで、1日1日心の距離が近くなっていったんです。

ーーめちゃくちゃロマンスの匂いがしますよ。

ゆいにしお:そこまで行ったら連絡先を交換して、付き合う未来しか見えないじゃないですか!? でも、私は急に恥ずかしくなって。これで付き合うとかダサいな、と思っちゃって。次の日から、いつもの電車に乗らなくなったんですよ。いやぁ……未来の自分がそこにいたら「恥ずかしがらずに行けよ! 恋のマジックを始めろよ!」と言ってやりたいですね。

ーーそこで拗らせちゃう人だからこそ、この歌詞を書けるのはありますよね。逆にピュアで真っ当な恋愛をしてきた人は、それが当たり前だから歌詞にしないかもしれないし、「SUMMER TUNE」で〈~~らしい〉って歌詞を多用していますけど、この“らしさ”にそもそも目がいかないというか。

ゆいにしお:確かに。いわゆる陽キャの子達って、夏=海に行くことを当たり前に思ってるから、わざわざ憧れることじゃないのかもしれないですね。

ーーこのタイミングで、ベタを楽しみたいと思ったきっかけはありました?

ゆいにしお:最初は海がつくタイトルの曲を作ろうと思って。パジャマで海なんかいかないっていうバンドがいるんですけど、そういう聞いただけで情景が思い浮かぶような文言がいいなと。そこから派生して〈海らしい海に行きたい〉のフレーズに行き着いたんです。なので、意図的にこのテーマになったというよりは、自分の感情を入れまくったらこうなっていた、みたいな感じでしたね。

ーードラマの『モテキ』を観たことあります?

ゆいにしお:映画は何回も観てるんですけど、ドラマはまだ観たことないです。

ーー1話で派遣社員の藤本幸世(主人公)が、同僚の女性に誘われてフェスに行くんですね。基本的に彼は複数人やカップルでフェスを楽しむ人間を快く思っていないのですが、いざ自分がその輪の中に入ると、その楽しさに感動するんですよね。そのシーンが「SUMMER TUNE」を聴いて、僕の中でリンクしましたね。

ゆいにしお:めちゃくちゃいいですね! 藤本幸世を見ていると、自分の見たくない部分を見せられているようで、「アアー!」って叫びたくなるんです。「自分はそっち側の人間じゃないんで」というのを、逆に誇りに感じてる部分があるんですよ。そっち側に行けなかったけど、飛び込んでみたら楽しいことって案外あって。まさにこの曲も「飛び込んでみたらどう?」って曲ですね。

ーーそもそも、あっち側とかこっち側という壁って、どうして作ったんですかね?

ゆいにしお:幼少期から自分はメインストリームの人間じゃないな、という感情があるんですよ。小学校の頃とか、みんなはジャニーズが好きだけど、私は良さが全然分からなかったり、お父さんがサブカル好きだから、そのままサブカルの遺伝子を受け継いでるのもあったり。その上、他の子よりもカルチャーに精通してる自分をカッコいいと思ってしまっていて。ひねくれずに育てばよかったのにって思うんですけど、逆に曲を書くことで報われているかもしれないです。

ーー僕も藤本幸世側の人間なので、学生時代にグラウンドで遊ぶ同級生を見て「俺は交わらない」と思っていたけど、でも向こうはこっちに壁を作ってないんですよね。

ゆいにしお:そうなんですよ! でも、はしゃいだらはしゃいで「こいつ、急にはしゃいでんな」って思っちゃうし(笑)。

ーー「今日から始めたな」と思われたら恥ずかしいし。

ゆいにしお:そうそう。

ーーそういう意味で、自分を見つめ直したり、いろいろと気づかせてもらえる曲でしたよ。あと演奏も面白くて。

ゆいにしお:1曲目と2曲目は、どちらもHajime Taguchiさんの編曲なんですけど、それぞれ全然違うアプローチをしてくださって。1曲目は先ほどお話しした感じで、2曲目は「渋谷系シティポップをやってきた、ゆいにしおらしい夏曲にしよう」と作ってくださいました。

ーーラストの方で長い間奏がありますよね。あそこが面白かったです。

ゆいにしお:声で打ち込んでいるらしいんですよ! ボコーダーのようなもので吹き込んで、それにいろいろ音を重ねていって。ギターとか楽器で演奏すると、ある程度のパターンが決まってしまうけど、口で吹き込むことによって良い意味で無責任さが生まれて面白いと思いました。

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